番外編 (あの瞬きの下)ルナとリュクシス
―ルナ―
・・姫様、お連れの方が倒れられました。
それはそうあの時、リュクシス皇子との婚約を
カルに話したすぐ後、
私はカルが倒れたことを知らされた・・・。
「・・・カ・・ル・・・?」
慌てて白いシーツの敷かれたベットに駆け寄る。
まず目に入ったのは、
女神の守護する国であり
精霊達と共存するルナの国サフラの国でも、
他国との混血がもっとも多いと言われている
貿易の国である
リュクシスの国エーティルでも
めったに見ることがない
カルのみごとな深紅の髪。
「・・・・カル・・・・?」
いつも軽口をたたくその口は閉じられ
たえず見せてくれていた笑顔が
まったく無い表情にルナは
どこか不安な気持ちがじわじわと心の表面に浮かんでくるのを
止めることが出来なくて
じっと立ったままでいるルナに向かって医師が声を掛ける。
「・・体にはどこも異常は見つからないので・・
あるいはその他のことではと・・・」
耳に入って頭に浸透する前に胸が痛くなって
教えてくれた。
―罪悪感―と
少しの
―後悔―と
―恐怖
・・・カルが離れていくのでは無いか・・―
という想いを。
「・・・・・カル・・・・精神的なショックで・・?・・・・・・・
・・いや!・・・そんなこと言ってる場合じゃ無いよね・・・
・・じゃあえっと・・姉上にも倒れたことは言ったよね
・・それから誰か付き人を付けなきゃいけないのかな・・・?」
心に過る不安を押さえ込んで
するべき処置をしようとするルナの肩に
誰かがその時そっと後ろから手を置いたのを感じ
びっくりして訳の分からないままゆっくりと振り向く。
カルの王宮での身分は、
ルナの友人の為、ルナの近くの部屋を与えられ
一番に倒れたことを教えられたのだから
姉上はまだ来ていないはずだし
朝早くだから、カイルもシアリスもまだのはずだ。
「・・・姫・・・・ルナ姫。」
「・・・リュクシス皇子・・・!?」
置かれた手の主はリュクシスだった。
そうだと知った一瞬のうちにルナの心の中が
掻き回り収まりのつかない心のまま
思わずとてもルナは情けない顔をしてリュクシスを
見つめ返してしまい
それがルナ自身にも分かり
(情けない・・・私情けない・・・しっかりしなきゃいけないのに
どうしたら良いか分から無くなっちゃってる・・
カルが私の言葉で傷ついたのかなって・・・
リュクシス皇子を選ぶって言ったこと・・後悔しているのかな・・・?)
なおさら心が掻き乱れた。
「・・・!!・・・・」
次の瞬間感じたのは頬に、体中に触れた温かさだった。
リュクシスは突然優しい力で
ルナの背中に腕を回し
すっぽりと包み込むように抱き締めてくれていたのだった。
・・・・そのまま・・ずっとサラ達が来るまで心が落ち着くまで
ルナに年齢に合わない大人のような落ち着いた
でも包み込むような優しさを感じさせるような横顔を
腕の中で見せながら
リュクシスは何も言わずに抱き締めてくれた。
私は、まるで父と母に抱き締められたように
どうしようもなく安心する気持ちを止めることが
出来なかった。
ーリュクシスー
「・・・・カル・・・・?」
戸惑うような姫の声に私は
包み込んであげたいと・・・そう思った。
ルナとの話の後、
まだ朝早いというのに突然宮内が騒がしくなったのに
なんとなく気になって忙しそうに通りぬけようとした
女官の一人を捕まえて聞いてみた。
「・・姫様の・・・ルナ様のご友人のカル様が・・・倒れられて・・」
「・・・!?・・・カル君が!?・・・・」
昨日まではとても元気だったのに、信じられない。
発作か何か病気だったのだろうか?
ルナの元に来るのにリュクシスの手を借りなければ
ならないのが気に入らないと
さんざん不平を言っていた姿を思い出す。
「・・・それとも・・・・婚約のことで・・・?」
そう思うとルナはこのことで
どうしているのだろうか?
倒れたカルのこと気にしているのではないか?
次々と気になって堪らなくなって
カルの部屋の場所を聞き出し
すぐに向かった。
「・・・・カル・・・・?」
そう言ってカルの深紅の髪に触れようとして
躊躇った後手を引っ込めるルナの姿が目に入って
何故かチクリと胸が痛むのを感じた。
ルナも医師もその場に居る女官も
誰もまだリュクシスに気付いていない様子だった。
(・・大丈夫・・・大丈夫だから・・私が居るから・・)
瞳は痛みをたたえているのに
苦しみも痛みも心に押さえ込んで
無理をしているルナの姿が痛ましい・・
何が大丈夫なのか分からないけれど
そう言ってあげたかった。
「・・・・付き人を付けなきゃ・・・」
頑張りすぎるほど頑張ろうとしているルナの声を言葉を
聞きたくないとリュクシスはそう思って
カルは倒れているというのに
カルのことだけを見つめているルナの姿を見るのが痛くて
リュクシスはルナの肩に手を置き
そっと抱き締めた。
抱き締めたいと何故か思った。
(私の腕はそんなにもたくましく無いけど
手は胸は大きくないけど包んで上げたい。
私の体は心はまだ幼いままだけど
全て護りきれるような強さを見せたい
・・・私の出来うる限りめいいっぱいで
この小さな姫を護ってあげたい・・・)
リュクシスは体中、心中めいいっぱいで
ルナをずっと抱き締めていた。
頼りなさなんて見せないで
今すぐすっぽりと姫を包み込めるような
大きな体と心になって護りたい・・・
そんなことを祈っていた。