皇子リュクシス4
「・・・・・ひっく・・・ひっく・・・」
しゃっくりを上げて泣き出してしまったルナを前にリュクシスは、
顎に手を当て眉根をよせたまま困惑し、立ち尽くしてしまった。
「・・・・・ごめん・・・・なさい・・・。」
一瞬の激情が、去り少し冷静さを取り戻したルナがそう言って
ゴシゴシと、まだ汚れたままの手の平で
涙を拭うのをしばらく見ていたリュクシスが、
黙って自分のハンカチで、ルナの顔に付いた汚れと涙を拭いてくれる。
リュクシスの真っ白なハンカチに汚れが付いてゆくのを見て
慌てて押しやろうとするが、リュクシスは、止めない。
「・・・冗談・・・です。・・・・殺して欲しいなんて冗談ですよ。
本気じゃない・・・泣かせてしまってすいませんでした。」
その言葉に、ルナは、顔を上げ至近距離のリュクシスの瞳を
ジッと見返したが、その瞳は、揺らぎもせず・・・顔も逸らさなかった。
そのまま微笑みさえ浮かべて涙で濡れたルナの手を
次にリュクシスは、拭きだした。
「じ・・・自分で出来ます。・・・」
「・・・本当に・・・冗談ですから・・・済みません」
咄嗟にルナは、何か言いかけるが、止めた。
言葉を重ねて頭を下げたリュクシスを見つめていると、
胸が、締め付けられたように苦しくなって来た。
(冗談じゃない・・・きっと冗談なんかじゃなかった・・・
あの表情、あの声・・・冗談には、思えなかった。)
切なくて、哀しい気持ちになって来た。
何故そんな事を言ったのか分からない、
しかし、ルナには、初めて会ったこの少年が、
微笑みながら泣いているように感じてならなかった。
再び涙が溢れそうになるのを感じながら
(父上・・・母上・・・泣いてるよ・・・父上と母上が、
無念にも奪われた命を要らないって、この子は、泣いてるの・・・)
そう思うとルナは、何も言えなくなってしまった。
「・・・分かった・・・・・そう・・・分かったよ・・・冗談・・だ・・ね・・?」
別に優しく微笑んだ訳ではない。
リュクシスを慰めようとそっと抱きしめた訳ではない。
すっかり騙されて納得した訳ではない。
その一見すると関心が、ないのかと思う程
素っ気無い呟き。
その呟きにリュクシスは驚いたようにルナを見つめていた。
「どうか我が供物を・・・どうか我の野望を・・・・
お受け取り下さい・・・・。」
地上で各国の優秀な戦士達がお互いの名誉と
誇りを掛けて闘っている闘技場地下に
暗く冷たい声が、響き渡る。
「どうか供物をこの野望を叶える為のこの供物を
お受け取り下さい・・・
会場に集まりし各国の優秀なる戦士達の命をお受け取り下さい。」
空に手を差し伸べ祈る男の姿、
男の前には、蝋燭の光に照らされた祭壇が置かれ、
幼いが、長じれば美しく育ちそうな少女が、
目隠しをされた状態で、
周りにたちこめた異様な匂いの香によってか
体の自由を奪われている様子で寝かされていた。
男のその瞳は、暗い恍惚とした光が宿り、
手に持った儀式用の短剣を振り上げると、
躊躇いもせず少女の胸に振り下ろした。
地上では何かに気付いたルイドが、素早くサラを抱き寄せ
サラも異常を感じるのか、怯えたようにルイドの服を握り締めた。
「女王・・・・ルイド様・・・・・来ます!!」
カイルが、剣を構え顔を強張らせた。
「我を召喚したのは、そなたか?
水の商業大国の港都市ロードを預かりし、皇の4番目の弟皇子よ・・・
我は、紅き深紅の魔王が、百二十番目の娘漆黒の魔女ガルーナ
さあ皇子・・・我に何を捧げる?
・・・契約を・・・交わそうぞ・・・・」
漆黒の衣装に身を包んだ艶やかな肢体、
銀粉を塗したような漆黒の髪、
何者をも進入を許さない深い緑の瞳を持つ魔女ガルーナが
魅惑的に微笑んだ。