エンディングその2
「裕樹さん・・・」、百合子は裕樹の元へ駆けつけた。裕樹は百合子を優しく受け止め、「いいんだ、もう何も言わなくていい」。
「え~ん・・っえん」百合子は子どものようにわんわんと大声を出して泣いた。裕樹は百合子の髪の毛を優しく撫でながら百合子に聞いた「なぜ、ぼく?なぜぼくなのだ?」
「あなたの作品は幼くして両親をなくした少女をどん底から救いだしたの」、「私はそれだけを頼りに300年の時を超え、あなたを探しにきたのよ」、「だから、あなたは心配しないで、もっともっといい作品の産上げにあなたを待っているのよ」。
「そうだったのか、それを聞けて、僕は十分幸せだ」。
百合子は一粒の銀のカプセルを取り出した。「これで、僕のこの1年間の記憶はなくなるのか?」百合子は涙を頬に、無理やり笑顔を作って見せ、軽くうなずいた。
「未来って、残酷なんだな」、「こんな一粒の薬で、僕の一生を壊すなんって・・本当に・・」百合子はカプセルを自分の口に含んで裕樹に口付けをした。全時空が壊れるほど、激しい口づけであった。
裕樹は再び甘いバニラの香りに襲われた。朦朧とした意識のなかで、百合子の声がかすんで聞こえた「わたしはあなたのことをいつの時代になっても思っているから、決して忘れないから・・・」
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2004年春、裕樹は自宅で自信作を書き終えたところであった。「いつの間にか、書き上げた量が50ページも増えたんだよね。今日の夕方、佐藤さんが取りに来るとき、なんっていうかな」とつぶやいた。でも、インスタントコーヒーを片手に、自信作を眺めるのは実に気持ちが良い。
チャームがなった。裕樹はドアを開けると、担当の佐藤氏の隣に若い女性が立っている。
「どうも、先生、お疲れ様です。」「いやはや、ついに歴史長編が出来ましたか、心待ちしておりました。」佐藤氏は相変わらず調子のいい口調であった。
「どうも・・えーと・・」、
「あぁ、ごめんなさい、うっかり忘れました。こちらがうちの新入社員で吉田君、今日は一緒にご挨拶と思いまして」。
「吉田百合子と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」とっても元気な声と花が咲いたようなとっびきりの笑顔。かすかにバニラの香りがした。しかし、そのとき裕樹は彼女の笑顔に見とれていて、ほかのことに気づく余裕はなかった。
そう、二人の恋はこれから始まるのだ。