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王太子の結婚 4

「カルロが空港から車で寮に迎えにきてくれるから、荷物を積んでもらって一緒にチェックインしましょう。買い物に付き合って欲しいって言うんだけど、キャットも一緒に行ける?」

 

 結婚式の前日、キャットの部屋にフィレンザがやってきて言った。

 パラッツォ・リヴォーリを訪問した時に至れりつくせりの世話を受けたキャットが、それを断れるわけがない。

「もちろん、喜んで」

 ドレスバッグとオーバーナイトバッグを手にしたキャットはフィレンザと一緒に寮の玄関に下りて、迎えの車が運転手つきのリムジンであることに気付いて頬をひきつらせた。

 イタリアでも運転手のいる生活をしているカルロにとっては当然の選択だったのだと思うが、学生寮の玄関前にいるダックスフントのような胴長な車は非常に目立っていた。

 運転手がフィレンザ達の荷物をトランクに積む横で、カルロはまずフィレンザと抱き合ってキスを交わし、それからキャットに向き直った。

「カテリーナ、カーラ・ミーア」

 カーラ・ミーアは私の大切な人という意味だが、イタリア語では深い意味をもたない挨拶として使われる。

 キャットはカルロに向かって一歩踏み出し、抱き合って軽く頬をつける挨拶を交わした。

 夏に会った時と同じスパイシーなコロンが香った。大学の友人達とは違う、大人の香りだった。


 リムジンの後部座席でカルロはフィレンザの向かい側に座り、キャットはフィレンザの隣に座った。兄妹二人がイタリア語で交わす会話を聞きながらキャットは窓の外を眺めた。

 ちょうど王宮前を通過するところだった。

 門前には王太子と王太子妃の挨拶を良い場所で見たいと早々と場所取りに座っている人々の姿があり、そのずっと奥に、明日に備えて準備が始まっているバルコニーが見えた。

 

 フィレンザとキャットがラウンジでお茶を飲んでいる間に、カルロはチェックインを済ませて戻ってきた。

「どこへ行くの?」

「友人が新しく店を出したそうだから、まずそこへ」

 そう言ったカルロが先に立ち、三人はホテルの正面玄関に向かった。

 その動きに合わせてリムジンが玄関の前にぴたりとつけられた。

 運転手が開けたドアから乗り込んだそれぞれが席に落ち着くと、車は滑るように走り出した。


 カルロの友人の店というのは、高級店の並ぶ通りに最近できたばかりの『J』というセレクトショップだった。

 値段設定が学生向けではないのでフィレンザもキャットも中に入るのは初めてだが、この店のことはいろいろな雑誌で取り上げられていたので大人のテリトリーとして知っていた。

 三人が店に入ると、小柄な女性が満面の笑みをうかべて迎えてくれた。

「カルロ、アモーレ・ミオ!」

 愛しい人、という呼びかけも、呼びかけの相手が恋人だとは限らない。

 抱擁を交わした後でカルロは連れの二人を紹介し、それから二人に彼女を紹介してくれた。

「フィレンザ、カテリーナ。この店のオーナー、ジュリエッタだ」

「はじめまして」

「よく来て下さいました」

 ジュリエッタはカルロに腕を回されたまま、にこやかに言った。カルロがその彼女に向かって何か言った。

 とたんにフィレンザが嬉しそうにカルロの手をぎゅっと握り、カルロの腕から抜けだしたジュリエッタは三人を先導して店の奥へと歩き出した。


 キャットはどう反応すべきか悩んだが、素直にフィレンザに訊くことにした。

「どうしたの?」

「カルロが何かプレゼントしてくれるって」

 その前の会話は彼等の母国語で交わされていたので、不安になったキャットは更に訊いた。

「フィレンザに?」

「私達に」

 笑顔で告げられたその言葉に、キャットは目を()いた。

 

 しばらく経ってから同じ通りを一台のリムジンが通った。

 そのこと自体はこの通りでは特に珍しくもなかったが、それによって起きたごく低い確率の偶然は何かの巡り合わせとしかいいようがなかった。


 信号で停まったリムジンの中にいたのは王太子の結婚式に外国から招待されていた賓客と、その案内役だった。

「……会いたい気持ちが募りすぎて幻が見える」

「何か言った?」

「気にしないでくれ。ひとりごとだ」


 案内役の彼が見たのは、高級店から出てきた自分の恋人が男性の腕を借りてポーチの階段を降りてくる姿だった。

 最近の彼女が階段を降りるのに誰かの腕を借りなくてはいけないような怪我をしたという話は聞いていなかったが、女性なら誰でもその男性を見ただけで足許が覚束なくなってもおかしくなかった。


 ──つまり彼女の連れは、自分のように面白い話で気を惹いたりしなくても黙ってそこにいるその存在自体が女性を惹きつける、彼の次兄と同じタイプだった。


 何故そんな店から出てきたのかはともかく、事前に聞いていた予定から二人が一緒にいるのは不思議でも何でもない。

 だからといって彼が平常心でいられるかというと決してそんなことはなかった。恋人が男性に向けたはにかんだ笑顔を見てしまったら尚更だ。

 

 信号が変わり、リムジンが走り出した。進行方向と逆側に座っている彼は、遠くなっていく幻を見えなくなるまで目で追い続けた。

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