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Nothing Special 5

「胸が豊かな女性は、たいてい姿勢が悪くなります。無意識に人の注目を浴びたくないと思われるのですね。姿勢を良くするだけでも内気な印象は変えられます。これからは意識して下さい」

 全身の細かい採寸を終えたミラが、鏡の前でアンの肩をぐいと後ろに引いた。


 改めて言われるまでもなくアンは思春期からずっと姿勢のことで注意をされていた。


「胸を目立たせたくないからとゆったりした服を着られるのでしょうが、必要以上のゆとりは野暮ったく見せるだけです。硬めの布地で体に合ったデザインを選んで、胸以外の場所にポイントを作った方が全体の印象はすっきりとします。柔らかい布地でも他の細い部分を強調すれば太っては見えません。胸を強調したいという女性が大勢いらっしゃるように、あえて隠さないという方法もございます。考え方次第です」


 アンが今いるのは、ベスに紹介されたミラ・ケティのスタジオだった。

 ミラはスタイリストだ。しかし彼女の仕事は雑誌や映像のためのものではなく、限られた上流階級の女性のためのものだった。

 仕事は紹介でしか受けない。顧客の秘密は厳守する。

 スタジオの一方の壁は鏡張りで、もう一方の壁には様々な服が吊るされていた。

 足元には服に合わせるための靴と、小物を並べた移動式のラックもあった。

 これは全てミラがアンのためにあちこちのブティックやショップを回って借りてきたものだ。中には紹介がなければ入店できない閉鎖的な高級店のものもあった。

 この中から気に入った服が見つかれば、その服を買い取るか、ものによっては色やデザインを少し変えて特注することもできる。いわば自分専用、一日限りのセレクトショップだった。


 デパートの外商にも少し似ているが、違うのはミラが売るのは服ではなくセンスだという点だ。アドバイス料は五つ星レストランのディナー(もちろんワイン代も含めた)二回分程度。

 決して安くはないが、このスタジオに揃えられた服と小物を見てアンにも納得がいった。

 自分で店を回ってこれだけの服を見る時間と手間、クロゼットを開けるたびに『似合わないのに捨てられない服』を見るストレスを考えれば、ミラのアドバイスは支払う金額以上の価値があった。


 アンの場合、結婚後には専属の衣装係についてもらうこともできるのだが、『お仕着せで着せられるのとは違うから』というベスの言葉に心が動いてここに来ることになった。


 ミラは吊るされた服の中から、二着を選んだ。

「まずこれとこれを」

 その二着は、先程ミラが言ったとおりのデザインだった。

 一着はメンズ仕立てのパンツスーツ、でも胸の位置のダーツが自然なシルエットをつくり『胸をむりやりつぶした』ようには見えないもの。

 もう一着は横に大きく開いた襟ぐりから覗く鎖骨とスリットの入った袖がきゃしゃな印象を与える、柔らかくてセクシーなドレスだった。


「いかがですか? どちらがよりお好みですか?」

「どちらも……自分じゃないみたいで落ち着きません」

「ではレディ・アンご自身は自分らしさを引き出すのはどのような服だとお考えでしょうか?」

「……分かりません」

 アンは途方に暮れたように言った。

 それが分かればこんなところにはいません、と喉元まで出かかっていた。


「自分のことを客観的に見るのは難しいものです。他の方で考えてみましょうか。エリザベス殿下がお召しになるとしたらどのような服だと思われますか?」

 アンは眉根を開いた。

 それなら分かる。

 アンはすぐさま綺麗な色でシンプルな形の、クラシカルなスーツを選んだ。いつもベスが公式行事で着ているような服だ。もちろん揃いの帽子つきで。

 ミラはさらに質問を重ねた。

「ミス・ベーカーはご存知ですよね。この中で彼女に似合うものは?」

 キャットがベスのようなクラシカルなスーツを着ても、母親の服を借りてきたようにしか見えない。

 少し悩んでからアンは、スカートが不思議な形をしたドレスをキャットのために選んだ。

 キャットは普段はどちらかといえば地味な格好が多かったが、アンはこういうデザイン性の高い服をいつも着ている公爵夫人を一人知っていて、キャットにもきっとこういうものが似合うと思った。


 アンの選んだ二着の服を見たミラはそれに対しての意見は言わなかった。

 代わりにいくつかの服を引き出してきた。

「あまり考えずに答えてください。こちらのスーツのイメージは?」

「凛とした」

「このドレスは?」

「可憐な」

「これは?」

「エキゾチックな」

 きりなく続く問いかけにアンが疲れてきた頃のことだった。

「こちらは?」

「ぱっとしない」

 アンは答えてからはっとした。

 ミラがアンに向かって頷いた。

「そう、これはレディ・アンが気に入っていらしたワンピースですね」

 ミラはいつ気付いたのだろうか。


 さっきベスとキャットのための服を選ぶ時に、アンは確かにそれを見た。自分が何も考えずに選ぶならこのワンピースだと思った。でもだからといってじっくり眺めたりはしなかった筈だった。

「どうしてこの服を『ぱっとしない』と思われるのですか?」

「色も淡くて、形もおとなしくて無難な……いつも私が選ぶような服だからですわ」

 その服を見た一瞬にアンが考えたのは、口にしたこととは少し違っていた。

 これはベスやキャットには似合わない。でも私はこういう服を着ると安心できるのよね。……それが、本当にアンが考えたことだった。

「このワンピースはレディ・アンご自身の柔らかい雰囲気に、よくお似合いです」

「でもそれでは駄目なんです」

「どうしてでしょう?」

「もっとはっきりと人目を惹く服でないと……人前に立つからには」

「そうでしょうか?」

 アンはミラの言葉に驚いた。

「これから失礼を申し上げますよ」

 ミラはそう前置きをしてから話し始めた。

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