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宇宙よりもっと 8

 チップの行動は迅速だった。

 翌日、三人で朝食を食べている間に、チップの携帯電話に報告が入った。


 ケイトーの祖父母にひとつの抜け道もない書類にサインをさせたと聞いて、ケイトーは思わずポーチドエッグを取り落とした。


「……どうやったの?」

「子どもは知らないほうがいい」

 チップはすましてそう言うとトーストを一枚取ってバターを塗った。

「もし君が言いたいなら、僕にありがとうって言っても構わないよ」

 ケイトーがものすごい顔でチップをにらみつけた。

 チップは意に介さずバターを塗り続けた。

「っ……」

 悔しそうにケイトーが言葉を搾り出そうとしたところで、再び携帯電話が鳴った。

 チップは少し待てとケイトーに片手を挙げながら電話に出た。

「やあ。おはよう。どうしたの、こんな早く……う、うん。そうだ、僕だ……そうだね、引き出しをちゃんと閉めなかったのは謝るよ……いや、どうしても必要で……分かってるよ、君にいつも言われてることはちゃんと覚えてるよ……すぐに届けさせるから……いや、僕は今日ちょっと用事があって行けないんだ……アップルパイのホールでどうだい……ああ、もちろんだ。アイスクリームつきだよ……」

 キャットとケイトーははじめ驚いて、それから思わず顔を見合わせ声を出さずに笑った。

 ケイトーはいい気味だとばかりに、電話の相手に押されまくるチップを嬉しそうに眺めた。

 

 やっと示談が成立したのか電話を切ったチップが、今度は別の場所に電話をかけた。

「僕だ。すまないが屋敷までファイルを一冊取りに誰か寄越してくれ。それをADMCのミス・ディーに届けて欲しい。下の店からアップルパイ一ホールとバニラアイスクリームを一バレル届ける手配も頼む」

 キャットは驚いて口を押さえた。ケイトーがしまったという顔をした。


 チップは電話を切ってから皮肉っぽい笑みを浮かべて二人に言った。

「子どもには分からないだろうけどね、大人には解決しなくちゃいけない問題がたくさんあるんだよ」

「──ごめんなさい」

 ケイトーがおそらく初めてチップの前で素直な態度を見せた。

 チップがにやりと笑った。

「謝ってもらう必要はないけど、さっき言いかけた言葉の続きは聞かせて欲しいね」

「もうっ、フライディ! 意地悪しないのっ!」

 キャットがとうとうチップを叱りつけ、その後でぎゅううっと抱きしめた。

 

 ケイトーに必要なことを言い含め、家から勝手に持ち出した銃を返し人をつけて送り出し、チップがADMCから持ち出したファイルを取りに来た使いに渡して、チップとキャットはやっと二人きりになった。


「さて。昨日保留にしていた問題について話し合おうか」

 チップがそう言ってキャットを寝室に連れて行った。

 チップは静かに扉を閉めると、キャットをすぐ脇の壁に追い詰めて腕で囲った。


 そしてチップは、今までキャットが聞いたこともない激しさで言った。

 

「ロビンッ! どうして僕の言うことをちっとも聞かないんだっ! 見た目は子どもでもあの歳になれば犯罪の加害者にはなれるんだぞっ! 君の電話に知らない男が出た時の僕の気持ちが分かるかっ!? おとなしくしてろって言ったのに、なんでまた銃を持った犯人にとびついたりするんだよっ! 心臓が止まるかと思ったよっ!!」

 

 キャットはチップのひとことひとことに身が縮む思いだった。

 あの快活で人当たりよく頼もしい態度や、優しく慈しんでくれた昨夜の恋人らしいふるまいの底で、チップがこれほど腹を立てていたのかと思ったら、ショックで思わず涙が出た。

 ごめんなさい、そのひとことだけは言わなくてはとキャットが嗚咽を飲み込んで何とか声を出そうとしたその時、チップは突然キャットの前で膝をついてキャットにすがりついた。

 

「……君のためならいつ死んでも悔いはないけど、君なしで生きていけない。絶対に僕より先に死ぬな」

 

 キャットがチップの頭を抱きしめた。チップも力いっぱいキャットの腰を抱きしめた。

 見上げるチップの瞳に引き寄せられ、キャットが膝を折りチップに口づけた。

 二人は今離れたら二度と会えなくなるとでもいうように、そのまま毛足の長いカーペットの上で抱き合ってお互いの存在を確かめ合った。

 

 長い時間をかけてやっと二人は落ち着きを取り戻し、ゆるく抱き合うだけで満足できるようになった。

 カーペットに並んで天井を見上げたまま、チップがキャットの髪を指で梳くようにして頭をなでた。

「さっきは怒鳴ったりしてごめん。それに泣かせてごめん」

「ううん。私こそ心配かけてごめんね。もう怒ってない?」

「君を怒ってたんじゃない。さっきのはやつあたりみたいなものだ。本当は僕が全部悪いんだ。僕の仕事のせいで、君をこんな事件に巻き込んだ。ADMCの監視カメラに映った空き巣とケイトーがそっくりなのに気付いたのに、君に警告しなかった」

 沈んだ様子のチップに寄り添い、キャットが幸せそうに笑いかけた。

「でも良かった。本当はね、ケイトーのお父さんがフライディなのかと思ってたんだ」

 チップが驚いて少し起き上がった。

 

「何でそんな突拍子もないことを?」

「だって、バザーの時フライディすごく変だったから」

 チップは脱力してまたカーペットの上に倒れ、キャットをしっかりと腕の中に抱き込んだ。

「君の隣にあんな危険人物がいたら心配もするだろう? 実際こんなことになったんだし」

「それにケイトーとフライディって似てたんだもの」

 チップが顔をしかめた。

「うーん、全然嬉しくないけど君の言いたいことは分かる気がする。どうにもあいつが気に入らないのは君に抱きついたせいだけじゃなくて、同族嫌悪だな。

 ──多分あの子の精神年齢は実年齢よりずいぶん上だよ。度胸も据わってるし、大人を大人と思ってない。なまじ頭がいいだけに恐ろしいいたずらを思いつく。僕の子どもの頃にそっくりだ。彼は早い時期に更生できてよかった」

「更生っていうけど、ケイトーはもともと悪い子じゃなかったよ。銃だって本気で撃つつもりじゃなかったでしょ」


 チップが再び体を起こした。

 そして上からキャットの顔を覗き込んだ。


「ねえロビン、昨日から訊こうと思っていたんだけど。あの時どうして銃の安全装置がかかってることが分かった?」


「……えっと?」

「ミリタリーマニアでもなく従軍経験もない大学生である君が、どうして銃の安全装置がかかっているかどうかを見分けることができたんだ?」

「……たまたま?」

 目を泳がせるキャットを見下ろすチップが声の調子を変えた。

「ロビン?」

 キャットはごまかすのをあきらめて理由を説明した。

「このまえ射撃訓練受けたの」

 

「ロビンッ!!」

 さっき怒鳴ってごめんと謝ったばかりなのをすっかり忘れて、チップはまたキャットを怒鳴りつけた。

「銃なんか撃てるようにならなくていいって言っただろっ! 銃を持つってことは警告なしに撃たれたって文句は言えないってことなんだぞっ!」


 しかし今度はキャットも引かなかった。

 彼女も体を起こしてチップに向き直った。

「でも役に立ったじゃないっ! 私が訓練受けといてよかったでしょっ?」

「死んでたかもしれないんだぞっ!」

「前に言ったでしょっ! フライディが死んだら私も死んじゃうって! フライディを守るって! フライディができること私ができるようになっちゃどうしていけないのっ!?」

 チップはぐっと拳を握り締めた。

「どうしてこんな生意気な小娘を好きになっちまったんだろうっ!」

 チップは一声そう叫んでからキャットが言い返す間もなく押し倒し、強引で乱暴で有無を言わせないキスをした。

 キャットは一歩も退かずにチップのキスに応えた。


 やがて自分達がやっていることの馬鹿馬鹿しさに気付いてどちらからともなく笑いがこみ上げ、キスが続けられなくなった。


「ああ……君が僕の言うことなんか素直に聞くはずなかったんだ。僕が間違ってた。僕じゃなくて、ジャックに言って彼に君を止めてもらうべきだったんだ。ジャックがいつもどうやって君に言うことを聞かせてるのか、僕には全く想像がつかないよ」

 チップが笑いながら言った。

 キャットも笑って答えた。

「お父さんは言うこときかせたりしないよ。それに射撃訓練は、お父さんとお母さんが勧めてくれたんだよ」

「何だって?」

 チップの笑顔が消えた。


「バスルームに置き忘れた銃をみつけた時にどこを持っていいかも分からないようじゃ危ないし、銃を持ち歩く恋人がいるなら、自分でも使えるようになっておいた方がいいって」

「……いずれにせよ君のご両親には会いにいかなくちゃいけないと思ってたんだ」

 チップが額を押さえた。 

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