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三日目(番外編)

三日目(番外編)



「ロビン。今すぐ降りてこい」

 フライディの声が下から聞こえた。どうして見つかったんだろう。

 降りるくらいならこのままてっぺんまで登ってしまおうかと、私はあともうちょっとで届くこずえを見上げた。


「ロビン。今すぐ・降りて・こい」

 単語ごとに区切るようにして、フライディが繰り返した。


 初めて会った時からフライディはふざけたりへりくだったり偉そうだったりいろんな口調で話しかけてきたけど、こんな言い方は初めてだ。ちょっと惜しかったけど、素直に降りることにした。

 腕を組んで待ち構えるフライディの前の降りてどうしたのと笑顔で問いかけようとしたら、感じの悪い笑い方をしたフライディが私より先に口を開いた。


「子供じゃないって言ってるわりに、木登りなんかしたがるところをみるとやっぱりガキなんだな」


 先ほどの命令口調に続いてのガキ呼ばわりに、思わず尖った声で言い返した。

「いちいちガキって言わないでよ。そっちがおじさんなんでしょ?」

「ガキが嫌ならサルって呼ぼうか?」

 フライディの顔は笑ってたけど、声の出し方が意地悪だった。わざと私を怒らせようとしているとしか思えなかった。

「なんでフライディって失礼なことばっかり言うの? ちょっと木に登ってみたくらいでサルとか言われたくない。誰だってこれくらいの木登りできるでしょう?」

「サマーキャンプならともかくサバイバルでやることじゃないね。うっかり手を滑らせなくても枝が裂けて落ちて、骨でも折ったらどうするんだよ。僕は骨つぎの技術なんかもってないからな。折れた骨がそのままくっついたらどうするか知ってるのか?いちど折ってから繋ぎ直すんだぞ」

 そんなこと知りたくなかった。

「そういうこと言わないで」

「運良く骨折を免れたとしたって、折れた枝でざっくりいった傷なんか手当てするのはごめんだよ」

「ほんとにやめて。気分悪くなる」

「僕だって言いたくないさ。でも君が何も考えていないみたいだから、こうして僕が代わりに何が起こるか予想してあげてるんじゃないか。しかも君は僕に呼ばれてから、いったん言うことを聞かずに上まであがろうと思っただろう」

「思っただけでやらなかったじゃない」

「でもちょっとはやろうとしてただろ。馬鹿じゃないのか」

「ねえ、ちょっと待ってよ。やらなかったことについて何でこんなに言われなくちゃいけないの?」

「木登りには必ず一定の割合で失敗の危険があるんだよ。確率を計算しろって言っても君には無理かもしれないけどね」

 どうしてこんなことでここまでいわれなくちゃいけないのか分からない。

「だからー。なんでそんな嫌味ったらしい言い方するのよ。今日のフライディものすごく感じわるーい」


 フライディと私はそのまま冷たい夕食を無言で摂って、廃ホテルのフロントロビーといういつもの寝場所に移動した。


 私は二つ並んだマットレスの一つをうーんと遠くに離して横になった。

 薄暗がりの中で目を閉じたけど、腹が立って腹が立ってちっとも眠れる気がしなかった。言い返せなかった言葉を思いついては心の中でフライディに投げつけているので怒りがぜんぜん冷めない。

 そもそも寝るにはまだ早すぎる。他にやることがないから横になっているしかないとはいえ、家にいた頃ならまだまだテレビを見たり音楽を聴いたりしている時間だ。


(なんでああいう言い方するかなぁ。あんな風に怪我の話をしつこくすることないじゃない。だいたい、心配のしすぎだよ。私、木登りで落ちたことなんてないのに。人のことをすぐガキとかサルとかも言わないでほしいよ。私が馬鹿なのだって言われなくても分かってるよ。どうせ数学できませんよーだ。ああああーむかむかする……)


 だんだん暗くなってきた。目を凝らしてももう向こう側の壁はほとんど何も見えない。


(ひとりで寝るの、初めてだ)


 明かりのないこんな場所で、今晩はこのまま一人で寝ることになるんだろうか。

 そう思ったら急に不安がこみ上げてきた。


「ロビン」

 フライディの声がした。そちらを向いても、暗くてフライディのいる場所はぼんやりとしか見えなかった。

「フライディ」

 言った私も驚くほど頼りない声だった。


 返事の代わりに足音とフライディの気配が近づいてきた。すぐ横の床にフライディがしゃがんで言った。

「ねえ、ロビン。ケンカを翌日に持ち越すのって気分悪いよ。仲直りしない?」

「ケンカなんかしてない。フライディが一人で怒ってた」


 フライディは大きく息を吸って、吐いた。

「──君みたいなガキに下手にでたのが間違いだった。分かった。じゃあ今日は気分が悪いまま一日を終えることにする。おやすみ」

「待って」

 とっさに手を伸ばしてフライディの腕に触れた。

「行かないでよ」

「行かないよ。大丈夫」

 私が触れたのとは反対の手が、彼の腕にかけたままの私の手をぽんぽんと軽く叩いた。


 私を上に乗せたまま、フライディはずるずると私のマットレスを引きずっていつもの位置に戻した。

「ねえ、なんであんな嫌な言い方したの?」

 フライディが答えるまで少し間があった。


「僕は……君の身の安全を図るのは自分の義務だと思ってる。君はそうは思ってないだろうけど。自立心旺盛なのは悪いことじゃないけど、たとえ理不尽に感じたとしてもああいう時だけは僕の言うことを聞いてくれないか。僕は年上だし軍のサバイバル訓練も受けている。別に君に意地悪しようとか威張ろうと思って言ってるわけじゃない。

 君はこの島に辿りついてすぐ僕に会ったからたいして危機感がないだろうけど、食べ物を捜せるのも水を飲めるのも、君が潜水病にもならずに自由に体を動かせる状態でここに辿りついたからだ。幸いここには危険な生物もいない。必要もないのにわざわざ危険を冒すのはやめてくれ。退屈してるのは分かるけど、暇さえつぶしていればいつか戻れるんだ。できればこの島を離れるまでにひとつの怪我もさせたくない。

 君の行動を一から十まで制限するつもりはないけど、できるだけリスクは避けて欲しいんだよ。僕がフォローしきれないこともある。自分でもよく考えて、気をつけて行動して欲しい。熱を出した時に分かっただろう? いったんことが起きてしまえば、ここで僕が君にできることはあまりないんだ」


 フライディの口調には最初いらついた様子がかすかに残っていたけど、その言葉からは驚くほどの優しさが感じられた。

 何だか申し訳なくていたたまれなくなった。あんな嫌な言い方じゃなく、あの場でこんな風に言ってくれたら私にだってちゃんと分かったのに。

 大人の男の人からこんな風に真剣に話をされるのは何ともいえず居心地が悪かった。でも言わせたのは私だ。

 フライディのふざけた喋り方には腹を立てることも多かったけど、そのおかげですごく話しやすかったのだということに、今やっと気付いた。最初からこんな風だったら、私はフライディに言われたとおりにしか動けなくなっていたかもしれない。


 マットレスに柔らかい衝撃があった。ぶつかった方のマットレスと移動してきたマットレスを元通りに並べて、フライディが隣に横になった。


「……ごめんなさい」

 顔が見えない暗さになってから、やっと言えた。


「僕も言い方が悪かった。でもまあ単調な日々の彩りにはなったよね」

 フライディはきっと、あの人の悪そうな微笑を浮かべているんだろう。

 謝罪を受け入れてもらえたこととフライディからも謝罪があったことでほっとした次の瞬間、フライディが口調を変えて続けた。

「それに、あの木は登ってもたいして面白いものは見えないよ。海岸沿いのマングローブに遮られるから海は見えない。マングローブを眺めるために怪我するなんて馬鹿らしいだろ?」


 私は静かな声で呼びかけた。

「……フライディ?」

「何だよ。僕はちゃんとリスクを計算した上で、必要があったから登ったまでだ。君みたいに考えなしに登ったんじゃ……やめろよっ、蹴るなよ。やっぱり子供は寝相が悪いな」

「もうっ、もうっ……もおーっ!! やっぱり悔しいーっ! ムカつくーっ! 避けるなーっ!」


 こうして私のサバイバル三日目は更けていった。


end.(2009/06/13)

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