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フライディと私 6(おわり)

 車から降りた後、どうやって家まで帰ったかよく覚えていない。夢だったんじゃないかとまで思った。でもエクセレントのテストはちゃんとディパックの中から消えていた。


「チャンスがあればって、いつのことよ」

 一人の部屋でそうつぶやいた。

 そんなチャンスあるわけないのに。


 じわじわと涙が湧いて止まらなくなった。

 本当にまたいつか会えるの? どうして私に会いに来たの? 本当に元気なの?

 二人きりだった時なら答えてくれるまで後ろをついて歩いて、根負けしたフライディが嫌そうな顔で答えてくれたような質問ひとつもする時間がなかった。


「『会えてよかった』のかな、本当に」

 私のことを子供だガキだと言ってたのは、きっと私がフライディを好きになったりしないように予防線を張っていたんだ。

「そんなに大人じゃなかったくせに」

 嘘ばっかりついてたし。初めて会った時はあんなにひげだらけでむさくるしかったし。人使いあらかったし。スパルタだったし。実は王子様だったし。

「もう会えないって言ってくれたらよかったのに」

 でももう遅い。私は約束ともつかないような約束に縛られてしまった。


 このまま「いつか王子様が」って次に会える日を待って、誰とも恋愛できずにおばあちゃんになっちゃうかもしれない。

 私はそんなひねくれた未来を想像した。


 それからの日々はきつかった。

 勉強も大変だったし、最初は腫れ物に触るような対応をしてくれていた周囲からも段々「そろそろ元の生活に戻れるでしょう」と当たりが厳しくなってきたし、報道も少なくなってフライディがどうしているのか全然分からないし、いつまで待ってもフライディには会えないし。


 携帯に知らない番号の電話がかかってくるたびに、もしかしたらという期待で出ずにはいられなかった。そしてその殆どはマスコミの取材で、残りは間違い電話だった。


 また電話。

 そして懲りない私はまた出た。

「やあ、ロビン」

「フライディ」

 携帯を持った手が震えた。

 何度も期待を裏切られていたけど、今回だけは私が待ちかねていた電話だった。


「また近くにいるの?」

 私は慌てて立ち上がって部屋のカーテンを空け、窓の下を見た。人も車も通っていなかった。

「いや、今日は自分の部屋から。君は?」

「私も。自分の部屋」

「あまり時間がないんだ。君に話しておきたいことがある」

「うん」

「明日会見を開くけど、僕は王位継承権を放棄する」

「それって、王子をやめるってこと?」

 フライディがちょっと笑った。

「王子はやめられないんだけどね。王様になる順番に並ばないってこと」

「それで?」

「また君の周りがうるさくなると思う。弁護士を行かせるよ」


「そんなことを言いに電話してきたの?」

 私は失望で力が抜けて、うまく喋ることができなかった。

「ごめん、よく聞こえなかったんだ。何て言ったの?」

 抜けた力を、怒りが補った。お腹に力を入れて一息に言った。

「そんなことまた事務官の人に代理で言わせればよかったんじゃない?」

「……そうか、そうだね。ごめんね、ロビン。じゃあ」


 私は切れた電話を持ったまま、動けなかった。

 ずっとずっと待ちかねていた電話は、こんな風に話すためのものじゃなかった。


 フライディが話したかった用件は本当にあれだけだったの?

 時間がないって言ってた、ちゃんと聞いてあげたらよかった。

 すぐかけ直したかったけど、フライディが自分の部屋と言っていたために私はためらった。もし電話して「はい、王宮です」って知らない誰かに言われたらどうしよう。何と自己紹介すれば、いやそもそも繋いでもらえるんだろうか。そう思うと受信履歴を見つめたままボタンが押せなかった。


 結局電話をかけ直す勇気はどうしてもなくて、代わりにさっきの番号を「フライディ」と登録した。二度とかかってこないかもしれないけど、着信音まで特別にハッピーバースディにして。

 

 翌日私は、弁護士さんのアドバイスで学校に行った。帰りは学校のすぐ近くで弁護士さんが待機していてくれる。マスコミが集まってくる様子があったら弁護士さんが校門の前で迎えてくれる。私は余計なことを喋らずに家に帰る。そういう段取りだった。

 校門までは一人で歩いていった。戻ってきてすぐの取材の時は友達が私を囲むようにかばってくれていたけど、その後でしつこいマスコミの標的になって迷惑をかけてしまったから。

 弁護士さんとマスコミが校門の前にいた。

「車に」

 そう促されて、弁護士さんの車に乗った。

「どういう会見だったんですか?」

 私がそう訊くと、テレビをつけてくれた。


「……健康上の理由で、王位継承権を放棄されました。これにより王位継承順位の三位は……」

「……最近あった遭難事故が直接の原因ではないとのことです。しかし一ヶ月以上消息不明になっていたことで、周囲から今後の執務について不安の声が上がっていたことも……」


 昨日ちゃんと話を聞いていれば、こんなに不安にならなかったんだろうか。昨日の私は自分のことばかりだった。

 暗いロビーで身を硬くしていたフライディの姿が甦った。大丈夫なのかな。

 

 フライディが言ったとおりしばらくはまた周囲がうるさかったけど、以前とは全然違った。今回は噂の主役は私じゃなかったし、コメントが全くとれないと分かると記者たちも自然に散っていった。

 王位継承権は放棄したものの、それからもフライディはチャリティコンサートを鑑賞したり何かの大会の主賓となったりして、相変わらず隣の国の王室の一員として活躍していた。でもそういうニュースの小さな映像では、彼が元気なのかそうでないのかは分からなかった。


 あきらめかけたある日、ハッピーバースディの音楽が鳴り響いた。


「フライディ!」

「やあ、ロビン。今日は何か予定ある?」

「ないっ、全然ないっ!」

 電話に噛み付くように答えると、フライディは言った。

「迎えをやるから、会いに来ない?」

 私の返事とほぼ同時に、ドアのブザーが鳴った。


 車と飛行機を乗り継いで私が連れてこられたのは、どこか分からない島だった。上空から見た限りでは島にひとつしかない立派な建物の前の、これもひとつしかない桟橋に私を乗せた飛行機が着いた。

 建物の前に王子がいた。初めて会った時の姿からは想像できない、リゾートウェアを爽やかに着こなした彼は微笑んで言った。

「久しぶり。大きくなったなぁ」

「ならないよっ!」

 思わず叫ぶと、彼は声をたてて笑った。

「座って話そう」

 王子は私を大きな窓から海が見える部屋へ案内した。慣れた様子でお茶を頼み、それが届くと傍にいる人を下がらせた。

「何から話そうか。色々話したいことがあって決められないな。あの島で食べた採りたての貝の味は君としか語り合えないから寂しくてね。あ、そうだ。数学のテストはパーフェクトが取れるようになった?」

「ううん。だってあれから教えてくれてないじゃない」

「──そうか」

 私が知っているフライディなら、この百倍はくだらない話をし続けるのに。

 王子になってしまったフライディはそれで言葉を切ってしまった。

 代わりに私から質問した。

「ねえ。健康上の理由って何?」

「ああ、あれ。二ヶ月近く行方不明の間にどこかで洗脳されてたんじゃないかとか、公務が嫌で隠れてたんじゃないかとか、政治的な意図があっての行動だったんじゃないかとか色々言われて嫌になっただけ」

 私はソファから降りて彼の前に立った。

「ほんとに大丈夫なの? ……ひとりで大丈夫なの?」

 最後はささやくような声になった。


 不意に腕を掴まれた。腰に腕を回されて抱きしめられた。

「君がいないと駄目」

 私は彼の頭をしっかりと抱いた。きれいにひげを剃ったフライディからは、知らないコロンの香りがした。

「ねえ、貝の話するために私を呼んだんじゃないよね?」

「うん、違う」

「婚約してるって言ってたよね?」

 なんでもない風に訊こうと思ったのに、声がちょっと震えてしまった。

「もうしてない。第三王子の冠ごと弟に押し付けてやったよ」

「それって、そんなのってありなの?」

「説明ならあとでいくらでもするから、まず君と僕の話をしたいんだ」

「ううん。話ならあとでいくらでもするから、まずキスしたい」

「いい思いつきだ。乗るよ」


 こうして私は熱意溢れる指導をうけ、不名誉な『キスも返せない子ども』の称号を返上した。


end. (2009/01/24初稿・2014/10/22-27加筆転載)

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