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フライディと私 5

 マスコミって恐ろしい。

 フライディは一度刈ったひげをまた伸ばしはじめていた。遠くから撮影されたそのひげづらの写真が行方不明になった隣国の王子に似ていると最初に気付いたのは一体誰だったのだろう。フライディと私が運ばれた病院は別だったけど、それぞれにやってきた黒塗りの車のナンバーがメルシエ大使館のものだとスクープされるよりも早かった筈だ。


 検査のため入院した私のところへ両親がかけつけたのとほぼ同時に、隣国の大使館から派遣された事務官が現れた。

「この度はお嬢様が遭遇された大変な災難にお見舞い申し上げます。そしてご無事な生還にお喜び申し上げます。今後の事態に対応するために、ささやかながらお力添えを申し出に参りました」

 そう挨拶した事務官は、マスコミに直接コメントを出さないこと、取材を受けないこと、弁護士を窓口にすること、その弁護士を大使館に手配させて欲しいことを滑らかな口調で私と両親に提案した。表向きは提案だったが実際は断れない雰囲気を漂わせていた。

「もう報道されてしまいましたが、お嬢様が一緒にいらしたのは私どもメルシエ王国の第三王子、チャールズ王子殿下でした。そのことを含めお嬢様とご家族の皆様が興味本位の報道にさらされるのではないかと、殿下は大変ご心配なさっておいでです。まず何よりもお嬢様とご身内の方が好奇の目に晒されないで済むようにとの指示です」

「王子──って何ですか?」


 目の前で、世界が歪んだ。

 両親に驚いた様子はなかった。マスコミのスクープで両親だけでなく世界中の人がそのことを知っていた。知らなかったのは私だけだった。


 取材は全て弁護士さんが代理で答えた。事前にいくつか質問を用意され、私が答え、その内容を弁護士さんが吟味し修正して会見をしたので、テレビを見ても自分の言葉とは思えなかった。

 だからきっと彼の言葉も同じように彼の言葉ではないのだと分かっていたけど、フライディが、いや王子がどういうコメントを出すのか知りたくて家にいるのをいいことに一日中テレビを見ていた。


 事故の詳細は軍規でお答えできません。事故の後、あの島にたどり着きました。いずれ救出されることは分かっていましたが外の世界と連絡がとれないので周囲に心配をかけていることが気がかりでした。しばらくして一緒に救出された少女が漂着しました。救出される日までお互いに励ましあって過ごしました。念のためですが、万一この件で彼女の名誉に傷をつけるような報道があった場合、それは王家の名誉にも関わりますので正式に謝罪を要求することになります。マスコミ各社はあらかじめご承知下さい。


 そうは発表されていたものの、興味本位の記事は各メディアに溢れた。はっきり書かないまでも何かをほのめかすような報道もあった。私の知らない「家族の親しい友人」や「事情に詳しい人」がインタビューに答えたというでたらめなコメントが声を変えて流された。

 本当にそういう誰かがいたのか、インタビュー自体でっちあげなのかは私にも分からなかった。


 フライディの言ったとおり私はやっぱり傷ついたけど、その一方でいろんなかたちで私を守ってくれる人達の存在に気付いた。フライディが見えないところでできる限りのことをしてくれていることにも。

 しばらくはカウンセリングを受けたり自宅で療養して、やがて学校にまた行けるようになった。時々道端でフラッシュが光って驚くことがあったけどニュースとしての扱いは段々小さくなって、友達のおかげもあって私は段々日常を取り戻してきた。でも人の集まるところに一人で出られるようになったのはずいぶん後だ。

 

 ようやく一人で学校の行き帰りができるようになったある日、学校からの帰り道で私の携帯が鳴った。どこで調べるのかマスコミや親しくもない知人からの電話が続いていたのでまたかと思ってディスプレイを見たら弁護士さんの番号だったので安心して出た。

 でも電話の相手は弁護士さんじゃなかった。

「やあ、ロビン。元気?」

 この世で私をロビンと呼ぶ人は一人しかいない。

「フライディ!」

「ちゃんと勉強してるか?」

「ずいぶん休んじゃったから補習で大変。あなたは?」

「ずいぶん行方不明だったから絞られて大変。無人島の方がよかったかも」

「あはは」

 違う、本当に話したいことはこんなことじゃないのに。こんな道端じゃろくに喋れない。私は電話を耳にあてたまま、こらえきれずに下を向いてしまった。

「会いたいよ、フライディ」

「君はほんとにラッキーな子だね。その願いは今すぐ叶うよ。シルバーの車見える?」

「えっ?」

 驚いて顔を上げ、周囲を見回した。道路の反対側に銀色に光る車が止まっていた。

 黒い窓ガラスが少し下がって、誰かの手がひらひらと私を呼んだ。


 私は二度ほど轢かれそうになりながら交通量の多い道路を横切り、銀色の車にたどり着いた。

「なんて無茶をするんだ、ロビン! 危ないじゃないか!」

 いきなり怒られた。

「大丈夫だよ。だって私、幸運の星の下に生まれたんだもの」

「相変わらず生意気なガキだな」

 そう言って王子は私の頬をむにっとつまんだ。何故か涙が出そうになった。


「フライディ、じゃなくて王子」

「フライディでいいよ」

「どうして隠してたの?」

「いろいろ事情があって」

「それにっ! どうして嘘ついてたのっ!?」

「あんまりたくさん嘘ついたからどのことで責められてるか分からないな」

 相変わらずフライディはふざけてた。


「なんで三十歳なんて嘘ついたのよっ!」


 しばらくは私が辛いことを思い出すといけないからと、報道から引き離されていた。家に戻ってテレビをつけて初めて、行方不明になっていた王子が二十三歳になったばかりだと知ってソファから落ちそうになった。

「行方不明になった報道はたくさんされてると思ったからね、僕の素性が知れるといろいろやっかいだから」

「だからひげも伸ばしてたの?」

「いや、それは他に気にする人がいなかったからだよ。君以外。会うの初めてだよねって言い出した時はひやっとしたけど、まさかニュースもろくに見てないガキだったとは」

「ガキじゃないったらっ!」

「ああ、懐かしいな。君にそうやって怒鳴られると島に戻ったみたいだよ」

 王子はそう言って笑った。

 

 私達は前の座席との間をガラスで仕切られた空間にいた。そのガラスを前にいる誰かがノックした。

「そろそろ行かなくちゃいけないみたいだ。ごめんね突然訪ねたりして」

「ううん……会えてよかった」

 船の上で『会うのは難しいと思う』と言っていたから、もう会えないと思ってた。まだ全然話したいこと話してないのに、会えるって分かってたらもっと色々話すこと考えておいたのに。

「君が元気そうで安心した」

 そう言った笑顔が何だか……何だか……。

「ねえ、元気なの?」

 私は彼の袖を掴んで訊いた。

「うん、元気。ありがとう」

「これっ、あげる!」

 私はディパックの中から今日返されたテストを取り出した。

「ほら、数学。見て、初めてエクセレント(優秀)だったの!」

「なんでパーフェクトじゃないんだよ」

「……教わってないこといっぱいあるんだもん」

 ちょっとがっかりした。エクセレントで凄いって言ってくれると思ったのに。


「チャンスがあればまた教えてあげるよ。これは記念にもらっとく」

 彼がそう言った時、もう一度ガラスがノックされた。

「じゃあね、ロビン」

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