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フライディと私 4

 その後はホテルまでの道を二人で無言で辿った。それは気まずい沈黙ではなかったけど、何も言うことを思いつかなかった。フライディも珍しく口をきかなかった。

 フライディは何でもできるすごい人だから、きっと婚約者もそういう人なんだろう。自分のことをほとんどしゃべらないから、婚約者がどんな人なのか聞き出す気にもなれなかった。


 ここから助け出されてニュースにでもなったら、その時私達を迎える中に綺麗な大人の女の人がいるんだろうな、私は暗闇の中でそんなことを考えながら眠りについた。


 翌日はまた嵐だった。朝起きてしばらくして雷が鳴り出したので、外に出るのはやめてホテルの中で勉強を教えてもらった。

 フライディは夜とは違って普通にしていたけど、雷が鳴るたびにわずかに身を硬くしているのが分かった。

 私はフライディに出された数学の問題を考えるかわりに、フライディのことを考えていた。

「フライディ」

「もう解けたの?」

「私が来るまで、一人でどうしてたの?」

「一人で喋ってたよ。昔聞いたくだらないジョークを思い出して喋ったり、無人島探検に来たレポーターのふりをしたり」

「嵐の時は?」

 昼間、嵐の話をするのは初めてだった。

「嵐の時も一人だったよ」


 私は立ちあがり、フライディの頭をいつものように抱きしめた。

「君が来てくれて嬉しかったよ、ロビン」

「私もフライディに会えて嬉しかった」

「うそつけ、逃げ出したじゃないか」

 私は返事の代わりにくすっと笑った。


 フライディのことが大好きだ。

 昨日フライディが言ってたことは全部本当だ。私は子どもで、偶然ここで会っただけだ。フライディは隣の国の軍人だし歳も私の倍だしここを出たら二度と会わないかもしれない。でも今は私だけがフライディを抱きしめることができる。

 誕生日じゃないからもうキスはしないけど、フライディの傍に、今私がいることが嬉しかった。


「フライディ、ここを出たらどうするの? 軍隊に戻るの?」

「うーん、どうかな。本隊に復帰できるかどうか分からないな。異常な状況にあったことで精神的に問題が起こったんじゃないかとか色々調べられると思うし、事故のヒアリングもあるだろうから」

「また会えるかな」

「どうかな。君はここを出たらどうするの?」

「学校……行かなきゃね」

「この先何があっても、数学のテストの結果だけは教えてもらわなきゃな」


 私はまたくすっと笑った。

 フライディはまた会いたいとは言ってくれなかった。その理由が分かったのは翌日だ。


 フライディといつものように『原始的採取』をしていたとき、耳慣れない音がした。

「フライディ」

「ああ。船だ」

 フライディは木の枝にカーテンを結んだ旗を船に向かって振った。私はホイッスルを鳴らした。

 行ってしまうかと思った船がぐるっと回ってこちらへ向かってきた。そしてその船の舳先から誰かが、島に向かって叫んだ。

「あんた達は?」

「遭難者です。救助をお願いします」

「すぐ行く、待ってろ」

 船からボートが降ろされるのが見える。私はその場にへなへなと座り込んだ。

「あんた達、名前は? どこの人だ?」

「えーと、僕はちょっと詳細を伏せさせて下さい。彼女は」

 私はフライディに促されて自分の住所と名前を言った。この時に無線で海上警備隊に連絡がいき、そこから警察経由で私の家族にもすぐ連絡がいったらしい。


 私達は船にあげてもらって船長さんに歓待を受けた。その時やっと知ったのは、ここが国境を挟む群島の私の国側だということだった。

「一ヶ月ぶりのクッキー。涙出そう」

 口に入れたら強烈な味と香りがして、本当に涙が出た。フルーツとは違うまじりけのない砂糖の甘さと、バターのコクと香り、さくさくした食感としょっぱさが絡みあって「調理されたものってこんなに美味しいんだ!」っていうものすごい感動におそわれた。

 あとから考えるとそんなに美味しいものじゃなくて、その辺で売ってるただの安い箱売りのクッキーだったんだけど、あの時は脳にダイレクトに届いた美味しさでちょっと別世界にトリップしそうになった。


 同じ感動を味わってるかと思ったのに、フライディはそんな私の横で普通の顔をしてクッキーを食べながら船長に面白おかしく遭難生活について語っていた。冒険は思ったより退屈なものでした、とか、この次遭難する時は携帯電話を忘れないようにします、とか。

 素性についての質問には「お話できません」の一点張りだった。

 隣とはいえメルシエは別の国だ。密入国とかでフライディが捕まっちゃうんじゃないかとどきどきした。


 最後にキャビンの外に出て、二人で島を見送った。

 島を出られるのは嬉しかったけど、日常に戻ることへの不安と、フライディと離れることへの寂しさと、いろんな感情がごっちゃになって私はまた泣いた。

 私の横にいたフライディは、船長と話していたときとは一変して無口になっていた。やがて私に向かって言った。


「ロビン。これから騒ぎに巻き込まれる。迷惑をかけると思う」

「何のこと?」

「直接マスコミと話をしないように。間に弁護士を立てた方がいい」

「だから、何のこと?」

「遭難についての取材が殺到する。それから、心無い噂をされると思う。君の名誉も君自身も、僕に出来る限り守るつもりだけど、多分君は傷つくと思う。会うのは難しいと思うけど、誰かを代理で行かせるよ」


 私達を乗せた船は海上警備隊が待つ港へ入った。港は人であふれていた。

「何、あれ」

「マスコミだ。海上無線は誰でも聞けるからね。無人島から戻ってきた遭難者をスクープしようと待ち構えてる」

「怖い」

 フライディと私は迎えの警備隊に引き渡された。上空にはヘリコプターがバリバリと音を立てて飛び、港ではフラッシュが何度も光った。


 私達は一人ずつ事情を訊かれることになった。

「じゃあね、ロビン。ちゃんと勉強しろよ」

「フライディ?」


 それが、フライディとの別れだった。

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