表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/208

勝負の行方 1

チップ視点のお話。全二話。

プロローグ

 

「射撃ってどこで習えるのかな」

 何の脈絡もなくロビンがそうつぶやいた。


 場所はテニスコートのベンチの上。

 恒例のロビンと僕との試合が僕の勝利で終わり、テニスコートを引き上げようとしている時だった。

 

「テニスで負けたくらいでそんなに思いつめるなよ。僕を撃ち殺しても君がテニスで負けた事実は変わらないぞ」

「そんなことするわけないでしょっ!」

「違う方法を考えた方がいい。君は未成年だから撃つだけでも保護者の許可が必要だし、たとえ撃てるようになったとしても携行はまず認められない。習うだけ無駄だ」


 射撃場でエアガンを撃つくらいは可能だが、おそらくそれでは彼女の目的には適わない筈だ。そう見当をつけて先に注意しておいた。

 まさに図星を突いたらしくロビンは赤くなり、それでもなお食い下がった。

「でもどんなことでも、できないよりできるに越したことはないと思わない?」

「思わない。君みたいな素人が銃なんか振り回すと周囲に迷惑だし、僕は君が銃を暴発させるんじゃないかと思うと心配で夜も眠れなくなる。安眠妨害だ」

 大笑いする僕をにらみ、ロビンが悔しげに叫んだ。

「もおーっ。私は本気で言ってるのにーっ!」

 

***


 コートを引き上げ、着替えて身支度を整えているとエドが訊いてきた。

「さっきは何でもめてたの?」

「キャットが射撃を習いたいって言い出したから止めてた」

「ハンティングにでも行きたいの?」

「キャットはスポーツ・ハンティングは嫌いなんじゃないかな」

 エドが不思議そうな顔をした。僕は頬が緩むのを抑えられなかった。

 多分エドには一から説明したとしても(しないけど)ロビンの考えは分からないだろう。

「キャットって面白いんだ。運転免許を取った時も最高に可愛いこと言ってたし」

「本当にチップって」

「何だ?」

「キャットのことからかいすぎじゃない?」

「からかってるわけじゃないさ。愛情表現だ」

「普通はそれをからかっているって言うんだよ」

 呆れたようにエドがそう言ったところで、昼食の支度が整ったと呼ばれてサンルームに案内された。

 

 着替えたベスとロビンもすぐやってきた。エドと僕はそれぞれの彼女をエスコートしようと入口へ迎えに行った。


 エドに向かい踏み出したベスが僕とすれ違う形になった。

「ベス、香水変えたみたいだね」

 声をかけたベスが勢いよく振り向いた。顔が赤くなっている。

「気になる? ごめんなさい」

「いや、大丈夫。つけすぎてはいない。それに今の君のイメージにぴったりだ」

 ベスは一層赤くなり、エドまで一緒に赤くなった。

 いちいち弟に香水を変えただろうなんて指摘はしないが、エドが最近ベスと同じ香水のメンズラインを使い始めたのは気付いてる。二人で買ったのかどちらかがプレゼントしたのかは知らないが、仲睦まじくていいことだ。


 ちなみにロビンはお母さんからプレゼントされたというフルーティーで軽いコロンを使い続けている。

 以前にもっと大人っぽい香水をプレゼントしようかと言ったら『男の人から、婚約指輪より前に身につけるものを貰っちゃいけないってお母さんに言われてるの』とあっさり断られた。

 じゃあ婚約指輪をプレゼントするよ、と言いたい気持ちをぐっとこらえた僕の自制心を誰か誉めて欲しい。僕はベーカー家の教育方針に異議をとなえるわけにいかないのだ。


 腕を差し出すと、爽やかないつもの香りと共にロビンが僕に寄り添った。

 うん。確かにこちらも今のロビンのイメージにはよく合っている。

 

「今日のキャットの服、いつもより大人っぽいね」

 デザートの時に珍しくエドがそんなことを言い出した。

 ロビンはすまして答えた。

「そう?」

「うん。確かエリザベスもそういう服持ってなかった?」

 エドの返答にロビンが目を丸くした。(その表情は大人っぽさとは程遠かった。)

「すごーい! やっぱりエドって凄い!」

 ロビンはそう感嘆してから種明かしをした。

「この服さっきベスから貰ったの。一度しか着てないって言ってたのに、どうして分かったの、エド?」

「えっ、そうだった? 慈善バザーで見かけたような気がしたんだけど」

「ええ。その時よ。でもあまり似合ってなかったから」

「そんなことないよ、素敵だったよ。エリザベスはどんな服でも似合うよ」

 ベスとエドの周りにふわふわしたピンクのハートの幻が見えた。

 弟と従妹が幸せそうにしているのは僕も嬉しいし、我が王室、我が国にとっても喜ばしい出来事だ。

 でもどうしたことか、僕の隣に座るロビンは二人を喜ばしげにというより羨ましそうに眺めていた。


 まさか僕にもストーカーばりにロビンのワードローブを全て頭に入れておいて欲しいとでも思ってるんじゃないだろうな。

 ベスのあの、毎回違う服をエドが覚えていることを凄いって言ってるなら、それはエドを買いかぶりすぎてる。

 多分あいつはベスが写った報道写真をコレクションしている。しているだけでなく着ていた服を覚えるくらい繰り返し見ている。(我が弟ながらいじましい奴だ。)

 手を伸ばしてロビンの頬を軽くつまんでこちらを向かせ、笑顔でデザート皿を差し出した。

「そんなに物欲しそうな顔して人のデザート睨むなよ。ほら、僕の分も食べていいから」

「いらない」

 ロビンがすごいしかめ面で応えてくれた。

 こういう時のロビンは本当に本当に可愛らしい。このしかめ面にキスしたい。ひどくひっかかれそうだけど、試してみる価値はある。

 しかし実行する前に邪魔が入った。場の空気を読まないエドが僕たちの会話に割り込んできた。

「どうしたの?」

「なんでもない」

 ロビンが明らかに不機嫌な声で顔だけ笑顔をつくった。

 ようやくここに僕達もいたことを思い出したらしいベスが話題を変え、その場はそれで終わった。

 

 しかしあのデザートでからかいすぎたのが悪かったのだろうか。

 その日を境にロビンは本気を出した。

 彼女のガッツにはいつも敬服する。


 ロビンはメイクを変え、髪型を変え、服を変えた。

 そういった小細工、もとい、細かい努力が結晶しはじめると、今度は周囲からの評価がその結晶を一層磨き上げた。


 どうやらロビンは僕の心臓を止めるのに拳銃より効果的な武器を手に入れようと決意したらしい。油断してると心臓を狙い撃ちされそうになる。


 そう。ロビンは綺麗になりつつある。

 

 今日もデートのため寮に迎えに行くと(ロビンは最近ようやく寮の前まで車で迎えに行くことを許してくれた)、また新しいドレスを着たロビンが現れた。

 これではリックも文句のつけようがなくて張り合いがないだろう。

「ロビン、今日も素敵だね。よく似合ってるよ。でもいい加減に君が何を始めたのか教えてくれ」

「何のこと?」

 しらじらしい返事だ。ちゃんと答えないとくすぐるぞ、と言いたい気持ちを堪えてもう一度だけロビンの説得を試みた。

「ねえ、ロビン。君は世界一可愛いし、もう充分美人だよ。そんなにむきになるなよ。なんなら毎日『君は美人だ』ってカードをつけて花でも贈ろうか?」

「そんな風にされても嬉しくない。フライディに誉めて欲しくてやってるんじゃないし」

 真顔で答えたロビンは、それ以上の質問を封じるようにわざとらしい笑顔を作って言った。

「でも誉めてくれてありがとう」

 その笑顔を見つめながら真剣に考えた。


 どうしてこんな生意気な小娘を好きになってしまったんだろう。こんなに好きじゃなきゃロビンとなんか付き合わずに済むのに。

 他の男と付き合ったとしてもこんなに生意気なんだろうか。──駄目だ。他の男に生意気を言うくらいなら僕に言ってくれ。

 

 どうやら僕はとことんロビンに踏みつけにされたいらしい。あきらめて助手席のドアを開き、ロビンに手を貸した。

 彼女は機敏に乗り込み、ドアを閉めるよう目で合図を送った。


 またやられた。また狙い撃ちだ。

 僕は内心の動揺を悟られないように、静かにドアを閉めた。

 

 ロビンと屋外で行われるコンサートを楽しんだ後、夕食は最近評判のいいシーフードの店に行くつもりで予約してあった。

「そろそろ行く?」

 演奏家達が舞台を降り、笑顔のロビンが僕を見上げた瞬間に気が変わった。

「いや、家で食べよう」

 

 前菜のムースを口に運んだロビンが幸せそうに口角を上げた。

 その様子をあまり熱心に見つめすぎて、目を上げたロビンに気付かれてしまった。

 ロビンが頬に血を上らせると僕をにらみつけた。

「また『僕の分も食べていいから』とか言わないでよ。そんなこと言われたらこのムースお皿ごとぶつけるからね」

「そんなに根に持つなよ。外で食べるより家で君と向かい合ってゆっくり食事をする方が落ち着けていいなと思ってただけだよ。ムース、もっと持ってこさせようか?」

「ううん、まだ前菜だから。でもお店に悪くなかった? 予約してたんでしょ」

「大丈夫だよ。キャンセル待ちの客が一組喜んで入っただけさ」

 以前は(警備上の理由で)店を借り切って訪れたりしていたが、王位継承権を放棄したおかげで好きな店で好きな時に食事ができるようになった。

 でも予約する時に正直に名前を名乗ると向こうが勝手に気を回し、入ってみると客は僕達一組なんていうことが何度か起きたので、それからは予約を取るときありふれた偽名を使うことにした。

 せっかく身軽になったんだ。たまにはこんなことくらいさせてもらわなくちゃ。

 

「本当はちょっとだけ残念だったな。あの店に行くって言うからせっかく新しいドレス着てきたのに」

 

 ロビンが何気なく放った一言に、僕はぴくりと眉を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ