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フライディと私 3

 その日は夕方から風が吹いて、雨が降って、夜になって雷が鳴った。


 夜中に目が覚めた私は、雷光に照らされたフライディの姿に驚いて飛び起きた。フライディは硬くちぢこまって手足を曲げ、背中を丸めてできるだけ小さくなろうとしているようだった。

「フライディ? どこか痛いの?」

「大丈夫」

 フライディは私を安心させるためだけにそう言ったのだと分かった。触れた額は汗ばんでいた。

「どこが痛いの? 気持ちが悪いの?」

「大丈夫……ちょっと、雷の音がね」

「嫌いなの?」

「事故を思い出す」


 フライディがこの島にいるのは訓練中の事故のせいだと言っていたけど、どんな事故だったのか詳しく教えてはくれなかった。

 固く握った拳をマットレスから離そうとしないフライディの代わりに、耳をふさぐように腕を回してフライディの頭を抱きしめた。

 私にできることは大してないけど。こんなことしかできないけど。そばにいるから。

「……ありがとう」

 小さな声でそう言うと、フライディは寝返りをうってこちらを向き、私に腕を回した。

 昼間はいつも自信たっぷりでふざけてて何でも一人でできるから、フライディが辛い思いをしてるなんて全然知らなかった。

 私がここに来てからこれがはじめての雷じゃなかった。もっと早く気付けたら良かったのに。


 フライディは結局雷が鳴り止むまで歯を食いしばっていた。私に回した腕も時々びくっとした。私はそのまま頭を抱きしめフライディの耳をふさぎ続けていた。

 雷が遠くなり、鳴り止んでしばらくしたら眠気が襲ってきた。どれくらいの間起きていて、いつまた寝たのかは覚えていない。


 翌朝起きると、私は一人だった。外に出るとちょうどフライディがフルーツを持って戻ってきたところだった。フライディは元気に私に笑いかけた。

「じゃあ今日もこれを食べたら数学の勉強を始めようか」

「えええっ!」


 その後も雷の夜にはフライディとくっついて寝た。フライディは小さな声でお礼を言ってくれるけど、昼間はそのことを一切話題にしなかった。

 私は一つだけど自分の役目ができたことが嬉しくて、フライディに説明を求めるのはやめた。


 何度目かの嵐が過ぎたある朝、いきなり鳴り響いた電子音の音楽に二人揃って叩き起こされた。

「何これっ!?」

 フライディが腕時計をいじると始まった時と同じく、音楽はいきなり止まった。

「誰かが勝手にセットしてたみたいだ」

 フライディが顔をしかめて言った。

「もしかして、フライディの誕生日なの?」

「ああ」

 鳴り響いたのは、ハッピーバースデーのメロディだった。

「誕生日パーティーをすっぽかしちゃったな」

 最初に聞いた時は二十九歳だと言っていた。

「三十歳の誕生日?」

「えっ……ああ、ああそうだよ」

「おじさんだ」

 私がそう言うとフライディが私の頬をむにーっとつまんだ。

「生意気なガキだ」

「ガキじゃないもん」

「僕の半分じゃないか」

「フライディがおじさんなだけ──わわっ、やめてよ」

 私は笑いながら転がり、フライディがぺしぺし叩く手から逃れた。


 半分よりはもう少し近いんだけど。

 でも私が今の倍生きてもフライディみたいにはなれる気がしなかった。果物を干して保存食を作るというのもフライディに教わった。そういう全てをフライディが決めてくれた。何があるか分からないからだと言われたけど、最初に言われた時はこの島を出られないってことかと思ってすごく不安になった。

 フライディにそう言ったら大丈夫だよって言ってくれたけど、フライディに大丈夫だよって言ってくれる人はここにいない。


 早起きの分いつもより長かったその日も、果物を切って虫よけの布をかけて干し、数学の勉強をして、干潮に合わせて貝を掘り、いつもどおり終わりに近づいていた。

「誕生日、おわっちゃうね」

「まあそんなに嬉しい日でもないからね、もう」

「お誕生日おめでとう、フライディ」

「ありがとう、ロビン」

 フライディはちっとも嬉しそうじゃなくそう言った。

 私は多分フライディに喜んで欲しかったんだと思う。

「お誕生日プレゼント」

 そう言って私はフライディの頬にちゅっと音を立ててキスをした。パーティーの席でよくやるみたいに。三角帽子はなかったけど。

「──こっちがいいな」

 そう言ってフライディは私をひきよせ、唇にキスをした。


 それはあんまり突然起きたから、私はどうしていいか分からなかった。身を硬くした私を離してフライディが後ろを向いた。

「ごめん、ちょっとふざけすぎた」

「今の、なに?」

「なんでもない」

「待ってよ、ねえ、フライディ……どこ行くのよ」

「どこでもいいだろ」

「よくない! 分かんないよ、今の何だったの?」

 私は早足でいなくなろうとするフライディを駆け足で追いかけて食い下がった。

「私達、明日も明後日も二人きりなんだよ。ちゃんと言ってくれなきゃ困る。分かんない」

 フライディは早足で歩きながら怒ったように答えた。

「多分、ストックホルム症候群とかと同じなんだ」

「何のこと言ってるの?」

「二人で仲良く協力した方がこの事態を乗り切りやすい。異常な状況をやりすごすための思い込みだ。そうじゃなきゃキスも返せない子どもに関心なんて持つわけない」

「そんな言い方ひどいじゃないっ! それじゃ私全然魅力ないみたいっ!」

 フライディが急に立ち止まり、私を振り向いて噛み付くように言った。

「じゃあ何て言って欲しいんだよ。君と寝たいって言われたいのか?」

「言えばいいじゃないっ!」

「冗談じゃないよ、勘弁してくれよっ!」


 フライディがこんな風に怒るのは初めてだった。初めて怒鳴られた。鼻の奥がつんとした。

「ひどいじゃない……どうしてキスされて怒鳴られなきゃいけないの?」

 私はその場にしゃがんで顔を覆った。

 怒鳴られたショックで出た涙は、途中から違う涙になった。


 フライディにはたくさん迷惑をかけてきた。きっと私にいらいらしてるんだろうなと思う時もあったけど、いつも明るくてふざけてるフライディは本当に頼りになる人だった。

 でも私に気を使ってくれてただけで本当はすごく無理してたのかな。

 君が好きだって言われたかったわけじゃないけど、自分がもっと大人だったらよかったのにって思ったらたまらなくなった。


 フライディが私の隣にしゃがんだ。

「ごめん、怒鳴ったりして」

「私がお荷物なのは分かってるけど、いいとこないみたいな言い方しないでよ。私だってせいいっぱいやってるんだよ」

「分かってるよ。君は頑張ってる。数学もサバイバルも」

「大人じゃないけど私だってちゃんと女の子なんだよ。キスだってはじめてだったのに、ふざけてされたなんてあんまりだよ」

「ごめん……ふざけてたわけじゃない。僕は……ただ君にキスしたかったんだ」

 フライディは珍しくつっかえながらそう言った。でもそれじゃやっぱり何も分からない。

「どうして?」

「よく分からない」

 フライディはそこで一度言葉を切って、しばらくしてぽつりと言った。

「婚約者がいるんだ」


 唐突な告白だった。それにさっきの出来事の説明には全然なってない。

 でもきっとフライディは、これ以上親密になりたくないって私の前に太い線を引いたんだ。


「君は子どもだし、偶然ここで会っただけだ。住む国も違うし、島を出たら離れることも分かってる。君にそういう気をおこしてもお互い困るだけだから、できるだけ気をつけてたのに。さっきのキスはふざけてしたわけじゃない、でも色んなことをあの時だけちょっと忘れてた。泣かせてごめん」

「ごめんじゃすまない」

 私は顔を上げた。フライディは真剣な顔で私を見ていた。


 初めてのキスの思い出が『ごめん』で終わるなんてあんまりだ。

「やりなおし。最初から」

「ロビン」

「お誕生日おめでとう、フライディ。お誕生日プレゼント。受け取って」

 私はそう言って手を前についてフライディの方に身を乗り出した。唇が震えた。

 耐え切れなくて目を閉じてしまったけど、そのままフライディの気配に顔を寄せた。嫌ならせめて頬で受けて欲しい、そう願いながら。

「ありがとう、ロビン」

 そう言う声がして、優しい唇が迎えにきてくれた。


 自分の心臓の音が数え切れないくらい聞こえてから、唇が離れた。

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