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行こう、城塞都市! 中世料理1

 三人が入ったレストランは、領主の館の大広間を模していた。

 壁にはタペストリーと武器が飾られ、天井の梁からは古典的な車輪型のシャンデリアが下がっている。光源は蝋燭ではなく例の『錬金術ランプ』シリーズらしい。

 二色の石でチェッカー盤のように模様が描かれた床には、白いクロスをかけた長いテーブルが壁に沿って二列に置かれ、テーブルと壁の間には座席としてただの長い木の板に足をつけたふたり掛けのベンチが並べて置かれている。

 店に来た客は、領主に招かれた体裁でみな盛装しテーブルにつき、飲み物を飲みながら領主の登場を待っていた。給仕がボウルに注ぐ水に手をかざして洗い、タオルで拭いて手食の準備も万端だ。


 ハーヴェイが、床の段差で一本足が浮いたベンチを楽しそうに揺らしているのを見ながらチップがしみじみ言った。

「座席がベンチだと『食卓で身体を揺すってはいけない』ってマナーの重要度が増すな」

「代わってやろうか?」

 にこにこしながら訊いたハーヴェイに、チップたちふたりは耐えきれず笑い出した。

「ハーヴェイってすごくフライディの友達って気がする」

「いや。僕は自覚して悪いことをしてるけど、ハーヴェイのは自覚なしだから」

「うん、腹は立たないよね」

「君はまだ巻き込まれてないからな」

 チップが不吉なことを言ったが、口調は笑っていた。キャットも笑いながら続ける。

「でも好きなんでしょう?」

「時々腹は立つけど、自分にできないことをするあいつを尊敬してるよ」

 そう言ったチップの横顔がなんだか少年のようで、キャットは七つの歳の差を忘れ自分の恋人を可愛いと思った。口には出さなかったが。


 店の奥、一段高い床には貴人のためのハイテーブルが横に長く置かれていた。真ん中にふたつだけベンチではなく背もたれのある椅子が置いてある。彫刻で飾られた木製でクッションはついていない。座り心地としてはあまりベンチと変わらなそうだ。

 その後ろにある壁の端、カーテンの奥からハープを持った男性と笛を持った楽師、それにまだら模様の服を着た道化師が現れ、高い床の前に立った。

 ハープを持った男性が弦をかき鳴らすと、ざわついていた客のおしゃべりが止み、男性が意図したとおり静寂が訪れた。


「今宵はいと恵み深き我らが領主の宴へようこそ。わたくしは皆様の退屈を紛らわす役目を仰せつかった詩人でございます。

 お客人の中には遠方からやってきた方もいらっしゃるご様子。不慣れな皆様にこの地での食事中の作法をご教授いたしましょう。

 まず手や口を拭くのにはテーブルクロスではなくナプキンをお使いください。ナプキンは膝ではなく利き手と逆の肩に掛けます。世界の成り立ちを解き明かす都市オルチャミベリーには迷信による左利き差別はありませんよ」

 詩人の後ろでは、道化師が楽師の肩に大げさな仕草でナプキンをかけてマナーのおさらいをし笑いを誘っていた。キャットは飛行機に乗った時に必ず見るキャビンアテンダントの注意を思い出した。

「パンは食べる分だけ切ります。スープを食べるのに使うのは構いませんが、ワインに漬けてはいけません。

 スープ類はスプーンで自分のトレンチャーに取り分け、パンにつけるか直接利き手の親指から中指までの三本でつまんで口に運んでください。スプーンは口に入れません。前の料理が残っていたらパンで拭ってから次の料理を取るのに使ってください。

 肉や魚料理は大皿で運ばれますので直接手に持ってかじりつくのではなく、お手持ちのナイフで召し上がる分を切り取ります。お連れの女性には男性が切ってさしあげてください。

 食べかけを大皿に戻すのはいけません。食べきれないものや骨は」

 そう言って詩人がにやりと笑うと、楽師と道化師も揃って一斉に片手で何かをぽいっと放り投げる仕草をした。わっと歓声が上がる。

「間違えて他の人の口に入らないように床に落としてください。ただし給仕に投げつけるのはおやめください。そんなことをしたら次の料理が来ないかもしれませんよ」

 チップやハーヴェイでもなければ親から「やめなさい」と怒られるような所作には抵抗を感じる、それをやれといわれるのは普通の人にとっては非日常であり、祭りのような高揚があってもおかしくない。

 ひろがりかけたざわめきを抑え、詩人の声がここ一番とばかりに張られた。

「最後に一番大事なことを。宴の席で口にするのは料理と飲み物、それに楽しい会話だけと決まっております。いさかいを避け最後まで楽しい時間を過ごされますように」

 大きく一礼した詩人に自然に拍手が沸き起こった。


 身体を起こした詩人がハープを奏で、楽師がそれに合わせると、音楽に迎えられ毛皮に縁どられた豪華な衣装を着た領主夫妻と、それより装飾は少ないがやはり豪華な衣装のお供らしき人々が現れた。

 彼らが全員ハイテーブルにつくと、よく通る声で領主が告げた。

「皆のもの、我が宴にようこそ。今宵は存分に飲み、食い、歌い、楽しむがよい」

 その言葉を合図に、料理を持った何人もの給仕が配膳を始めた。


「今朝集会所行ったとき宮廷楽師の見習い募集があったんだよな」

 ハーヴェイの言葉に、キャットが一行に向けていた視線を戻した。

「え、本当に?」

「多分あの笛持ってるやつがそうじゃないかな。報酬が賄いの夕飯だったからおいしい仕事だなと思ったんだ」

「そうなんだ!」

 彼女の素直なリアクションは相手をいい気持ちにさせる、とチップがふたりの会話をにこやかに見守っていると、ハーヴェイがチップに向かって今更の言い訳をした。

「他の店でも賄いつきの皿洗いみたいな下働きの仕事があるって聞いてたし、無一文でも飯食って帰るだけならなんとかなったんだぜ」

「まだ言うか」

 チップは悪びれないハーヴェイをファイティングポーズで黙らせ、キャットが笑いながら仲裁に入った。

「さっき『いさかいを避け』って言われたでしょ、フライディ」

「ハーヴェイが懲りてないみたいだからさ」

「いや、懲りた懲りた。確率論だけでギャンブルに勝てるのか一度試してみたかったから満足だ」

 そう言ったハーヴェイに向けて、いつものようにチップが蘊蓄(うんちく)を披露した。

「完全に確率、というか運任せで勝敗が決まるゲームは、胴元の取り分がもっと低くなるんだよ。専門の施設が作れるくらい儲かるゲームは客が自分の技術でディーラーを出し抜けるという幻想を抱くようにできているし、胴元は客を一定以上勝たせないためのノウハウをもってる。もしかしてハーヴェイ、コンピュータがなければ勝てると思って来たのか?」

「いいや、外の本物の賭博場って怖い人いっぱいいるから入りたくないじゃん」

 ハーヴェイがけろりとして言った。


 確かにこの城塞都市の大人向けエリアでは辺りが暗くなる前にぼろ布をまとった、ハーヴェイ曰くの隠しジョブについた客たちは通りすがりの親切な人(もしくはそれを装ったスタッフ)に恵んでもらったリーブラ銀貨でガウンを取り戻して全員いなくなっていた。本当に雰囲気づくりか、ギャンブルに熱中しすぎる客へのいましめだったようだ。

 もしこれが本物のあまり治安の良くない地域だったら、道端に座っているだけでも隣人との縄張り争いや何やらがありそうだし、通りすがりの悪意を受ける心配もあっただろう。身ぐるみはがれる経験をするとしたらここが一番安全なのは確かだった。

「一応考えてはいたんだな」

「まあね」


 三人が会話をしていると、今度は広間に大皿を掲げた給仕たちが登場した。詩人の歌とハープ、楽師の笛による生演奏をバックにしずしずと列をなして進む。

 まずハイテーブル、次に領主に近い方から皿が給仕される。席順は先着順ではなくレンタル衣装の豪華さで決まっていたらしく、クラップスでにわか大尽になった三人には料理が来る順番も早い。

 三人の前にまず塩の壺と温めた大きな白いパンが置かれ、続いて深皿に入ったシチューとパイ、それに一口大に切ったさけの上にスミレの花を散らした大皿が置かれる。

「塩はパンを使ってお取りください。豚と鶏のモートローズと豆さやパイ、鮭のサレットです」

 慇懃いんぎんに料理の説明をした給仕は次の仕事のため戻っていった。

「うん、何の料理か全くわからん」

 ハーヴェイがキャットの気持ちも代弁してくれた。

 スライスしたパンをキャットとハーヴェイに配りながらチップがそれに答える。

「つまり『食べて驚け』ってことだと思うよ。サレットは昔のヘルメットのことだけどこれが鮭の頭には見えないから、皿にこんもりと盛りつけた様子のことを言ってるのかな」

 ハーヴェイがぷしゅーっと空気が抜けるような音を立てた。(当然マナー違反だがここでそれを指摘する者はいない)

「お前の頭に入ってるのは素数と対数だけじゃないのか。ところで塩ってパンにふりかけて取るのかな」

「すくう? 昔は塩が貴重だったっていうから、パンについてきた塩をお皿に落として使うのかな?」

 キャットが確信なさげに言い、ハーヴェイと揃って期待を込めて両側からチップを見つめる。チップはパンを手に実演しながらふたりに教えた。

「こうしてパンの端を塩の壺に差し入れて、塩をつけて自分の皿に戻す」

「どうして知ってるの? 今でもこういうことするの?」

 自分たちが知らない、上流階級でいまだに残る習慣なのかとキャットが尋ねた。

「ロシアではね。来客にパンと塩を差し出してもてなすよ」

「そうなんだ!」

「さすがだな、王子」

 ちゃかすのではなく素直に感服されて照れたのか、チップがごまかすように付け加えた。

「スラブ系の親戚がいるからさ」

 その言い訳を聞いても、チップに両側から向けられた子犬のような信頼の視線は揺るがなかった。

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