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遅れてきた人魚姫 20

 メルシエからやってきた四人は、ヘリの中で毛布にくるまって朝を迎えた。

 さすが元軍人というべきか、チップとジョナスは交代で不寝番を務めた疲れも見せずに髭の伸びた顔で挨拶を交わした。

「おはよう。熱い紅茶が飲みたいね」

「ぬるいコーヒーならあるぞ」

「いらないよ。ひとっ跳びアーリーモーニングティーの飲める店まで連れて行ってくれないか。チップは弾むよ」

「一晩ここで粘っておいて、たった一杯の紅茶のためにターゲットに逃げられてもいいのか?」


 二人の話し声にもぞもぞと身動きをはじめたキャットがぱちりと目を開けた。

 まずはチップがどこにいるか確認したキャットの視線は、周囲をさまよってから窓のところで止まった。

 日の出にはまだ早かったが、外はもう明るくなっていた。

「うわぁ、もしかしてここすごく気持ちいい場所じゃない? ちょっと外に出ていい?」

 ステップをぴょんと飛び降りたキャットに続いて、固まった体をほぐすために結局全員がヘリを降りた。

 

 昨夜着いた時には暗くて見えなかったが、四人が夜を明かしたのは見渡す限りの草地だった。

 海風のせいか下がすぐ岩になっているのか、根を深く張る木はここでは育てないようだ。細長い葉の草のあちこちに黄色い花が咲く景色は、まるで毛足の長い緑のじゅうたんに黄色い模様を散らしたように見えた。

 そのじゅうたんの先にそびえたつのは灰色の石でできた四角い塔だ。

 塔のすぐ後ろはもう岬の突端で、そこより向こうには海と弧を描く水平線しかなかった。海にはところどころ岩場が隠れているらしく白波が立っているが、遠すぎて波の音はここまで届かない。


 塔のほかに人の手が加えられたものはない。その塔も風雨にさらされ、元の石としての個性を取り戻しかけていた。

 

 見ようによっては寂しい場所だ。

 しかしその寂しさはどこか清々しくもあった。

「塔の上から見たら絶景だろうね。だから潮見の塔って名前だったんだ」

 キャットが納得がいったという風に目の前の塔を見上げた。

 

 キャットの解釈は半分合っていて、半分間違っていた。

 元々はキャットが思ったとおりこの塔は海上防衛のため、島に近づく船をいちはやく見つけるために建てられたものだった。

 そこを『海の女王の娘たち』が比喩的な意味での『潮見』、つまりこれからの漁や天候、島の行く末について思いを巡らす場としても使うようになったのは、おそらくここの清涼な空気と関係があるのだろう。

 時代が下り哨戒塔としての役割をレーダーや海上警備隊に譲った後も、ここは『海の女王の娘たち』の瞑想の場として昔通りの名前で呼ばれていた。

 

 チップもキャットの隣で同じように塔を見上げていたが、まったく違う目的のためだった。

「ジョナス、あの塔の上まで飛べると思うか?」

 ジョナスがてきぱきと答えた。

「もうすぐ朝凪あさなぎだから短い時間ならおそらく。日が昇ったら今度は崖の下から吹き上げる海風になるからあまり接近はできないな。突風にあおられて塔に接触しかねない」

「上からの侵入は難しいか」

「真上にいったん降りて、どこかにロープをひっかけてラペリングするならいけるだろうが……歴史的建造物とかだったらまずいんじゃないのか?」

「うーん」

 さすがのチップも他国では好き放題とはいかないらしい。難しい顔つきになった。

 そこへジョナスが思い出したように言い添えた。

「ジェットパックならヘリよりもっと塔に寄せられるが、フレームがデカいからな。よほど大きな窓でもないと……」

 チップがぱっとジョナスの顔を見た。

「持ってきてるのか?」

「後ろに積んでる」

「なら一人がジェットパックを操縦して、もう一人を吊り下げたら?」

「無理だ」

 ジョナスの返事はにべもなかった。

「最大積載量は二八〇ポンド(一二七キロ)だ。大人二人の体重は支えられない」

 

 その時、得意さにはちきれそうな顔でキャットが二人の方を向いた。

「いま誰か私のこと呼んだ?」

 

 チップはいきなりキャットを両手ですくい上げ、重さをはかるように腕の中で揺すぶってから軽々と空中に投げ上げて短い悲鳴を上げさせ、落ちてきたところで再び腕の中に受け止めた。

 特に今そんなことをしなくても普段からだいたいのところは分かっているのだが、まあ、チップらしいパフォーマンスだ。


「君の言うとおりだ、ロビン! ミズ・モーガンを驚かせに行こう!」

「行くのはキャットじゃない」

 ベンの言葉に驚いた三人が同時に振り向いた。

 チップはベンの考えを先読みして、ひきつった笑顔で止めた。

「ベン、さっきの聞いてただろう? 大人の男二人は重量オーバーだ」

「一人で行く」

「安全対策のシェルフレームが窓にひっかかって入れないよ」

「入らなくても話ができればいい」

 頑ななベンの説得に援軍を求めてチップはジョナスを見た。ジョナスは考えながら言った。

「操縦自体はそんなに難しくない」

 チップは思わぬ裏切りにうめき声をあげた。

 が、ジョナスは決してチップを裏切ったわけではなかった。ジョナスはベンの顔を見た。

「だけどベネディクト殿下は、高いところがあまり得意ではないんじゃありませんか?」

 ジョナスの質問にベンは身を硬くした。チップはほっとした顔をした。キャットはチップに抱かれたまま不思議そうにベンとジョナス、それにチップの顔を順番に見つめた。

「高所恐怖症は珍しいものじゃありません。重度でなければヘリに乗る分には問題ない。でも、上空で単独飛行中に下を見て動揺したり眩暈をおこして正常な判断を下せなくなる危険があるから、ベネディクト殿下にジェットパックを貸すことはできません」

 ジョナスはきっぱりとそう告げた。

 

「ジョナス、いつ分かった?」

 チップの問いかけに、ジョナスは肩をすくめてみせた。

「昨夜、チャンシリー王宮からここまで来た時に。ヘリが離陸してから着陸するまで殿下はほとんど目を閉じてたし、目を開けた時もできるだけ下を見ないようにしてたからさ。ヘリ酔いの方かなとも思ったけど、ハーネスを握りしめてたからたぶん苦手なんだろうなぁと」

「……それでも、自分で行かなくては意味がないんだ」

 恐怖症を指摘されてもなお、ベンは主張を曲げなかった。

 キャットが身をくねらせ、チップの腕の中から降りようとしながら言った。

「さっきジョナスは『操縦自体はそんなに難しくない』って言ってたよね?」

「うわぁ」

 チップはキャットを地上に降ろして立たせ、後ろから抱きかかえた姿勢でわざとらしい驚きの声を上げた。

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