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遅れてきた人魚姫 03

「手を貸す、とは?」

「昔、メルシエ王宮に忘れ物をしたの。取りに行くのを手伝ってもらえないかしら」

 その言葉に、チップの目がすっと細くなった。

「あなたは誰なんです」

「トリクシー・エリザベス・モーガン」

 

 チップが目を見開いた。

 すぐ中空をにらむようにして一瞬で考えを巡らせてから、キャットの方を向いて言った。

「ラッキーガール、僕たちが拾ったのはチャンシリーの王位継承者らしいよ。それが本当なら彼女は君が知ってるもう一人のエリザベスと同じく僕の大叔母の名づけ子でもある。大叔母には子どもがいなかったんだが、彼女の名をもらった子どもが大勢いるんだ。彼女の葬儀の時にはその子たちがみんな集まったから『エリザベス』って呼ぶと一斉に振り向くのが面白くってね。何度もやってたらアートに追い掛け回されたのを覚えてるよ。あの中に彼女もいたのかもしれないな。……しかしもし本当にミズ・モーガンなら、正面玄関から堂々と入れるはずの人が、いったいなんだって密航の真似事なんかするんだろうね。もしかしたら名前を騙る別人かも」

 放っておけばいつまでも話しつづける勢いのチップに、トリクシーがしおらしく目を伏せて訴えた。

「その忘れ物が見つからないと、好きでもないいとこと結婚させられるの」

 チップはトリクシーを横目で見た。

「それくらいのことで、わざわざこんな危険な真似を? 子どもの頃に会っただけの僕にプロポーズするくらいなら、いとこと結婚する方がいいのでは? 『知らない苦労より知ってる苦労』って言葉を聞いたことは?」

 

 キャットは気付いた。

 チップは怒っている。それもすごく。


 それはトリクシーが勝手に船に乗り込んでシャワーを使わせろと言ったりいきなりプロポーズしたせいではなく、無謀にも海からやってきたからだ。

 以前キャットがまだチップと会って間もない頃、木登りしているところを見つかってこんな風に怒られたことがある。


 チップは人をからかったり威張ったり失礼だったりもするけれど、実はすごく面倒見のいいところがあって、自分以外の誰かが危険な真似をするのをとても嫌がるのだ。

 チップ本人はそれを『下僕のフライディ』なんて名乗ったせいだというが、キャットはそうではなくて、チップが『自分が一番うまくできる』と思い込んでいるせいだとにらんでいる。

 

 トリクシーはチップが怒っていることに気付いていないのか、それとも関心がないのか、わざと口をゆがめて吐き捨てた。

「チャンシリーではいとこ同士で結婚する習慣はないの」

 チップは挑発には乗らず、それはもう愛想たっぷりに笑顔をつくって言った。

「それが何か?」

 

 真面目な話、王族にとっては身分違いの結婚の方が、いとこ同士の結婚よりもずっと問題になる。チップの一族にとっていとこ婚はありふれたものだったし、チップ自身も幼い頃からいとことの結婚を期待されていた。


 立場は違えどキャットもまた、トリクシーと同じ気持ちにはなれなかった。

 両親に兄弟がなく自分にいとこがいないせいもあるし、キャットの生まれ育った国ではいとこ婚のタブーが強くないせいもある。チップとベスのかつての婚約について聞いた時もそういった意味での抵抗は感じなかった。

 国によっていとこ婚が法律で禁止されていたり、禁止まではされていなくてもよく思われないということは知っていたが、キャットにとってはあくまで本で読んだ知識だった。

 

 トリクシーはしばらく無言だったが、やがて低い声で言った。

「……私がいとこと結婚したら母系相続が崩れる。今後のためにも、王位継承権をもつ娘と王位継承権をもたない王の息子が結婚するようなことがあってはいけないのよ」

 チップが驚いた顔でキャットを振り向いた。

「今の聞いたかい、ロビン? 会ってから初めて、彼女が真面目なことを口にしたよ!」

 キャットがトリクシーなら、チップを殴っているところだ。

 

 キャットはとっさにチップから目をそらしてトリクシーの様子を窺ったが、チップの方もトリクシーに笑顔を向けたところだった。

「力になれるかどうか分からないが、今ようやくあなたの話を聞く気になれたよ。

 人より優位に立とうとゆさぶりをかけるような真似をしないなら、話の続きを聞こうか」

「ゆさぶり?」

 キャットがチップの言葉を繰り返した。

 チップがいつもの人の悪い笑顔でキャットを振り向いた。

「気付いてなかった? 人を驚かせたり、わざといらつかせたりしてただろう? さっきのプロポーズだってそうだ。最初に頼まれたことを断ると、頼まれた方は罪悪感から次の頼みを断りにくくなる。よくある詐欺の手口だよ」

 身も蓋もない言い方をされた当のトリクシーだが、それを恥じるでもなく涼しい顔をしていた。

 

 彼女をウーマン・フライディと呼んだ自分の直感は正しかった、とキャットは思った。

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