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ショートショート■巣ごもり

「ロビン。春は恋の季節だ。君と同じ名前の鳥に倣って僕達も巣ごもりしよう」

 明るく誘うようなチップの声に対して電話を受けたキャットの返事は冷たかった。

「フライディ。自分で言ってて恥ずかしくならない?」

 しかしチップはまったくへこたれずに続けた。

「君は着替えをバッグに詰めて。巣の方は僕が用意する」

「本気で言ってる?」

「僕の本気をすぐに見せてあげるよ」


 慌てて用意した荷物を何とかバッグに押し込んだキャットは、寮の玄関に降りた。

 まだチップの車は来ていなかった。

 ほっとしたのもつかの間、目の前に停まっていた黒い車にクラクションを鳴らされてキャットは飛び上がった。

 黒っぽい窓ガラスが少し下がってすきまからチップの声がした。

「ロビン、悪いけど自分でドアを開けて乗って」

 いつもは必ず車から降りてエスコートしてくれるチップが、運転席からそう言った。

 ちょっとした違和感を覚えながらキャットは言われたとおりに車に乗り込んだ。

「いつもの車はどうしたの?」

「後で説明するよ」

「どこに行くの?」

「僕達の巣だよ」

 

 車を降りる時になって、ようやくキャットはチップの不調に気付いた。

「フライディ! その足どうしたの?」

 きびきびとしたいつもの動きとは異なる、スタッカートのリズムを刻む歩き方に、キャットが叫んだ。

 チップがクラッチの重たい愛車に乗ってこなかったのも、ドアを開けに降りてこなかったのもこのせいだったとキャットは理解した。

「軽い捻挫だよ。たいしたことないけど、人前でこんな歩き方してたら絶対に誰か僕のくるぶしを蹴りに来る奴がいると思って、しばらく身を隠すことにしたんだよ」

 チップはそううそぶいたが、キャットは下唇を噛んでチップの手から自分の荷物を奪った。

「自分で持つ」

「こんな荷物、なんでもないさ。何なら君ごと抱えていこうか」

「やめてよ」

 そう言ってチップを見上げたキャットの顔が本当に心配そうだったので、チップは軽口を叩くのを止めて代わりにキスをひとつ落とした。

「心配かけてごめん。他の人に気を使わせたり、侍従たちにここぞとばかりにお説教をくらうのが嫌でね。君にも黙ってた方がよかったかな」

「ううん」

 キャットが首を横に振って、そっと抱きついてきた。

「うーんと優しくしてあげるね」

「わお」

 チップが幸せそうにつぶやいた。


 チップがソファに座ると、かいがいしくキャットがオットマンを用意した。

「足、もっと高くした方がいいんじゃない?」

 捻挫した方の足を乗せたチップが本を開いてほどなく、キャットがそう言い出した。

「心臓より下にするとずきずきするでしょ?」

 チップが幸せそうに答えた。

「足は大丈夫だけど、君の優しい声を聞くと心臓がずきずきするんだ」

「フライディ、真面目に言ってるの」

「僕もだよ。ほら、嘘じゃないだろう」

 チップがキャットの手をとらえて自分の胸に押し当てた。もう一方の手は抜かりなく彼女の背中に添えてある。

「駄目だよ、フライディ。先に食事しよう」

「先に食事ってことは、後には何があるのかな」

 嬉しそうに言ったチップは、キャットにつきとばされてソファに転がった。

 チップはそのまま逃げていくキャットの背中に声をかけた。

「ああ、幸せだ! 君となら楽しく過ごせるって分かってたんだ、バディ」

 ちらっと流し目を送ったキャットが、チップにべえっと舌を突き出してからキッチンに向かった。


* * *


 翌朝もキャットは『うーんと優しくしてあげる』の約束を違えることなく、本をすぐそこの本棚から取ってきたり、お茶が冷めればすぐ淹れなおしたりと、できるだけチップが足を床につけずにすむよう手助けをした。


「君にこんなに優しくしてもらえるなら、毎週捻挫してもいいな」

 身体を起こしたチップは冗談にしては熱のこもった口調で言った。

 キャットはそれを聞いてにこりとした。

「私が優しくするのは、フライディにその資格があるからだよ」

「君に優しくしてもらうための資格があるなんて初めて知ったな。今後のためにも取得条件を教えてくれ」

「『明らかに積載制限を超えた船の転覆を防いだ勇敢なる船乗り』であること」

「……外部との通信はファイアウォールで遮断しておくべきだったな」

 ごまかすように前髪をかき上げながら言う恋人の横顔を、キャットは幸せそうに見つめた。


 キャットが朝食を作りながら簡単なキーワードで検索したら、チップが今週どこで何をしていたのかはすぐに分かった。

 キャットを巣ごもりに誘った当日の昼間、あるイベントで非常に体格の良い女性(実際にはもっと直接的な言葉で書いてあった)が段差でつまずき王子に助けられるアクシデントがあったと、目撃者が伝えていた。


「捻挫したって誰かに知られたら助けた人が気にすると思って隠してたんでしょ」

「違うよ、君の同情を買おうと仮病を使ってるんだ。ええっと、どっちの足だったっけ?」

「嘘つき」

「誰にも言うなよ」


 もちろんキャットは、口止め料がわりのキスをチップから厳しく取り立てた。高利貸しも驚く利息つきで。

 チップはきっちり支払った。もしかしたら払いすぎたかもしれない。


end.(2012/03/20ブログ掲載・2015/02/10加筆)

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