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ショートショート■糖度90%

※時期的には「金の鍵」の前のいつか。



「フライディ、どうしても駄目?」

「駄目だ。説得の余地はない」


 キャットは主語を省いた。チップも何のことかと問い返しはしなかった。

 ソファでキャットが上になってキスをしている最中に、何度も論じた議題をいちいち言葉にする必要はなかった。

「こんなキスができるくせに、その先を教えてくれないなんてすごくすごく意地悪じゃない?」

 息がかかる距離でそう囁かれてチップが大きく溜息をついた。

 半分は演技で、残り半分は本気だ。

「僕が誘ってた時には全然関心なかったくせに、どうして今になってこうやって人を惑わすんだろうね」

 チップの手は恋人の背中の凹凸をなぞってウエストの位置で止まる。そこがチップの心の停戦ラインだった。

「その頃はそうじゃなかったけど、今はもう大人になったからだよ」

 言いながらずり上がって停戦ラインを越えさせようとするキャットを押さえつけ、チップは辛抱強く繰り返した。

「駄目だ」

「私じゃ駄目ってこと?」

 チップの胸に肘をついて半身を起こした小悪魔が上目遣いで訊く。

 そこにほんの少し混ざった不安の音色に、チップは怒りすら覚えた。


「僕が、君を、欲しがってないわけがないだろう!?」


 しつけの良い犬が食事を我慢している時に「あんまりお腹空いてないの?」なんて思いやりのないことを訊くだろうか?

 訊くだろうかっ!?


 チップは奥歯を噛みしめて続けた。

「頼むから誘惑しないでくれ。どうしてそうやってハードルを高くしていくんだ?」

「いつかうっかり倒すんじゃないかと思って」

 すました顔でキャットが答え、チップは緊張のあまり声をあげて笑った。


 ひとしきり笑った後で、まだ笑いの混じる声でチップは言った。

「駄目だよ、ロビン。幸い僕は美女の誘惑には免疫があるんだ。今日はまだその日じゃない」

「カレンダーなんて忘れて」

 チップが体を震わせた。


 自分が何を求めているのかまだ本当には知らない筈なのに、本能的にどうすれば相手を得ることができるか知っているあの顔。

 確かにキャットは大人になりかけている。


 片手で引き寄せられたキャットが目を閉じ、二人の唇が重なった。

 キスをしながらチップは左手の指先でキャットの指を一本ずつなぞっていった。

 キャットの息が乱れてきたところで唇は右手に任せ、代わりに耳たぶや喉元、肘の内側など柔らかい場所を味わい、甘噛みの跡を残していく。

 くったりと脱力し熱くなったキャットの朱に染まる耳に、チップが低く囁く。


「キスのこともよく知らないくせに、その先が知りたいなんて言うなよ」 


 服から出た場所だけ。キスだけ。

 それだけでも糖度は90%まで上げられる。


 ――10%の苦味もまた味わいのうちだ。


end.(2014/02/15ブログ初出)

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