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クリスマス・サプライズ 2(おわり)

 礼拝から帰ってしばらくしてクリスマス・ディナーが始まった。


 今年から義姉のアンが加わったおかげで、テーブルがずいぶんと華やいだ。

 なんといっても今まで女性は母一人だったのだ。

 女性というのは場を華やがせる素晴らしい存在だなと思ってアンをしみじみと眺めていたら、アートが迷惑そうにこちらを見ているのまで視界に入って噴きだしそうになった。


 スパイスを入れたホットワイン、前菜、七面鳥のローストと定番の料理が続き、最後にクリスマス・プディングが運ばれてきた。

 

 我が家ではクリスマス・プディングのチャームは中に入れるのではなくプディングの下に敷くことになっている。

 何代か前のご先祖がうっかり飲み込んだから……というわけではなく、銀製のチャームが王宮で働く全員に渡るようにするためだ。多分クリスマスのボーナスが現物支給だった頃の名残だろう。

 しかし皿の上でプディングをひっくり返すような行儀の悪い真似は許されていないので、チャームを見つけるにはプディングを全部食べきらなくてはいけない。子どもの頃それがもどかしくて大きな切れ端を口に押し込んで、クリスマスだというのにひどく怒られたのを覚えている。

 

 最初にチャームを見つけたのは、会話にも参加せずにプディングを攻略していたエドだった。


「ボタンだ」


 いかにも期待はずれという声に笑いそうになった。

 ボタンが意味するのは「一生独身」。

 笑いをこらえた僕を振り向いたエドが訊いた。

「チップのは?」

 最後の一切れをフォークに刺して取ると、その下に隠れていたチャームが現れた。

「星」

 どうやらエドの呪いは成就しなかったらしい。

 賢者を導くクリスマスの星、数学的に言うと星形五角形。好きな図形のひとつだ。「幸運」の象徴でもある。

 僕の答えを聞いたエドは、今度は向かい側に座るベンに同じことを訊いた。

「コイン」

 ベンの返事に、エドはあからさまにほっとした顔をした。コインは「富」だが、エドが欲しかったのは幸運でも富でもないようだ。

 ベンに続いてアンがこれも「幸運」の蹄鉄、父が「強さ」の熊、母が「愛や結婚」の指輪のチャームを見つけたと、それぞれに告げた。

 アートが最後だった。

コマドリ(ロビン)

 新年の象徴だ。

 ……本当は僕もちょっとだけコマドリが欲しいなと思っていた。(もちろんその愛称のためだ。)でもまあ今更何が当たったと騒ぐ歳でもない。こんなもので一喜一憂するのはエドくらいだ。

 

 エドは本当に分かりやすくできている。

 小さい頃からクリスマスにはエドの顔がアドベント・カレンダー代わりになるとからかわれていた。


 例外は僕が帰ってきた年だ。

 あの年のクリスマス、まだ僕と婚約中だったベスはインフルエンザを理由に僕と会う行事をことごとく欠席し、エドのカレンダーではクリスマスは百年先になっていた。

 これほど何もかもが顔に出る奴じゃなければ、ベスとの婚約解消に向けてアート達が動いてくれていることを教えてやれたんだが。

 そして僕達の婚約が解消されたイースターには、エドは百年分のクリスマスがいっぺんに来たような笑顔になっていた。


 おそらくエドは今年、指輪のチャームが欲しかったんだろう。

 でもこんなチャームで占うよりも、まずはきちんとベスにプロポーズをして、もっと確実な方法で未来を手に入れたらいいんじゃないかと思う。

 斜め前に座るベンも同じことを考えていたらしい。エドを見る目が笑っていた。

 この秘密主義の兄の将来についてはどうなっているのかさっぱり分からないが、僕としてはこの二人にはさっさと結婚してもらって、早くこちらに順番を回してほしいところだ。

 

 ディナーが終わってからプレゼントを開けて家族で団欒し、もう充分な時間を過ごしたと思えたところでそっとその場を抜けて、自分の部屋へ戻った。


 ひとつ身震いをしてから、携帯電話を手に、今いちばん一緒にいたい人のところへ心を飛ばした。

 正確に言えば僕が飛ばしたのは電波だが、せっかくのクリスマスなんだから詩的な表現のひとつくらいは使わせて欲しい。

 

「ハッピー・クリスマス、フライディ!」

 電話の向こうから明るい声が響いた。ロビンが口にすると、子音のひとつひとつまでが愛らしく響く。

「ハッピー・クリスマス、ロビン。今なにしてるの?」

「電話を受けて自分の部屋に向かってるところ……今ドアを閉めた」

 言葉の最後に扉の閉まる音が重なった。

 これでどんな話題も大丈夫ということだ。

 

「シークレット・サンタからプレゼントを貰ったよ」

「そうなの?」

「ああ、誰かは分からないけど、僕のことをとてもとてもよく知ってるみたいだった」

「へえ、不思議だね。誰だろう」

 今にも笑い出しそうな声で答えるロビンをつかまえて、髪をめちゃめちゃにかきませて可愛がりたい。

 乱れた髪越しに見上げるロビンの瞳がどんなに魅力的かは、僕しか知らない秘密だ。

「どんなものを貰ったの? 役に立つもの?」

「うん、君にぴったりだと思うよ」

「えっ、わたしっ?!」

 ロビンの声が裏返った。

 

 あれ?

 もしかしたら僕は大きな誤解をしていたんだろうか。

 

「……ひょっとしたらあれは、僕が使うものだった?」

「う……うん……フライディが使わないなら、私が使ってもいいんだけど……」

 ロビンの答えは妙に歯切れが悪かった。

 電話の向こうとこちらに、微妙な空気が漂った。

 

 僕はあれを見た途端に、ロビンが使うのだと頭から信じ込んでしまったけど……そうとは限らない。

 この前の仕返しで『僕に』首輪をつけさせるというのは、いかにもロビンが考えそうなことだ。充分にありえる。


 そもそもクリスマスに、自分が使うものを相手にプレゼントするなんておかしい。


 それなのに、ああ。

 僕は首輪をつけたロビンが猫を思わせる仕草ですり寄ってくるところを想像して羽根枕を駄目にしかけたんだ。


 ──さっきまで浮かれていたことが、ひどく情けなくなってきた。

 

 よどんだ空気を散らしたのは、ロビンのきっぱりとした一言だった。

「でもやっぱりフライディに使って欲しい。今のが駄目になってからでいいから」

 

 その言葉にひっかかりをおぼえた。

 そういえばさっきもロビンは役に立つかと訊いてきた。

 

「……ねえ、ロビン。今ちょっと思ったんだけど、僕が言ってる『あれ』と、君が言ってる『あれ』は、本当に同じものなのかな?」

「えっ?」

「君のいう『あれ』って何?」

 ロビンがためらいもせず答えた。

「マウスパッド」

 え?

「上に対数表が描いてあるの」

 

 僕は電話を──落とさなかった。


 しっかりと電話を握りしめたまま、ソファから転げ落ちた。

 

「フライディ、フライディ、どうしたのっ? 今の何の音?」 

「──エドの呪いだ」

 カーペットに突っ伏してうめいた僕に、ロビンが重ねて訊いた。

「ねえフライディ、フライディの『あれ』は何だったの?」

「首輪」

 

 長く続いた沈黙の後、ロビンが絶叫した。

「えええええーっ!」

 

 後から詳しく聞いてみたが、ロビンがエドに渡した、シークレット・サンタからのプレゼントは、僕がエドから強請りとったもので間違いなかった。

 それで、おそらくロビンがマウスパッドを見つけた店で頼んだ包装サービスで、誰かのプレゼントと入れ替わったのだろう、ということになった。

 

「じゃあ今頃どこかの犬が僕の代わりに対数表のマウスパッドを手にしているんだね、いや『足にして(in paw)』か」


 僕は衝撃から立ち直り、この出来事全体を笑えるようになっていた。

 まったくロビンは傍にいても離れていても僕を退屈させてくれない。


「私、お休みが終わったらお店に行って取り替えてもらってくるからね」

「いいよ、これはこれで僕は充分驚いたし楽しめたからこのままで」

 笑いながら言ったら、ロビンに叱られた。

「駄目だよ。それは誰か他の人が買ったプレゼントだったんだよ。フライディのじゃないでしょ? どうしても欲しかったら──」

 

 不意に電話の向こうの空気が変わった。

 僕は確かに、自分の耳にかかるロビンの吐息を感じた。

 

「私があげるから」


 いつもは僕の腕の中でしか出さない声で、ロビンがそうささやいた。

 

 僕が呼吸の仕方を思い出す前に、通話は切れた。

 

「────小悪魔っ!」

 

 それから何度掛けなおしてもロビンは電話に出なかった。


 最後には電源まで切られた。

 

end.(2011/12/23)

明日は後日譚の「アフター・クリスマス」です。

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