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ロビンと僕 4

 その後はホテルまでの道を二人で無言で辿った。それは気まずい沈黙ではなかったけど、ロビンも僕も口をきく気分じゃなかった。

 夜になり、ロビンが珍しく何度か寝返りをうった後で結局いつものようにすやすやと寝息を立てはじめてからも、僕は暗闇の中で眠れずにいた。


 本気でまずい。本気で好きになりそうだ。

 しかも僕に好意はもってても愛情は抱いてないって分かってる相手に片思いだ。


 二度目のキスがまずかった。僕は昔から気の強い子が好きなんだ。

 あれがロビンの愛情からのものじゃなく、プライドからのものだということはよく分かってるのに、だからこそキス一つで僕はロビンの足元にひれ伏してしまった。あのキスでロビンがキスの相手を自分で決める、一人の自立した女性でもあることを悟ってしまった。

 禁欲生活のせいで判断力が鈍っているんだと言い訳できたらいいのだが、そうじゃないことは自分でも分かっていた。ロビンを口説いてどうにかなりたいわけじゃない。相手にふさわしい人間になりたいと願う、このじれったい気持ちには覚えがある。

 出そうになった溜息のかわりに、大きくひとつ息を吸ってからゆっくりと吐き出した。


 ……まあ、いいさ。

 恋が全部実るわけじゃないってことも、この歳になれば分かってる。残りの日々もお行儀よくロビンに仕えて迎えの船を待つよ。

 僕はそう結論を出して、ロビンの隣で目を閉じた。


 翌日は起きてしばらくして雷が鳴り出した。外に出るのはやめてホテルの中で勉強を教えた。どうせこんな日は船も通らないだろう。

 ロビンにいくつか問題を出してから外を眺めるともなく眺めていたら、ロビンが僕を呼んだ。

「フライディ」

「もう解けたの?」

「私が来るまで、一人でどうしてたの?」

「一人で喋ってたよ。昔聞いたくだらないジョークを思い出して喋ったり、無人島探検に来たレポーターのふりをしたり」

「嵐の時は?」

「嵐の時も一人だったよ」


 ロビンはすっと立ちあがり、僕のそばに来ていつものように抱きしめてくれた。その腕のぬくもりに、ちょっと涙が出そうになった。

 昨日の僕の馬鹿な行動もひどい告白も全部ひっくるめて甘やかしてくれるなんて、君は本当に聖母なんじゃないのか。


「君が来てくれて嬉しかったよ、ロビン」

「私もフライディに会えて嬉しかった」

「うそつけ、逃げ出したじゃないか」

 ロビンがくすっと笑った。

 その後、二人でここを出た後の話をした。その日がすぐにやってくるなんて考えもせず。


 その翌日、僕とロビンは通りかかった漁船に救助された。

 僕は素性を伏せて軍のIDナンバーだけを伝えた。それで必要な所には連絡がいく筈だった。


 ロビンに、色々なことを告白するべきかどうか迷った。自分の素性、それとも君を好きだったみたいだよとか、他にも色々と。でも本当に話すべきことは全部もう昨日伝えたような気もした。

 だから代わりに今後の話をした。

「ロビン。これから騒ぎに巻き込まれる。迷惑をかけると思う」

「何のこと?」

「直接マスコミと話をしないように。間に弁護士を立てた方がいい」

「だから、何のこと?」

「遭難についての取材申込が殺到する。それから、心無い噂をされると思う。君の名誉も君自身も、僕に出来る限り守るつもりだけど、多分君は傷つくと思う。会うのは難しいと思うけど、誰かを代理で行かせるよ」

 僕の言葉の前提となる事実をロビンは知らない。当然彼女は納得がいかないという顔をしていた。だけど僕は、彼女の知らない誰かじゃなくバディのフライディでいたいという自分の我がままから、一方的な説明を打ち切った。

 島にいた時ならロビンは多分もっとしつこく追及してきたと思う。でも、ロビンも僕も他人が傍にいることで何となく落ち着かなくて、お互い思うように話ができなかった。


 やがて警備隊の待つ港に着き、別れの時がきた。僕たちはそれぞれ別室に案内されることになった。

「じゃあね、ロビン。ちゃんと勉強しろよ」

「フライディ?」

 ロビンが驚いたように目を丸くして、僕の名前を呼んだ。

 お互いこの名前で呼び合うのはこれが最後だろう。さよなら、ロビン。


 案内された部屋では、おそらく隊長らしき制服を着た男性と、数人の隊員が僕を待ち構えていた。隊長が自己紹介をしてから僕に言った。

「現在メルシエ海軍に貴君の身元を照会中です」

 もちろんそうだろう。下手に騒いで偽物だったら大変なことになる。

 やっかいな問題を持ち込んでしまったことを申し訳なく思いつつ、ひとつ頼み事をした。

「分かりました。家族に連絡をしたいので電話をお借りできますか」

 回りくどいやり方だが、僕は借りた電話で電話帳には載っていない自宅の番号を呼び出した。

 相手はワンコールで出た。名乗らなかったが声ですぐに誰か分かった。

「やあ、父さんなの? こっちの電話に出るなんて珍しいね」

「チャールズ」

 電話を待ちかねていたらしい国王陛下が、僕の名前を呼んで絶句した。

「皆もいるの?」

 電話の向こうでは大騒ぎが起きているらしかった。母と兄二人、それに弟が順番に出て僕と一言づつ話した。

「上官にも報告しなくちゃいけないから、あとでまたゆっくりかけ直すよ。それと、僕の身元を証明できる誰かからこっちに連絡を入れてもらえないかな」

 僕がそう言っている最中に誰かが部屋に駆け込んできて、隊長に何か早口で報告した。

 電話を切ると、部屋にいた全員が僕に敬礼をした。答礼を行いながらあの島を離れたことを実感する。

 僕はまたこちらの世界に戻ってきたらしい。


 とりあえず近くの病院のVIPルームに放り込まれた。僕は着替えと食事を頼んで、たっぷりシャワーを浴び、久しぶりにひげを剃った。濡れた髪を後ろになでつけて鏡を見ると、やややつれているものの見慣れた顔が僕を見返した。ひげのあった場所だけU字型に日焼けの色が薄い。

 シャワーを出たら病室にスーツの男性が数人待ち構えていた。

「ご足労かけたね、大使。こんな格好で失礼。ここにいると迷惑だろうから、早々に退散するよ。軍病院と王立病院と、どっちが受け入れてくれるのかな?」

「お体のどこにもご不調はございませんか?」

「大丈夫だ。迎えはヘリが?」

「はい」

 大使が頷いた。しばらくして病院のヘリポートに迎えが到着し、不法入国者である僕は観光もできないままにこの国を離れた。


 色々と縄張り争いがあって大変だったようだが、ともかく僕は海軍病院に入院した。まだ僕は海軍の一員で、訓練中の事故で遭難したこともあり、そういった専門に強い(つまりは精神面の問題で)海軍病院が適当だと関係各位が同意に至ったらしい。

 入院してすぐ、事故についての調査委員会が病室にやってきた。そいつらは意地が悪くて事故の詳細を教えてくれなかった。同じ部隊の仲間も上官も見舞いに来てくれたが、ヒアリングが終わっていなかったので事故について僕に喋ってはいけないことになっていたらしい。

 事故の詳細を知ることができたのはずいぶん後だった。あの事故が爆発ではなく落雷によるもので、混乱の中で僕自身は覚えていない人助けをして行方不明になったという話は聞いたものの、記憶がないので他人の武勇伝を聞かされているようだった。

 ハッピーバースディを仕掛けたのが誰かは、全員が自分以外の名前を言うので結局よく分からなかった。が、退院したら誕生日と退院祝いでにぎやかなパーティーを開いてくれるそうだ。

 ところがなかなか退院できなかった。ていのいい軟禁だ。


 僕は人に頼んで買ってきてもらった隣国のゴシップ誌を毛布の上に放り投げて溜息をついた。

「どうしたの、チップ」

 ちょうど弟のエドが見舞いに来た。

「エド。頼みがある。外出したい」

「駄目だよ、分かってるだろ? しばらくおとなしくしててくれよ」

「ひと目でいいんだ。ロビンの様子を見たいんだ」

「チップ、馬鹿じゃないの? そんなことしたら相手にも迷惑になるって分かってるだろう?」

「頼むよ」

 馬鹿なことなのも、マスコミに見つかればまたロビンに迷惑をかけることも分かっていたが、ざらついた紙に印刷された白黒写真の中のロビンが頭から離れなかった。背中を丸め、細い首が折れそうなくらい俯いて荷物を胸に抱えている姿だった。周囲をかばうように友達に囲まれていたのがやや救いだが、どうしても今のロビンの様子を自分の目で確かめたい。

 エドは僕を馬鹿だと罵りながらも、しつこい懇願に負けて病院を抜け出すのを手伝い、自分の車で国境を越えさせてくれた。エドがこれだけは譲れないというのでロビンにつけた弁護士に同行を頼み、土地勘のある彼の車に乗り換えて学校から帰るロビンを待ち伏せた。


 ロビンの姿が見えた。一人だった。

 ロビンは背筋を伸ばしてはいなかったが、俯いてもいなかった。


「ひと目見て気が済んだろ。もう帰ろう」

 帰りたくて仕方のないらしいエドはそう言ったが、僕はそれに答えず前に乗った弁護士に声をかけた。

「彼女の携帯の番号は分かりますか?」

「チップ、ここに来る時に馬鹿な真似はしないって約束したじゃないか」

 小言を言う弟を無視して、弁護士に携帯電話を借りた。

「やあ、ロビン。元気?」

 そう言った僕は、ロビンが電話に噛み付くように叫ぶのを見聞きした。

「フライディ!」

「ちゃんと勉強してるか?」

「ずいぶん休んじゃったから補習で大変。あなたは?」

 ああ、ロビンの「あなたは?」の呼びかけ、懐かしいな。彼女はいつもこうやって僕にも心配りをしてくれた。

「ずいぶん行方不明だったから絞られて大変。無人島の方がよかったかも」

「あはは」

 お愛想のように笑ったロビンが、急に下を向いた。

「会いたいよ、フライディ」

 そう言われて僕が返す言葉はひとつしかない。

「君はほんとにラッキーな子だね。その願いは今すぐ叶うよ。シルバーの車見える?」

 前の座席に乗った弁護士が驚いた顔で振り返り、隣に座ったエドが僕を止めようと携帯電話に手を伸ばしたが遅かった。僕はスモークガラスのドアウィンドウを少し下げてロビンに手を振り、隣の弟に言った。

「お前、ちょっと前に乗れ」

「チップの馬鹿っ! 嘘つきっ!」

 そう言いながら弟がドアを叩きつけたすぐ後、ロビンは二度ほど轢かれそうになって僕のところに走ってきた。

 憤慨する弟を無視して秘話用ガラスを上げ、ドアを開けてロビンを迎えた。

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