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フライディと私 1

西欧風の架空の国を舞台とした短編連作シリーズの加筆転載です。主人公二人の髪と瞳の色は本文では描写しないのでお好みでご想像下さい。

もともと読切連作として書いていたので、語り手の違う一人称と三人称が混在します。

 目を開けた時、前にあったのはひげだらけの顔だった。

 その顔は私を見てにっと笑った。


 私はかすれた悲鳴をあげながら、這うようにしてその場を逃れた。相手はその場を動かなかったのだけど、その時は逃げるのに必死で気付かなかった。

 そして私の逃走は、目の前に海が広がっていることに気付いて砂浜で動けなくなるまで、ほんの数メートルしか続かなかった。


「残念だけど、その先は行き止まりなんだ」

 さっきの場所から私の背中に向かって彼が話しかけた。ゆっくりした分かりやすい喋り方だった。

「僕の言葉、分かる?」

 私はまだ返事もできず呆然としたままだった。

 それから彼はおそらく同じことを違う言葉で何度か繰り返したんだと思う。

 彼があきらめて黙ってから、ずいぶん経ってようやく私が口にできたのはたったの二言だった。


「ここ、どこ?」

「いわゆる無人島だよ」

 それが、フライディとの出会いだった。


 とりあえず浜辺に生えた木の影にと促され、ここに来るまでのことを説明した。

「初めてのダイビングで上手く潜れなくて、浮上したけど船が見つからなかったの。BC(浮力調整装置)で浮いてたら、そのまま漂流して」

「バディは何してたんだ」

 彼が顔をしかめた。

 ダイビング経験者らしい。どこの誰かも分からないけど一つでも共通点があったことで、見た目はともかくおかしな人じゃないんだと少し安心した。

「インストラクターがバディで、他の人の機材の調子が悪くてそっちに行っちゃった」

「ひどいな。でも一人でよくここまで辿りついたね。君は幸運の星の下に生まれたんだね」

「幸運っ!?」

「怪我をしてる様子もないし、この島は真水も食料も避難所もある。おまけに先住者の僕がいるから寂しくない。ちょっと考えられないくらいラッキーじゃない?」

 そう言った彼を改めてまじまじと見直した。作業着のような、上下同じ色のくたびれたシャツとズボンを着た彼は自分のことを先住者と言った。


「あなたはどうしてここにいるの?」

「僕も君の次くらいに幸運らしくてね。軍の訓練中の事故でこの島にしばらく前にたどり着いた。歓迎するよ、ミズ・クルーソー」

「……私達、これからずっとここに住むの?」

 そう言った時の私は多分ひどい顔をしていたんだと思う。彼はむずかる子どもをあやす時に大人がよくするような、大げさな笑顔を見せた。

「この群島には確かに島がたくさんあるけど、捜索隊だって出てる。きっと一ヶ月もすれば誰かが僕らを見つけてくれると思うよ」

 私はそれを聞いて泣いた。泣き出したら途中から自分でも理由が分からなくなった。彼は我慢強く私が泣き止むのを待ってくれた。


 私が時々しゃくりあげるくらいまで落ち着いたところで、彼がひげづらに似合わない気取った口調で言った。

「そろそろ『ホテル・無人島』へご案内しましょう、ミズ・クルーソー」

「どうして私のことミズ・クルーソーって呼ぶの?」

「よそよそしい感じが嫌? じゃあロビンって呼ぶよ」

 今度はいきなり親しげになった。


 彼の喋り方は初めて会った時から、いつもふざけてるみたいだった。私はからかわれている気がして何とはなしにむっとして、少し冷たく答えた。

「あなたは?」

「フライディ」

「変わった名前ね」


 彼は私のことをしばらく黙って見つめてから言った。

「おかしいと思ってたんだ。もしかして『ロビンソン・クルーソー』読んだことないの?」

「ない」

「……貸してあげたいけどあいにく持ってくるのを忘れてね。家に帰ったらぜひ読んでごらん。君がどんなにラッキーなのか実感できると思うから」

 家に帰ったら。

 家に帰ったら!

 その言葉に止まっていた涙がまたぶりかえしてきた。フライディは黙って私が脱いだフィンを手に持つと先に立ち、私を『ホテル・無人島』へ案内してくれた。


 海からなんとなく道らしきものが続いていた。その行き止まりにホラーハウスのような廃墟があった。

「ここがおそらく島で唯一の人類の痕跡。そして唯一のシェルターだ」

「ここ、何なの?」

 足が進まなくなってしまった私を振り向いたフライディは、大げさな手振りで廃墟とその周りを示してみせた。

「ホテルだよ。ほら、ウェルカムフルーツはもぎ放題だ。建物の中は虫が多いけど、まあ嵐の日にはあんまり文句も言えないからね。一ヶ月過ごすにはちょっとアクティビティがなくて退屈だけど、宿泊費の請求はないと思うよ。フロントマンも留守にしてるみたいだし」


「ねえ、フライディ」

「何だい?」

「なんでそうやってふざけた喋り方するの? 普通に喋ってよ」

「いや、喋り方を忘れてるんじゃないかと心配でつい喋りすぎちゃうんだよ」

 私はやっぱりからかわれているような気がしてまた少し不機嫌になった。


 今考えるとフライディは本当に他人と喋る喋り方を忘れていたのだと思う。多分ずっとああやって状況を笑い飛ばしてふざけながら、一人の時間を過ごしていたんだろう。

「ご来臨を心より歓迎いたします。ご不便などございましたらわたくしめにお申し付け下さい」

 フライディはそう言ってうやうやしくおじぎをしてから、いきなり人が変わったようにてきぱきした口調で続けた。

「雨水槽があるからとりあえず水の心配はない。毒見は僕がしておいた。フルーツは自分で採って食べててくれ。休みたければそこのビーチチェアで横になるといい。しばらく一人で大丈夫?」

 フライディは、返事をためらう私の顔を見て付け足した。

「動けるようなら、僕がいない間に真水で身体と水着を洗っておいたら」

 そう言われたら、心細いとはいえ急に一人の時間も欲しくなってきた。

「時計ある?」

 頷いて腕にしたクロノグラフを見せた。フライディも自分の腕時計を出し、二人で時間が合っていることを確かめた。

「一時間で帰ってくる。バスローブとタオルはこれを使って。何かあったらさっきの海岸においで」

 

 フライディはそう言って、私を残していなくなってしまった。

 

 下にブッシュガードを着ていて良かった、そう思いながら私はBCジャケットとウェットスーツ、ブーツを脱ぎ捨てた。ウェイトベルトはもうずっと前にどこかの海の底に捨てていた。

 まず存分に喉をうるおすと、フライディの残した何かの容器に水を入れて頭から何度も水をかぶった。頭の上だけずっと海の上に出ていたので日焼けで肌が痛い。見えないけど真っ赤になっていそうだ。見える部分、ウェットスーツの下にあった肌はふやけて気持ちの悪い白さだった。

 囲いのない野外で水着を脱ぐのには少し勇気が必要だった。さっきの会話を思い出し、時計を確認してからえいっと裸になって髪と身体を急いで洗ってバスローブを着込み、水着とブッシュガードを洗った。

 タオルに挟んで水気をとった水着を着直して、上からまたバスローブを着た。タオル地のバスローブからはいい香りがした。その時は知らなかったけれど、それはこの廃墟からフライディが探してきた『人類の痕跡』のひとつだった。

 タオルとブッシュガードは近くの藪に広げて干した。

 

 そこまで終わってようやくビーチチェアに座り込んだ。昨日から何も食べていないけど、お腹はぜんぜん空かない。

 

 どうしてこんなとこにいるんだろう、私。まだ夢の中の出来事のようだった。体もまだ海の中にいるみたいにふわふわしてる。

 学校の夏休みに友達と来た旅行だった。ダイビングのライセンスは皆取ったばかりだった。一緒に来た友達の顔を思い出してまたじわっと涙が出てきた。きっと皆心配してるだろうな。お父さんお母さんも心配してるだろうな。

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