宇宙(そら)のゆりかご
何だか2020年東京オリンピック開催が決まったようで、
おめでとうございます!
少年が国立霞ヶ関競技場アリーナへの階段を駆け上がった時、耳をつんざくような歓声が上がった。鼓膜が破れるかと思った。
フィールドでは鉄の巨人が二体、殴り合いに興じていた。優勢なのは、日本国産の量産型ヒューマノイド戦車。対戦相手である、中華帝国軍機を圧倒していた。その決定的な一撃に、観客たちは興奮していた。コロッセウムしかり闘牛しかり、これがスポーツというのだけれど、命の危険に曝されながら戦う選手たちを、自分たちは安全な場所にいながら傍観するようなことは、彼は好きになれなかった。好戦的な人々には堪らない娯楽なのであろうが。
だけど、少年が趣味でもない場所に来たのは理由がある。あそこで、最愛の戦友が戦っているのだ。
ついに勝負が決まり、会場に英語と日本語のアナウンスが響き渡る。
「2020年第○回オリンピックヒューマノイド戦闘機種目、優勝者は日本国:黒岩狼也選手です!!!」
そこに自分の愛する人の名前があることを確かめ、少年は心から安堵した。気がつかないうちに、笑みがこぼれていた。
表彰台に上がった後、インタビューやら祝賀会やらで人ごみにもみくちゃにされ、落ち着いて選手村の宿泊部屋に帰ったのはもう真夜中に近かった。もともと群れるのは苦手な性質だったから、明日以降のTV出演は全て断った。スポンサー会社の社長の困り顔が目に浮かんだが、今まで目一杯我慢したのだから、これぐらいはわがままをさせて欲しい。それに、勝利の後の高揚感だけがまだ続き、優勝した実感が沸かないのだ。
だけど。
「世界一おめでとう!ウルン♪」
誰もいないはずの真っ暗な部屋の電気をつけたら、最愛の親友がサプライズで出迎えてくれた。パーティーでのコッテリした料理に疲れた自分を気遣ってか、胃に負担のないあっさりとした軽食を用意して。その愛すべき親友に祝福され、初めて頂点を勝ち得た実感が沸いて来た。
「ただいま、慈雨。こんな遅くまで、俺を待ってくれてたのか!?」
ウルンは自分の本名を呼んでくれる唯一の友に、他人には滅多に見せないような安らいだ表情を向けた。
世間一般には、日本語名しか知られていない。帰化するまでの過去は、公表することが出来なかったから。だけどその血塗られた過去を、優しく受け止め大きな愛で包んでくれた存在が、慈雨だった。その天使のような愛に触れ、ウルンは一切の過去を涙に流した。そうして青年は、強くなったのだ。そしていつからか、ウルンは慈雨を心から愛するようになっていた。
その想いを、慈雨は戸惑いながらも受け入れた。初めてのキスはぎこちなかった。そして初めて体を重ねた時、自分は慈雨を痛みに泣かせてしまった。優しくしてあげたいのに、不器用にしか振る舞えない自分が歯痒かった。だけど慈雨はずっと辛抱してくれた。人を愛することが、自然体で出来るようになるまで。
だから派手な祝賀パーティーより、慈雨とのささやかなお祝いがずっと嬉しかった。
皿が空になってきた頃を見計らい、ウルンは口火を切る。
「そういやお前、明日は休みだったよな?」
「そうだよ。それが?」
「今夜泊まっていかないか?」
ポーカーフェイスを装ったのに、やっぱり口元がニヤニヤしてしまう。慈雨は言葉の真意を瞬時に汲み取り、次の瞬間顔が真っ赤になった。やはり宗教科学生のお坊さんはうぶなのだ。一方の自分は、防衛科学生にしてはあまりにもすれてしまった経歴の持ち主だが。
しばらくの逡巡の後、慈雨は応える。
「・・・いいよ」
赤く染まった頬はそのままで。
「じゃ、決まり」
ウルンは、ベッドの上で並んで腰掛けていた慈雨を、慣れた手つきで優しく押し倒した。慈雨もこのころになると、安心して心を開いてくれる。その小さな両手をシーツに力強くしっかり縫い付け、限りなく慈愛を込めた目で見つめながら、ウルンは尋ねた。
「今日はどんなセックスがいい?」
「シャンパンみたいな、祝い酒みたいなのがいいな」
「それはなかなか分かりにくいな」
ウルンは笑い声を上げたが、すぐに慈雨の耳元に口を寄せると、
「だけど、俺にとっての祝杯はお前だよ」
と、いたづらっぽくささやいた。
…どうしてこんな色男のスキルを身に付けたんだろう?そんな疑問が頭を過ぎるまもなく、慈雨はウルンの愛撫に理性が蕩けていくのを感じるしかなかった。あえぎ声をあげることも、今ではもう恥ずかしくなかった。