妖怪になれなかった猫
猫のたろう。歳は十九。フルネームは山田たろう。雄で三毛猫。手前味噌ながらそんじょそこらの猫より整った顔をしていた。客観的に見てもハンサムだろう。避妊手術済みなので童貞。
どうやって登ったのか不明ながらも、神棚のお供えの鯛を齧っていたり、天ぷらの残り油を冷めてから舐めたり、少し妖怪っぽいところはあった。
猫は二十年生きると化け猫になると聞いたことがある。尻尾の先に触れると僅かに二股に分かれている。いよいよ化け猫になるのかと思っていたが拾ってくる前の事故で分かれたとか。
おなかが減るとにゃあにゃあ。掃除機を怖がり、地震の時は三日間押入れから出てこなかった。我慢していたのか出てきた時に大量の小便をしていた。行儀はすこぶる良かった。
床に横になると腿の上に。胡坐をかいていると又座の間に。布団で寝ていると捲って入ってくる。重くて退けてもまた。
夏になるとバテて体重を落す。冬に元気になり太りだす。それの繰り返し。ある年から体重が戻らなくなった。それでも一年。また一年。
四年目の夏。気が付くと食事をしていない。水は飲む。横になって動かなくなる時間が増えた。
二日、三日。最初は違うと思った。
餌を変えた。食べない。水は飲む。まだ動ける。
一週間。
するめだけに興味を示すことがわかった。噛み砕いて塩気を落す。掌に載せると食べてくれた。
二週間。
するめだけは食べてくれる。水も飲んでくれる。動くときはトイレに行くときだけ。
もうひざの上には乗ってくれない。
三週目に入る前。
わずかによろよろとしか歩けない。流動食を準備しスポイドで食べさせようとするが拒否。無理やり食べさせようとするが今後は自然に任せる事に。水は飲む。するめにも興味がなくなる。トイレにはふらつきながら。寝床にはトイレシートを並べているのに。
三週目。
右後ろ足を引きずるようになる。づりづりと引き釣りトイレに行こうとする。抱きかかえてトイレへ運ぶ。トイレを目の前に逆に振り向き用を足す。全部はみ出ているよ。
なんとなくわかる。今日。
夜中、ほとんど動かなくなったたろうが傍で寝ている母の足元へ行こうとする。足をひきづり前足だけで。体を支えるだけで持ち上げない。安心したのかそのまま落ち着く。
朝七時。冷たく固まったたろう。ハンサムな顔が台無し。
母が出かける直前まで生きていた。一番なついていた母に死に際を見せず。
強く強く抱きしめて一番可愛く見えるような姿勢に。口とまぶたも。
まるで寝ているみたい。おじいちゃんだけどハンサム。そこいらの猫に全然負けていない。
二十歳になるまであと半年。
妖怪になれなかった猫。最後まで行儀よく。