表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

第二色 居候の少女と彼の失望の夏

「…………」

 

 黙々と黄身がビー玉の様に薄く輝く目玉焼きを食す少女を傍目に朝のニュースの内容に耳を傾ける。

 毎朝懲りずに同じチャンネルと共に朝食を摂るように様になって早二年半。これまではいつも変わりない笑顔を振り撒き続けるお天気お姉さんに別れを告げてから家を出ていたのだ。


「……なんだよ」


 無言で茶碗をこちらに差し出す金髪の吸血鬼。窓から射す朝日が彼女の金色こんじきの輝きを更に魅力的な芸術へと変化させるのだった。


「……ん。……んー!」


 少し眉間に皺を寄せて可愛らしい唸り声をあげる彼女の要求は分かりきったものだ。


「飯か?」


 不機嫌そうに小さく頷く。俺は更に小さな溜め息をついて彼女から茶碗を受けとる。

 そのまま横に置かれた何世代も昔の、もしかしたら古すぎてプレミアが付いてるかもしれないそれの蓋を開けた。

 そこには一粒の星も存在しない混沌の世界が広がっていた。


 ゆっくり無言で蓋を閉じ空の茶碗を頬杖をついて見下すような視線でプラズマテレビを見つめる少女に差し出す。

 すると待ってましたとばかりに俺からの茶碗を受け取る。中身を見た瞬間に眼がハッキリと濁った。


「…なんじゃ…これ…御飯様が消えてしまっている!御飯様とは逃げるのかの!?わらわとした事が…っ!」


 一人でそれらしい答えを見つけて解決してしまった…その方が都合がいいから放っておくが。


「…ごちそう様」


 食器を流しに持っていき洗面所に向かう。


「今日こそ妾も学校に行ってよいかの!?」


 後ろから期待の声が飛び交う。…当然それへの回答は決まっている。


「…無理だ。多分、いや絶対にアリスがうちの学校に来ることはない」


 後ろからのボキャブラリーのない罵倒は無視して歯ブラシを鏡横の棚から取り出す。なぜ独り暮らしなのに歯ブラシが二本あるかはあまり触れないでおこう。

 近くの薬局で特売日に大量買いした外国製の安い歯磨き粉を捻り出して口に入れる。

 歯磨き粉の味に美味い不味いもないと思うがもし歯磨き粉の味にランクがあったとしたらハッキリ不味いと言える程、俺の口に合っていない。

 でもこの歯磨き粉はまだ3~4本ストックがある事を忘れてはいけない。


 節約は大事だ、うん。

 

 俺が不快ながらも歯を磨いていると廊下からたどたどしい足音が聴こえてきた。無視して歯磨きを続行する。

 それは洗面所に着くとギリギリ歯ブラシを取って歯磨き粉を取って口に加えた。


 シャカシャカと何とも言えない朝特有の二人の合奏が洗面所に響く。

 うーん、不快。

 この場合歯磨き粉とのどうしようも無い相性ではなく、正面の鏡に映る歯ブラシが空中に浮いている事にだ。


 しかもそれはリズムに乗ってさもバイオリンを奏でるように上下し長さを変える。ついでに歯磨き粉も垂れる。

 それを見て別に驚愕の色を見せたり、腰を抜かしたりはしない。非日常とは日常に隠れてしまうと確認すら怪しくなってしまう。

 

 いい加減飽きた俺は、口の不快感を全て吐き出して冷たい水でそれを満たす。完全に不快感を消し去ってから一言残して洗面所を後にする。


「…垂らしたヤツ、拭いとけよ」


 さて、ただいまの時刻は7時52分。

 丁度お天気お姉さん登場の瞬間だった。美しい笑顔と真っ白な歯を見せつけながら今日の天気を一生懸命伝えている。

 お姉さんの指し示すプレートより、お姉さんの笑顔に視線が行ってしまう。あとふくよかな体つきにも。

 

 取り敢えずは今日一日は晴れの様だ。お姉さんの

「今日も一日、元気にいってらっしゃい!」

 を聞いてテレビの電源を切る。煤けた革鞄を持って玄関に向かう。

 革靴を…。


「………」


 明らかにこの場に有るべきではない物が静寂の玄関には存在していた。

 具体的には陸上部専用のボストンバック。真っ黒な刺繍入りの。

 なぜか大きな荷物が入っている。これは押し入れの奥に閉まった筈だが…。

 俺が革靴を履いて冷たい視線を大きな物体に目を向けると僅かにピクリと動くボストンバック。


「……閉まっとけ」


 玄関のドアを開く。まだ朝だと言うのにギラギラと輝くお天道様は既に仕事を全うしていた。風も生暖かい。

その風に負けたのかボストンバックからひょっこりと頭だけを出す金髪少女。

 

「うー。…分かったよ……もう」


 諦めたのかこの暑さに嫌気が差したのかよく分からんがとにかくバッグから綺麗な素足を取り出した少女は手際よくバッグを畳んだ。


「あと、食器くらいは洗っとけよ…自分のだけでもいいから」


 また不機嫌そうに生返事を返す少女。


「えーっ。貧血が…」


 くらりと体を倒して体調不良を示す。


「いつもの事だろ。…せめて掃除くらいは…」


 ちょっとドアを開ける。また熱風が廊下を抜ける。

 その風を盛大に浴びて、思いっきりしかめっ面をして少女は諦めたように頭をうなだれた。


「…うー。分かったよぅ…」


 渋々了解と言った顔でそのまま部屋に消えていった。

 また小さな溜め息を付いて家を後にした。



 夏休み。

 それは長期休暇。

 んな事言わなくたって日本共通の認識だ。一部の地域を除いて。

 

 高校三年。

 それは受験生。

 んな事言わなくたって世界共通の認識だ。一部の高校を除いて。


 この二つから言えることは間違いなく高校三年、つまり世間的には受験生の俺等には夏休みと言う長期休暇など存在すらしない、と言うことであろう。

 勿論、何処にでもいる普通の高校生である事を自負している俺にも受験と言う生き地獄がある。

 

 この夏休みの期間、俺は耳にタコが出来るくらい、いや耳にたこ焼が出来るくらいこっぴどく勉強しろと大人言うところの教師に言われた。

 当然と言われれば反論しようがないが特に俺の場合は酷い。

 と言うのも、とにかく俺は勉強が大嫌いだった。だったと言ったけれども無論、今も嫌いだ。むしろ今の方が嫌い度は増した。でもそうも言ってられなくなったのだ。


 もう面倒臭いので簡単に説明すると、自分の足だけでこの学校に通っているわけだ。

 この場合は登校に徒歩、と言うわけではなく(今は自転車で登校している)この俺についた二本の脚の力だけで俺は高校生をやっている、と言う意味だ。

 正直、俺自身も脚だけで高三にまでなれるとは思っていなかったが案外なれた。

 つい最近までの俺は走ってさえいれば字なんか書かなくても進級、上手くいっていれば大学にだって行けたのだ。

 

 でもまぁ、世の中そんなに甘くないってさ。


 指定された場所に自転車を止めて、ふと校庭に目をやると朝練終わりの野球部やらサッカー部やらがボール集めなんかをせっせと行っていた。

 隣のグラウンドには陸上部の生徒がパイロン(今はカラーコーンと呼ぶのが主流か)を幾つも重ねて運んでいた。

 背中には奈耶麻高校・城内とゼッケンが掛けられいる。


 俺は胸がぎゅっと締め付けられる感覚を覚えずにはいられなかった。なぜか居たたまれない気分が俺の全身を飽和して息苦しくなった。

 足早にその場を去った。


「…司鷹したかセンパイ…?」


 背筋がビキビキと音を立てて氷結した。その声が鼓膜を振るわせた瞬間、脚の感覚をぐらっと忘れたが直ぐに我に帰って昇降口に向かった。

 後ろに悩ましい声々を浴びながら。


 なぜ夏休みにも関わらず学校に律儀に登校しているかと言えば簡単だ。講習があるからに他ならない。

 バカな生徒(つまり俺)を講義室に集めて本当に基礎的な講習を行う。

 中には中学で習った内容も出てきたりする。が本当に中学の頃からまともに授業を聞いていなかった俺には丁度いいレベルの内容だったりする。


 クーラーのガンガンに効いた講堂には既に百人近くの生徒が集まっていた。皆一様に顔立ちが苦しそうで悲しそうで、どこかに行き場のない怒りを抱えていて。

 そんな連中の集まりだ、ここは。

 

 俺は誰にもバレないように前方隅の席に座った。別に席が決まっている訳ではないが、やっぱりここに居る連中は俺と同じ様に勉強が嫌いでどうしても何と無く後ろに溜まりがちだ。

 もう後がないって痛いほど分かっているのに。

 溜め息をつかずにはいられない…こんなに溜め息が似合う光景も中々ないだろう。


 空気はどことなく重くて苦しい。何をするのも身体に重い想いを感じてしまう。

 

 俺はノートを開いて昨日書いた式をまた目で追った。…自分で書いた式なのに異空間の知的な文明がもたらした高度な文字の羅列と認識してしまう俺の脳は既に腐っていると言えよう。

 その内マクラカバーから腐卵臭とか臭いそう。


 復習がものの十数秒で予習に変わってしまったので代わりにポケットから音楽再生機、差詰MP3プレイヤーと言ったところの道具を取り出して耳にイヤホンを差し込む。

 いつもの曲を再生する。


 暫くありきたりの曲を聴きながらぼーっとしていると隣に音を大袈裟に立てて誰かが座ってきた。

 そのまま無視して手持ちぶさたになった両手で参考書を意味もなくめくっていると、左耳のイヤホンを取られた。元の地獄に戻された。

 

 ちょっとイラッとしてしかめっ面で隣を見るとそこには白人の女が哀愁の笑顔を浮かべていた。


「……よっ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
気に入ったらポチッとお願いします! 作者のやる気と意欲が上がります!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ