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第十色 追憶と継承

「大丈夫ですか?」


 何の前触れもなく突然道端に倒れた女性を安全なところまで運び、何度も呼び掛けたが返事は全くなかった。

 呼吸は薄く、心臓の鼓動も聴こえない。死んでいるのか…?途端に全身に冷や汗が吹き出た。何だ、何が起こっているんだ…。


 そもそもこの人は不可思議な点が多すぎる。浸入禁止区域で半壊したうちや道路には見向きもせずにどこにでもある夜空を見ていた点もそうだが、何より体重が平均のそれに比べて異様な程軽かったのだ。

 普段なら救急車を呼ぶのだろうが運悪く携帯を葉湯ヶ崎宅に置いてきたことを身体中のポケットを探って思い出した。

 放って置くわけにいかないけど、周りに誰もいない。


 ……この人を背負って近くの緊急病棟に駆け込むか…?


 こんな時こそこの不自由な心臓を恨むのだった。それでは共倒れ、ではどうすれば…。


 無意味に悩んでいると女性の口から大きな呼吸が聴こえ始めた。

 今度は肺から大きな溜め息をつく。


「ふふっ…」


 余りに異様な体験であったために何か不思議と笑みが溢れてきた。

 夜空に浮かぶ星はこんな日に限って美しく映る。

 暫く何をするわけでもなく、彼女が目を覚ますのを待っていた。こんなところに入って何がしたかったのだろうか…検討もつかない。


 綺麗な肌だった。ぱっと見は日本人なんだがよく肌の色を見ると日本人の色とは全く異なり青空に浮かぶ雲のように真っ白だ。雲の中に浮かぶ双眼は少し茶色がかっている。それらをうるしの様に光沢のある漆黒の長髪が際だたせる。顔立ちはすっきりとしていて少し彫りが深い。間違いなく美人の部類だ。


「……ん?」


 彼女の顔周辺を見ていると、首元に奇妙な痕がある事に気づいた。文字通り何かの痕で当初は何かを象ったタトゥーの様な物だったのだろう。が無理矢理消そうとしたのか鋭いもので引っ掻いた様にその印は滅茶苦茶にされていた。シルクの様な純白な肌なだけその何かを隠そうとした痕が余計目立つ。


 僅かに残るタトゥーの跡からある人物が思い出された。何をアイツにもこれに似たような痕があったのだ。

 すると自分の中に別の意識が産まれ、そうするのが当たり前の様にその異質な跡に優しく触れた。


 その途端に俺の意識は微睡みの中に消えていく。しかし無駄な抵抗はしなかった。不思議と心地よい感覚を憶えながらいつ起きるか分からない眠りについた。




「おねーさま、見てください!」


 視界の全てを支配する無限の色を持った花畑の中に、二人の少女が埋もれていた。

 一人は既に成人なのか大人びた顔立ちで金色こんじきの長髪を風になびかせながら優しそうな笑みを浮かべている。


 もう一人はまだ幼く使う言葉も辿々しいが、それでも美少女には違いなく将来有望な姿・顔立ちをしている。こちらはシルクの様な銀髪を、肩に毛先が触れる程度の長さで切り整えていた。

 どちらも純白のワンピースを着て、下に隠れるそのワンピースにも負けない白く淡い色をした肌をチラリと魅せる。


「まぁ……。よく出来ているわね、かすみ。流石、私の愛しき妹よ」


 幼き銀髪は周りの花で作った彩り可憐な花の冠を金髪に見せて、満面の笑みを浮かべた。


「えへへ。これはおねーさまに差し上げるのです!」


 と金色の髪にふわりと乗せてまた幼い笑顔を見せる。


「ふふっ。ありがとう、霞」


 と自然の冠を被る金色は日光で光り輝く銀髪をそっと撫でてやった。


「どういたしましてです!」


 幼い笑顔は辺りに咲くどの花よりも美しく咲いていた。


「………」


 一方、金色もそれを見る度に至福の幸せを噛み締めるように笑うのだった。


「…おねーさま…?」


 急にその笑顔を崩して今にも泣きそうな顔になった。


「どうしたの、霞?」


 金色がまたそれを心配そうに見つめる。


「お母様…大丈夫ですか…?」


 銀髪は金色の女に抱き着いて音もたてずに涙を流していた。

 それを慈愛に満ちた顔でそって包み込んでいく。


「きっと大丈夫よ…きっとね」


 そう金色が銀髪をなだめていると辺りに突然強い風が吹いた。


「あっ……」


 金色の頭に乗っていた花の冠が輪を描きながら何処かへ飛んでいく。それをただ見つめる少女二人。


「…ごめんね、霞」


 涙を堪えながらそれでも口角を上げようとしながら目を合わせた。


「いいんです、また作れますから」


 顔を拭いて無理矢理笑顔を見せる。


「ありがとう、霞…」


 また銀の髪を毛並みに沿って撫でる。幼き美女は瞼に涙を浮かべながら溜め息を混じりに返事をした。


「お母様とおねーさまとまたここに来れますよね?」


 空も雲一つない快晴でその蒼きがどこまでも永遠に続いている。ただ一つの太陽がたくさんの花と生命の力となっていた。


「来れるわよ、きっと」


 ふと金髪は立ち上がって銀髪の少女の手を取る。


「さて…そろそろお母様のところに戻りましょうか?」


 その大きな影に覆い被さりながら銀髪はやっぱり笑うのだった。


「はい!」


 その声と同時に辺りの景色が滲んできてその花の香りが充満する空間は消えて、また新しい匂いと共に見覚えのない景色が視界を支配する。


「お母様ぁ……うぅ…」


 どこかで聴いたことのあるような泣き声だった。つい最近まで近くにあった哀しみの悲鳴。


「霞…泣かないで…これは私達の運命さだめなのよ?」


 あの銀髪の少女は幾分か時を経て身体を大きくさせていた。しかし泣き虫なのは変わらないのか大聖堂に設置された小さなベッドに横たわる母に寄り添って泣くばかりだった。


「そんなの……そんなの、私、認めたくありません……うぅ」


 滝の様に流れ続ける涙を抑えながらそれでも母の顔を見続けた。


「ほら、かおりなんて微動だとしないじゃない…」


 母は銀髪の奥で立ち尽くす金髪を見て微笑む。しかし金髪は全くの無表情を決めていた。


「だって、だってぇ…お母様ぁ…浄化されて…」


 既に母の身体は顔を動かすので精一杯の様だ。しかしその一点の曇りもない笑みを一瞬たりとも崩さなかった。


「いつになっても霞は泣き虫ねぇ…」


 少し心配そうにでも幸せそうに笑うのだ。


「お母様」


 無表情のまま、死に行く母に語りかける。

 ベッドを囲むように立つ漆黒の衣服に身を包んだ人々はこれまた微動だとせずに母の言葉に耳を傾ける。


「…なに、薫?」


 金髪はやっぱり笑わない。銀髪の泣き声は変わらず辺りに響き続ける。


「そろそろ継承を」


 辺りの黒服達の顔がキリリと引き締まる。


「…そうね」


 そう言うと母は精一杯、腕を天に伸ばして掌越しに天井を見つめる。

 暫くそうしているとそれを小さな二つの手が包み込む。


「お母様ぁ…」


 変わらず母は微笑む。


「大丈夫よ、霞。貴女ならやっていけるわ」


 二つの手から腕を離してそれを自身の胸元に持っていく。息を飲んでそれを見つめる。


「…我、シヴァの名の元に力を継承する…」


 そう呪文のように唱えて手刀を胸に入れていく。一滴の血液も発生せずに手は身体に飲み込まれていく。やがて手が抜き取られるとそこには今も鼓動を止めない心臓があった。

 その頃には母の瞳は霞み、心臓を掲げる腕も震えを止められない。


なんじ…薫、ヲリナ=シヴァに…」


 言葉の途中途中で吐血を繰り返す。しかし誰としてそれを心配するものはいなかった。…ただ一人を除いて。


「…いや」


 母以上に死んだ瞳を向けていたのは他ならぬ金髪の彼女だった。既に彼女の瞳には母の姿はなく、その永遠に鼓動を止めない心臓しか映っていなかった。


「我はこの力を霞に……汝の名を…」


 とだけ言葉にして掲げた心臓を銀髪の少女の身体に差し出した。

 辺りが騒然とするなか、その心臓は銀髪の少女の中に吸い込まれて行った。


「これはどう言う事だ、シヴァ皇帝!?」


 涙を止めぬベッドに張り付く銀髪の少女そっちのけで辺りの黒服達は横たわる皇帝に駆け寄った。

 しかし皇帝は既に問答出来る姿ではなかった。


「お母様!お母様、 起きてください!お母様ぁ!」


 また銀髪の少女が母に寄り添って彼女を揺すってもやはりその瞳が開かれる事は永遠に無かった。


「うぅ…うぅ…」


 嗚咽と泣き声が空の空間に響いて悲愴な少女をより一層、悲しみに陥れる。


「黙れッ!」


 屈強の男の怒声。少女の華奢な背を無情の鞭が這う。


「あう…っ」


 床に膝をつく少女の銀の髪を雑に掴み無理矢理その瞳に映ったのは他ならぬ金髪の少女だった。


「貴女に…」


 整った顔立ちの中に咲く真っ赤に輝く双眼を見つめながら金色は言葉を続ける。


「この力はいらない」

「薫おねーさま…?」


 当然、突然の気性の変化に戸惑いを隠せない銀髪の少女。


「その名で呼ぶなっ!!」


 少女を床に叩きつける。小さな悲鳴。



「我が名はヲリナ…吸血をする者…世界を支配する者…ヴァンパイア=ロード」

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