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第一色 少女の家出と少年の困惑の夏

「うう……っ」


 人間の容姿をした化物モドキは金色の大きな瞳に同情を誘う涙を浮かべて、上目使いで俺の決心をグラグラと容赦無く揺らす。


「もう泣かないって約束したろ? 俺にも都合ってものが……」


 俺はその揺れを何とか止めて、少女に高校生の事情ってヤツを簡潔に説明した。しかし少女はただひたすらまぶたに力を込めて口をひん曲げるだけ。足の裏に根っこが生えたかの様にその場から一歩も動かない。


「きっとお前の母親も心配してるぞ? ……早く安心させてやろうよ」


 俺は少女の元まで寄って彼女の強く握られた拳に触れた。

 ……やはり人間に有るべき温もりがこの少女からは全くと言っていいほど感じられなかった。真冬のコンクリートの様に冷たく、死体の様に生気はない。

 これが俺が彼女にここまでした唯一の理由だ。


「うう……っ」


 今、俺の前で涙のダム決壊五秒前の少女は一応人間ではない……事になっている。どう説明すれば理解してもらえるか分からないが簡単に言ってしまえば(と言うかこれ以外の説明の言葉が頭に浮かばないだけだ)彼女は所謂、吸血鬼…の子供、なのだ。

 

 ついに目を背けたくなる様な現実から逃げ始めたかと思われても仕方無いが、そうらしいのだからどうしようもない。結局、目の前で存在さえされてしまえば、どう足掻いたところでその異様な存在を認めるに他ないのだ。

 おとぎ話じゃあるまいし、この世に吸血鬼なんて魑魅魍魎な存在は認めないと言う人は騙されたと思って、一万歩ほどこのあどけない少女に近寄って欲しい。

 吸血鬼は確かに存在する、多分。


「…………」


 少女は俯いて首を横に振るばかり。断固として母親の元に戻りたくないそうだ。ついさっきまでは諦めた様子に見えたのだが、この強情さはどこまで行っても変わる気配が無い。


「もう、一週間も家に帰ってないよね? 絶対親も参ってるって。いい加減、意固地になるの辞めたら?」


 しゃがんで真正面から俯く少女の瞳を見つめる。すっかり目の周りは真っ赤で腫れぼったくなって、長い睫毛に涙が溜まっている。

にも関わらず、その奥に潜む真っ黒な瞳にはどことなく憤怒の炎を感じる事が出来た。

 ……炎と言うより灯火の方がしっくりくる感じだか。何がそこまでこんな小さな少女に憤りを感じさせるのか、彼女の言うところの純正な人間の俺にはさっぱり分からない。


「……春樹のおうち、かえる」


 暫くの沈黙の後、彼女はそう一言だけ言って身を翻し、行くべき方向の真逆へと身体を向けた。長い金髪の髪が可憐な香りと共に俺の前を通り過ぎる。


「まて、かっ……アリス。俺の家にはお別れしただろう? またお前はあんな狭い部屋に戻る気か?」


 立ち上がり歩を進めようとするアリスの小さな肩に手を伸ばした。するとまたアリスは振り返り次は苛立ちの色を浮かべて俺を見上げる。


「止めたってムダだよ! わたし、はあんなババアの所なんかに一生帰らないもん!」


 一発偉そうなセリフを吐いて、淋しい胸を張ってずんずんとまた来た道を戻り始めた。でも、その様子はいかにもアリスらしい振る舞いだった。


「ったく……」


 こんな前の見えないやり取りは既に数十回以上行われている。つまり俺は彼女を助けてからのこの一週間、ずっと両親の元へ帰るように説得してきた訳だ。

 しかしあのどう見ても小学生にしか見えない少女は全く自宅へ帰ろうとしない。変な妄想にまで取り憑かれてるから更に厄介だ。今日こそ、とは思っていたのだが……やはりダメだったか。

 

 独り暮らしの男子がこんな夜中に金髪少女を連れ回していたら、確実に世間から見たら社会不適合者だ。どんな詭弁を並べたところで今の部屋より狭く、無機質な冷たい壁に囲まれた部屋に閉じ込められてしまう。


「やっぱ、無理か…。仕方ない」


 既に俺の先を行く足取りの覚束無い少女は、物凄いアバウトな間隔に設置された街灯のしたで立ち止まって俺を待っていた。両手を挙げて俺を呼んでいる。


「はーやーくーっ!!! お腹空いたよぅ」


 だいぶ夜も更けてきたと言うのに、そんなことはお構い無しのアリス。いくら夏とは言え、秋が近づいてきているこの時期の夜風は少し冷たい。半袖・半ズボンはまずかったな……。


「あんまり大きな声上げんなよー」


 って言ってる俺もそれなりに近所迷惑な事に代わりはない。少し笑ってアリスの元へ歩みを進める。


 空を見上げると真っ黒な天井にぽつぽつと星が散りばめられていた。夏の夜空は不思議だ。他の季節の夜空にはできない、人の深く凍り付いた心を溶かす力があると思う。

 諦めた訳じゃない、ちょっとの間の停戦協定だ。こうも駄々を捏ねられると、退き時を鑑みないとこちらの気力が持たない。


 部活現役だったあの頃ならまだしも、この歳になってしまうと体力は衰える一方なのだ。

 ……十八前の男が言うセリフでもないけれど。


「いい加減捜索届がでてもおかしくないしな、急いで……」


 ふとアリスの方に視線を向けると、遠くに見える街灯の明かりの元には二つの影が落ちていた。小さい方がアリスで、もう一つの大きい方は?

 周囲を伺いつつ二人の様子を見ていると、どうやら二人は会話を繰り広げている様だった。

 

 アリスは大袈裟なジェスチャーをしたり何やら俺の方を指差しながらもう一人に話している。こんな時間帯だ、不審者かと無駄に力んでしまったが、あの様子だとアリスも相手に警戒はしていないようだ。

 俺の近所の知り合いとかかな……?

 徐々に距離を縮めてその容姿を確認した。


 ……これは、マズイ。一番恐れていた事が起こった。とにかく逃げなければ!

 頭より身体は素直だった。その途端に未だかつて出したことの無い速度で夜道を走り抜けアリスと彼の元に向かった。


 やがてアリスを右腕で担ぎ、相手に挨拶もしないでそのままその場から逃げ出した。

 振り向かずに夢中で走る俺。何だかんだ言って今の自分を冷静に客観視している自分がいた。これは面倒な事になったぞ……。


 普段は饒舌なアリスも今回ばかりは空気を読んだのか黙ったまま俺に担がれていた。後ろからは自転車が追い掛けてくる音と止まりなさいの声。

 怪しさ爆発の不審者がこんな夜中にこの辺じゃ見かけない一見外人風の涙目の少女と一緒にいたんだから。

 

 しかし彼の言う事を聞く訳にはいかない。なぜならこの状況での言い訳は火に油を注ぐだけだからだ。ここで彼に(正確には声からして彼女っぽいが、何せ顔をよく見ていなかったので)捕まったから何か適当な罪を被せられて警察所行きだ。弁解の余地はない。


 ……ならば逃げるのみ!何とかして彼女を撒かなくては。

 俺は地元民しか知りようがない裏路地や抜け道なんかを使って警察官を撒こうとしたが、相手もこの街に長い勤務なのか中々距離をとれない。


 くそっ! 二輪と足じゃ限界がある……どうすれば。


「仕方無いなぁ、春樹は。私に任せなさいな」


 俺が徐々に息を切らし始めた頃、アリスは俺に担がれながらでいつもの調子で何か喋りだした。頭にうまく酸素が回らない。


「あ? ……なん……だって?」


 振り向くとまだ五十メートル程の距離を置いて、ピタリと徐行していた。流石にあっちも疲れてきただろう、こっちは一応元関東代表だからな。スランプが長すぎてちょいと鈍り気味だが……。しかし、中々しつこいな。


「ちょっと止まるのじゃ!」


 ピョンと腕からすり抜けて少女は俺の前に立ち塞がる。


「ちょ、何やってんだよ。今捕まったら完全に刑務所行きだ……ぞ、はぁ」


 後ろを見るとどんどんその影は迫ってきていた。でも先程までのスピードはない。


「いくぞ。目を瞑りたまえ、春樹よ」


 すると俺の前で立つ少女は瞳を瞑って、何やら瞑想に更けながら呪文染みた言葉を発し出した。


「ふざけて、る……場合じゃ……」


 後ろから命令口調の女の言葉が飛び交う。もう直ぐそこだ、タイヤが地面を走行する音とアリスの不気味な呪文が辺りに響く。


「歯をくいしばるのじゃああ!」


 アリスは途端に開眼したかと思うと、今まで聞いたことのない大声を上げて俺の右手首を力いっぱい掴んだ。とつも少女の力とは思えないバカ力だった。

 

 彼女の手の冷たさを感じた瞬間、吐き気を催す程の目眩が襲ってきた。頭の中が洗濯機の様にグルグルと意味もなく回り続けている。世界が回っているような、俺を中心に世界が動いているような感覚だった。

 思わず頭を抱える、気分の悪さが尋常じゃない。


 ぐるぐるぐるぐる…………。



 ふと胸のつっかえが外れた時、視界にあったのは見慣れた光景だった。

 

 俺の部屋だ。

 シーツを干したままのベッドも、もう中の綿が剥き出しのソファも、世界史の教科書が開きっぱなしの机も、全て寸分違わず俺の住む家だった。

 呆気にとられていると目の前でへたりこんでいた少女は息を整えて固そうなベッドに倒れ込んだ。


「何が、起こったんだ……?」


 つい十秒前まで俺とアリスは夜道に立っていたはずだ。アリスが呪文を唱えると、いきなり気持ち悪くなってきていつの間にか自分の部屋に土足で立っている……あ。自分が土足でいると言うことはアリスも。

 

 もう一度、ベッドの方に目をやるとアリスの可愛らしい花柄のサンダルがベッドの横に綺麗に並べられていた。


「説明は明日。今日はもう疲れたから寝かせてよー」


 そう言って彼女は返事も聞かずに寝息をたて始めた。これまたいつの間にかワンピース姿から俺のお気に入りのスエット姿になっていた。

 全く今の状況についていけてないけど、久し振りに全力疾走したので疲れた。俺は仕方無いからソファで寝よう。


 靴を脱いで玄関において、炊飯器のスイッチをおして洗濯機を回す。風呂は……朝風呂でいいか、もう体を洗う気力もない。

 家を出る時に消した筈の蛍光灯をもう一度消してソファに横になった。


 

 何が起こったのか俺もとても気になるが、寝ているアリスを起こすのは危険極まりない行為であることは先に行っておく。

 全ての吸血鬼がこうなのか分からないがもし、これから吸血鬼に遭遇する様な事があった時には無理に起こさない方が良い。と言うか関わらないのが無難だ。

 

 今起きた事象を自分なりに考えて解釈してみれば、瞬間移動的な事が起こったと考えるのが普通だと思われる。

 よく漫画やアニメに出てくる瞬間移動とイメージは似ているが。詳しくは明日、へっぽこ吸血鬼様に訊けば良い話だ。

 

 さて、瞬間移動まで見せつけられてこいつが只の駄々っ子娘では無いことはいい加減理解していただけただろうか。

 俺自身、瞬間移動は初めての経験だったがもうそこまで驚きもしなくなった。あいつを町の廃校で拾ってきて一週間の間、俺は普通では有り得ない現象を多少なりは目撃してきたのだ。

 

 それはあいつが吸血鬼なんて馬鹿げた存在であることを証明するモノにほかならない。


 どんな事が起こったのかは需要があれば説明するが多分聞いてもつまんないし、それこそ嘘っぽい夢語りなので俺自身、あまり話したくない。否定されるのがおちだからだ。


 見た目だけで言ってしまえば童顔の中学生、低めに見積もれば小学生高学年と言う素晴らしく犯罪臭のする年齢のこの少女はアリス。

 先程から言っている通り、彼女は吸血鬼で色んな説明から鑑みた所、年齢は300歳くらい。

 またここで有り得ない事象が起こっている。

 人間ならそんな年齢まで生きていられないし、見た目との差が激しすぎるという訳だ。


 一般的なイメージの吸血鬼は(これからはアリスが吸血鬼である事を前提に話を進めていこうと思う。どうしても信頼出来ない人はもう俺の話なんか聞かない方が利口だ)ニンニクが苦手、十字架が苦手、鏡に映らない、日光が苦手、人間の血を吸う、なんて色んなイメージがあると思うが全くそれと言って良い。


 確かにニンニクの入った料理も食べれなかったし、俺の十字架を象ったペンダントを身体に付着させると、途端に肌が炎症を起こしたし(金属アレルギーの可能性もあるかも)鏡にも彼女の姿は映らなかった。

 

 但し、アリスに吸血だけはされた覚えがない。似たような経験はしたが、映画に出てくるように首筋をガブリと噛まれた事もない。

 それに関しては、よく吸血鬼に吸血されるとその人間も吸血鬼になってしまう、という事はよく耳にするが真相は定かでない。


 とにかく、俺もアリス(実はこの名前もあいつ自身が勝手に名乗っている名前だったりする)が人間ならざる者であると完全に信用したわけではない。でもきっとそのうち信じなくてはいけない日が来るのだろうと確信している。

 

 そんな面倒事はまっぴらだからこそこうしてアリスを家に帰るよう、説得しているわけだ。


 今日は8月25日、あと5分で26日。もう高3の夏休みも残り僅かとなってしまった。

 本来なら宿題に追われる頃だが、今年は部活もなく家にずっと居たため宿題なんて7月中に終わってしまった。

 

 残るは受験勉強だけだったんだが……俺は何でこんな厄介事に巻き込まれてしまったんだろうか――――。

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