彗星の龍神の事件簿
某日、アルバエレミア家の屋敷にて――
星々の瞬きが、漆黒の夜空に宝石の様に散りばめられていた。その光景を、サラは天文観測儀を通して静かに見つめていた。彼女の左瞳に宿る彗星の魔眼が、微かな光を宿している。今日の彼女は珍しく、この古い観測儀のメンテナンスに時間を費やしていた。その手には、先日偶然手に入れた一枚の古びたコインが握られている。
「此れで良し……さぁて、此の銀貨だけど……。」
それは一見、只の銀貨に過ぎなかった。然し其の表面には見慣れない幾何学的な紋様が刻まれ、裏面には三日月と星が奇妙に絡み合った図案が描かれていた。そして何よりも目を引くのは、コインから放たれる、まるで生きているかの様な微かな魔力の波動だった。
「只の銀貨じゃあ、なさそうだ……コイントスしてみようか。」
サラは試しに、そのコインを空に放り投げてみた。コインが弧を描いて落ちていく。その瞬間――夜空の星々が、まるで誰かに操られているかの様に一斉に輝きを増した。流星が幾つも現れ、夜空を横切る。それはただの天体現象ではなかった。彼女の領域である宇宙空間と連動し、星の運行其の物が、彼女の意思を反映しているかのようだった。
「へぇ……面白い。」
サラは、そのコインが持つ力に心を奪われた。それは彼女の持つ「彗星」の幻想と共鳴し、彼女の能力を増幅させる様だった。コインを手のひらに載せ、その感触を確かめる。冷たくて、それでいて何処か温かい。彼女の研究者としての探求心が、このコインの真実を解き明かしたいと強く囁きかけてきた。
「よぉし……こうなったら、徹底的に調べてみよう。」
彼女は此のコインを使い、更に大きな財宝……いや、此の世界の真理を探索してみたいと考えた。何故なら、彼女にとっての「財宝」とは、金銀財宝其の物ではなく、未知の知識や、誰も到達した事のない領域にこそ存在するからだ。
「さぁ、早速図書館へ行こう。」
コインを握り締め、サラは立ち上がった。彼女の背後には、夜空を切り取ったかの様な、深遠な宇宙の幻影が広がっている。その足元には、彗星銀河団の精霊達が、小さな惑星や恒星の姿で彼女を取り囲み、その旅路を見守っていた。
次の日、サラは図書館の奥深くにある古文書の山を漁っていた。彼女の天文観測儀は、コインの魔力パターンを解析し、その起源が特定の魔術書にあることを示唆していたからだ。
「これかな……。」
彼女が埃塗れの古文書を捲ると、そこにコインと同じ幾何学的な紋様と図案が描かれていた。その書には、こう記されていた。
『星辰のコイン――大魔術師ゼノスが、星々の力を一つに凝縮して作り上げた。使う度にその力は増すが、同時に使用者自身の命を蝕み、軈ては世界の理を歪める。』
そして其の書には、大魔術師ゼノスについての恐ろしい逸話が記されていた。彼はこのコインの力を使い、世界の法則を書き換えようとしたが、その代償として自らの存在が星屑となって消滅したという。サラは息をのんだ。彼女が手にしているのは、世界そのものを変えるほどの力と、それに伴う危険を秘めた両刃の剣だったのだ。
「……使うほどに危険な力を増していく、か……面白い。」
彼女の左目に宿る彗星の魔眼が、微かに輝きを増した。彼女の心に、ある種の興奮が湧き上がってくる。先天性のサイコパス故に、道徳観念や倫理観が著しく欠如している彼女にとって、このコインの危険性は、寧ろ探求心を掻き立てるものだった。
その時、彼女の闇喰であるオフィウクス/アストライオスが、彼女の心に静かに語りかけてきた。それは、星々を見通す冷静な視点として、彼女の行動に抑制を促す。
『サラ、それは、あまりに危険だ……その力は貴女の魂を、そして此の世界の秩序を破壊する。』
サラは自らの心の中で響く声に、静かに答えた。
「分かってる……でもだからこそ、面白いんじゃないか。私の『異常者』としての本質を、このコインは引き出してくれる………それに、これを使えば、父さんの様に、もっと大きな何かを成し遂げられるかもしれない」
彼女のロインへの尊敬は、時に彼女を危険な探求へと駆り立てる。彼女は、このコインの力を使い熟す事が、父親に近づく為の道だと無意識に感じていた。
然し彼女の心にはもう一つ、大切な存在があった。娘のユラとキラだ。彼女は彼女達を見る目は、聖母の様だと称される程、彼女達を深く愛している。このコインが齎す危険は、彼女自身だけでなく、彼女の家族をも巻き込むかもしれない。その事実に、彼女は初めて躊躇いを感じた。
「……此の銀貨は、使うのを憚るものだったのね……。」
数週間が経った。サラは、コインを使う事をやめ、その真実をさらに深く探求する事に集中していた。彼女は、コインが持つ世界の理を歪めるという特性を、彼女の幻想である彗星の能力で解明しようとしていた。
彼女は天文観測儀を使い、コインの魔力パターンと、過去に大魔術師ゼノスが起こしたとされる現象の記録を照合する。そして或る驚くべき事実を発見した。
「このコインは…ただ力を増幅させるだけじゃないんだ……これは、使う者の『本質』を増幅させる……。」
ゼノスは世界を支配したいという欲望を持っていた。だから、コインは彼の欲望を増幅させ、世界を歪める程の力を生み出した。
もし彼女がこのコインを使えば、彼女の『異常者』としての本質、破壊衝動が、際限なく増幅されてしまう。それは、彼女の闇喰が危惧していた通り、彼女自身を破滅させるだけでなく、彼女の愛する家族をも巻き込む可能性があった。
サラは、コインを掌に載せ、じっと見つめた。彼女の頭の中で、葛藤が渦巻いている。このコインを使い、更なる高みへ到達するか、それとも此の危険な力を手放すか。
その日の夜、幼い頃のユラとキラが、サラの部屋にやってきた。
「母さん、お星様、一緒に見よう。」
キラが小さな手を広げて、彼女に強請った。サラは彼女達の無邪気な笑顔を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「……そうだね。一緒に見ましょう」
サラは、コインをポケットにしまい、娘達を抱きかかえて、窓辺に腰を下ろした。彼女の背後には、星々が煌めく夜空が広がっている。
「母さん、あの星、凄く綺麗。」
ユラが、夜空に輝く一等星を指差した。
「……そうだね……あの星は、私達の家族みたいに、いつも輝いている。」
その瞬間、サラは決心した。彼女にとって本当の「財宝」は、未知の知識や力を手に入れる事では無く、この温かい時間、愛する家族と過ごす何にも代えがたい日々だったのだ。其の日の翌朝、サラは彼女が研究に使っている秘密の地下室へ向かった。彼女の胸には、もう迷いはなかった。
「……星辰のコイン。貴方の力は、私には重過ぎる」
彼女はコインを掌に載せ、静かに語りかけた。彼女の左目に宿る彗星の魔眼が、深い藍色の光を放ち、コインの紋様と共鳴する。
彼女は其のコインを、自身の匣の中に安置した。それは、漆黒の隕石の様な外見で、表面には無数の星屑が閉じ込められている。
「此処なら、貴方の力は誰にも害をなさないね……そして、君の真実を、私は何時か……必ず解き明かしてみせるさ。」
その時、彼女の領域である宇宙空間の中心、最も輝く恒星の傍らに、新たな星が生まれたかの様な光が輝いた。それは、彼女の心が穏やかな時に現れる現象だ。彼女は結局、コインの力を手放した。然し彼女は、何も失っていなかった。寧ろ、本当に大切なものに気づき、心を豊かにする事ができた。
「ふふふ、綺麗な月だ。」
そして其の夜、満月が空に輝き、月の竪琴の音色が、静かに世界を満たしていく。
あれから数年が経った。サラは相変わらず、研究と家族との時間を大切に過ごしていた。ユラとキラはすっかり大きくなり、それぞれが持つ才能を花開かせ始めていた。ユラとキラは芸術の才能を遺憾なく発揮している。
「ユラちゃん、キラちゃん、夕食よー。」
サラがキッチンから声をかけると、二人は元気よく返事をした。
「はい。」
「今、行くよ。」
食卓にはサラが手作りした料理が並び、三人で賑やかに団欒の時間を過ごす。サラはそんな日常が何よりも幸せだ。食後の片付けを終え、サラは自室に戻った。窓の外には、満月が煌々と輝いている。その光は、彼女の左瞳に宿る彗星の魔眼を優しく照らしていた。
「ふふふ、綺麗な月だ」
彼女は月の竪琴を取り出し、静かに弦を弾き始めた。竪琴から放たれる音色は、月の神秘を宿し戦場を支配する力を持つ。然し今、彼女が奏でる音色は、只々優しく穏やかだった。その音色は、屋敷全体を優しく包み込み、家族の心に安らぎを与えていた。すると音楽に誘われるように、ユラとキラが部屋に入ってきた。
「母さんの竪琴の音、大好き」
ユラがそう言うと、キラも寄り添う様にサラの膝に顔を埋めた。サラは、そっと二人の頭を撫でる。
「有難う。でも、君達の才能も凄いじゃないか。二人とも、私よりもずっと素晴らしい」
「だって、私達は母さんの子供だから」
その言葉に、サラは胸の奥が温かくなるのを感じた。その日の夜、サラは夢を見た。それは、嘗て彼女が「星辰のコイン」を匣に収めた時の夢だった。夢の中の彼女は、コインを手に持ち葛藤に揺れている。その手は震え、心の中では破壊衝動と家族への愛情が激しくぶつかり合っていた。
然し夢の最後に現れたのは、成長したユラとキラの笑顔だ。彼女達の笑顔が、サラの心を温かく満たす。そして彼女は、迷いを捨てコインを匣に収めた。
夢から覚めると、外はまだ夜明け前だ。サラはそっとベッドを抜け出し、秘密の地下室へ向う。彼女の胸には、夢で感じた温かさが残る。地下室の中央には、漆黒の隕石の様な匣が鎮座している。サラは匣に手を翳し静かに語りかけた。
「……星辰のコイン、君は私に、本当に大切な事を教えてくれた」
彼女の左瞳に宿る彗星の魔眼が、微かに輝きを増した。それは、彼女の持つ「彗星」の幻想が、コインの真実を解き明かした事を示していた。
「君は、使う者の本質を増幅させる……破壊だけじゃなく、愛情も希望も、全てを増幅させる」
彼女が気づいたのは、コインが持つ本質の増幅という特性は悪性だけでなく、善性にも作用するという事だ。大魔術師ゼノスは、彼の欲望を増幅させた。然し、もしも愛情や希望が強ければ、その力は世界をより良い方向へと導く力になるのかもしれない。
「私は家族への愛情を、もっともっと大きくしたい……そして、その力で、皆を守りたい。」
サラは再び匣に手を翳し、彼女の想いを注ぎ込む。すると匣の表面に、無数の星屑が煌めき、内部からは純粋な藍色と紅の光が溢れ出す。
その時、彼女の闇喰であるオフィウクス/アストライオスが、彼女の心に語りかけてきた。
『サラ、貴女は強くなった……もう、私達が抑制する必要はない。貴女の愛情が、全ての危険を凌駕する』
それは彼女の闇喰が、彼女の成長を認めた瞬間だった。
「有難う……君達にも、本当に感謝しているよ……もう、怖くない……この力は私が、大切にするものを守る為に使ってみせよう。」
サラは匣を開け、再び「星辰のコイン」を手に取った。そのコインは、以前の様な危険な魔力は放っておらず、温かく優しい光を放っていた。其れは彼女の愛情が、コインの力を変容させた事を意味していた。彼女はコインを握り締め、静かに決意したのだった。
某日、アルバエレミア家の屋敷にて――
「いやぁ、今日も綺麗だ。」
夜空には月の光が降り注ぐ。サラはその日も、自室で天文観測儀を覗き込み、夜空の神秘に心を奪われていた。彼女にとって、星々は研究対象であり、愛すべき友人でもあった。その日、彼女が見つけたのは、空から落ちてくる一筋の光。まるで月に千切られた欠片の様に、それは地上へと降り注いだ。
「えっ……ちょ、一寸……何なんだい!?」
慌てて屋外に出たサラが目にしたのは、クレーターのように抉られた大地の中央に横たわる、掌程の大きさの、淡く輝く月の欠片だった。触れてみると其処から微かな温もりと、まるで誰かの心臓の鼓動の様な脈動が伝わってくる。
「あ、暖かい……え?」
次の瞬間――欠片は光に包まれ、中から一人の子供が生まれた。その肌は月の光を映したように白く、瞳は夜空の星々を閉じ込めたようにきらきらと輝いていた。
「こ……こど、も……?欠片から……子供が生まれた……。」
子供は、何も話さなかった。只、サラの胸に抱かれると、安心した様に目を閉じた。
「ヤダ可愛い!」
サラは、この不思議な子供をコメットと名付けた。コメットは言葉を持たなかったが、月と心を通わせる不思議な能力を持っていた。夜になるとコメットは窓辺に立ち、月に向かって手を伸ばす。すると、月の光がコメットを優しく包み込み、まるで会話しているかの様に光が揺らめいた。
「コメット、君は月の力があるんだねぇ、凄いや。」
しかし、ある日を境に、月の光が弱まり始めた。コメットは不安そうに月を見上げるが、その輝きはどんどん薄れていく。それに呼応する様に、世界にも異変が起こり始めた。作物は枯れ、動物達は静かに姿を消し、人々は原因不明の病に苦しみ始めた。
「父さん、これは…?」
サラは実父であるロインに、此の異変の原因を尋ねた。ロインは、遥か昔の文献を広げながら、静かに語り始めた。
「月に蓄えられた力が、何らかの原因で失われたようだ。そしてその力は、星の欠片として世界中に散らばってしまったらしい。月の力が失われれば、この世界は滅んでしまうだろう。」
その言葉を聞いたコメットは、小さな手を握りしめ、決意の光をその目に宿した。
「コメットが行く。月の力を取り戻す為に、星の欠片を探しに。」
サラはステラの決意を尊重し、旅の準備を整えた。彼女は、ステラを一人では行かせない。自分も共に旅に出て、コメットと此の世界を守ると決めたのだ。
旅の始まりは月の光が最も弱い、新月の夜だった。天文観測儀を手に、サラはステラと共に第一の星の欠片が落ちたという、北方の凍てついた山脈を目指した。
道中、ステラは時折空を見上げ、弱々しい月に向かって手を振る。その姿を見るたびに、サラは胸が締め付けられる思いだった。
「コメット、大丈夫。必ず、月の力は元に戻るよ。」
サラが優しく声をかけると、コメットはにこりと微笑み、サラの手を握り締めた。その小さな手から伝わる温もりが、サラの心を温めてくれた。
凍てついた山脈に辿り着いた二人を待ち受けていたのは、吹雪と氷の精霊達だった。星の欠片は、強大な魔力を持つ者を守り手として選ぶ事がある。この欠片の守り手は、吹雪其の物を操る強大な氷の精霊だ。
「やったぁ!サンプルゲットだ!」
サラは目を輝かせ、月光花の杖を構えた。彼女にとって未知の精霊との遭遇は、研究者としての好奇心を掻き立てる絶好の機会だった。
然し精霊の力は想像以上に強力で、吹雪は視界を奪い、氷の棘が容赦なく降り注ぐ。サラは星月の剣を抜き、迫りくる氷の棘を斬り裂いていくが、その数は減るどころか増していく。
「此の儘では埒が明かないね……。」
サラは天文観測儀で風の流れと魔力の波動を解析し、氷の精霊の核の位置を特定した。そして月光花の杖を構え、天に向けて高く掲げた。
「我が幻想の盟友よ、今こそ姿を現せ!彗星銀河団!」
サラの呼びかけに応じ、夜空の彼方から無数の星の光が降り注いだ。それは小さな惑星や恒星、そして月の欠片の姿をした精霊たちだった。彼らはサラの周囲を舞い、其々の天体の性質に応じた能力を行使した。灼熱の炎、幻術、重力操作……。それらが一斉に氷の精霊に襲い掛かった。
炎が氷を溶かし、重力が動きを封じ、幻術が精霊の意識を惑わせる。その隙を突きサラは一瞬で精霊の懐に飛び込み、星月の剣を突き立てた。精霊は悲鳴を上げ、その身を氷の粒子へと変え乍ら消えていった。
精霊がいた場所には、美しい氷の結晶に包まれた星の欠片が輝いていた。コメットがそれに触れると、欠片は淡い光を放ち、コメットの胸元へと吸い込まれていく。同時にコメットの身体から力が漲り、彼の瞳は一層輝きを増した。
「一つ、手に入れたね。」
サラは満足そうに微笑んだ。然し彼女の視線は既に、次の目的地へと向かっていた。
次の星の欠片は、砂漠の古代遺跡に隠されていた。そこは灼熱の太陽が降り注ぐ死の土地だった。遺跡の入り口で、二人は一人の男と出会った。男は全身を黒いローブで覆い、顔には不気味な仮面をつけていた。
「……彗星の龍神か……星の欠片を求めるのか?然し!其れは我々の物だ!」
男はそう言って、掌から黒い炎をサラに放った。その炎は、触れたものを一瞬で灰にする恐ろしい力を持っていた。
「くっ……厄介な魔法使いだね。」
サラは黄道十二星座の力を借り、水の盾を作り出して炎を防いだ。然し男の攻撃は止まらない。
「くぅっ強いっ!!……父さん達みたいにはいかないなぁ……!」
サラは自嘲気味に呟き乍ら、男の攻撃を冷静に分析していた。この男は星の欠片の力を利用し、世界を支配しようと目論む「闇の星霊術師」の一人だ。彼らは散らばった星の欠片を悪用し、自分たちの力を増幅させようとしていたのだ。
勿論男の魔法は強力だったが、サラは常に軽薄な雰囲気を一切崩さず飄々と応戦した。彼女の左目に宿る彗星の魔眼が、男の未来に不穏な影を映し出す。
「君の未来は、既に決まっている。不義をなした者に、運命的な制裁を。」
サラはそう言って、三日月の魔弓を構えた。光の矢を番え、男に向かって放つ。矢は追跡機能を持ち、男がどれだけ逃げようとも、執拗に追いかける。
「くぅっ!!」
男は逃走を試みるが、既にサラの魔眼によって運気が低下し、足元の砂が突然崩れ転倒した。その隙を突き、光の矢が男の胸に突き刺さる。矢は爆発四散し、男のローブは跡形もなく吹き飛んだ。
「はぁ……何とかなったぁ……。」
「欠片……欠片はどうなった?」
男が消えた後には、太陽の熱を帯びた星の欠片が残されていた。ステラがそれに触れると、欠片はステラへと吸い込まれ、彼女の身体に温かい力が満ちていく。
「よぉし、もう少しだ。」
「うん、あと一息だ。」
最後の星の欠片は、世界の中心にある「月の神殿」に隠されていた。然し神殿の入り口は、強大な結界に守られていた。結界を破る為に、サラは月の竪琴を奏で始めた。
「星の光は、月の光と共にある。月の光は、星々の力を呼び覚ます。この音色よ、結界を解き放て!」
奏でられる音色は、聞く者の魂に直接響き渡る様な美しさを持ち、幻想的な光の粒子が舞い散る。竪琴の音色が結界に触れると、結界は罅割れ、軈て砕け散った。
神殿の最深部には、月の欠片を守る一人の女性がいた。彼女は、月の巫女だ。彼女もまた、月の力が弱まっている事を知っていたが、星の欠片が悪用されることを恐れ、神殿に引きこもっていたのだ。
「星の欠片を…渡す訳にはいきません。その力は、あまりにも危険すぎる。」
巫女はそう言って、神殿に蓄えられた月の力で、サラとステラを攻撃した。サラは星月の雫を使い、周囲に銀色の濃霧を発生させた。霧の中にいる巫女は、正体不明の怪物が襲いかかる幻覚に苦しみ精神が錯乱していく。
「私は、君を傷つけたくない。只、月の力を元に戻したいだけ。」
サラは月光花の杖を構え、癒しの光を放った。その光は、カミラの精神を鎮め、幻覚を打ち消していった。
巫女は混乱し乍らも、サラの瞳の奥に悪意がない事を見抜いた。そして、ステラが月に手を伸ばす姿を見て、彼女の使命が真実である事を悟った。
「……分かりました。月の欠片は、貴女達の物です。どうか、この世界を救ってください。」
巫女はそう言って、最後の星の欠片を差し出した。それは、夜空の月を其の儘切り取ったかの様な、最も大きな欠片だ。ステラが最後の欠片に触れると、彼の身体は月の光に包まれ、宙に浮き上がった。
「あっ、コメット……身体が……!」
「あぁ……そろそろ、お別れみたいだ。」
どうやらコメットは、月と一体になる時が来たらしい。元は月の一部だったのだ、サラも彼との別れが来る事を察知した。彼女は僅かに顔を歪ませ、今にも泣きそうになっている。
「……!そうか、また……会える?」
「さぁね……けれど、君の事を何時も見守っているよ。」
「うん……うん……またね、コメット。」
そして彼の身体から、無数の光の粒子が放たれ、夜空へと昇っていく。光の粒子は弱々しい月の光と融合し、月は再び輝きを取り戻した。月の光が世界を再び照らし始める。枯れた大地には作物が芽吹き、動物達は静かに姿を現し、人々は笑顔を取り戻した。
月の力を取り戻したコメットは、月の光其の物になり世界を見守る存在となったのだ。サラは嬉しくも寂しそうな表情で、コメットの結末を見届けた。
旅を終え自宅に戻ったサラは、天文観測儀を覗き込み、夜空に輝く月を見つめた。其処には以前よりも強く、そして優しく輝く月があった。
「コメット……綺麗だ。」
サラが呟くと、月は一瞬だが強く瞬き、まるで返事をするかの様に輝いた。無数の星々が瞬く中で、彼女は静かに微笑んだ。
「ふふふ……さぁ、次の研究を始めましょうか。」
彼女の好奇心と探究心は尽きる事がない。新たな星の物語が、今、始まろうとしていたのだった。




