猫人族の村へ
ある日。
シェリーが言った。
「お願いある」
エリックは顔を上げた。
作業の手を止める。
「お願い?」
「うん」
少しだけ間。
シェリーは視線を逸らした。
「私の村に来てほしい」
「村?」
「うん」
エリックは聞き返す。
「どこにある?」
「森の奥」
「森?」
「猫人族の村」
エリックは少し考えた。
「猫人族の?」
「うん」
また少し沈黙。
「理由は?」
シェリーは小さく息を吐いた。
「……助けてほしい」
「何を」
「全部」
エリックは眉をひそめる。
「ざっくりだな」
「うん。でも本当」
理由を聞く。
猫人族は差別される。
街では仕事がない。
あっても、安い労働。
危険な仕事。
汚れる仕事。
賃金は低い。
「だから村に戻る人も多い」
「なるほど」
「でも村も貧しい」
「循環してるな」
「悪い方にね」
シェリーは苦笑した。
「食べ物も少ない」
「冬は?」
「きつい」
「子どもは?」
「……痩せてる」
少しだけ沈黙。
「でも」
シェリーは顔を上げた。
「あなたの作る物があれば村助かる」
エリックは首をかしげる。
「俺の?」
「うん」
「なんでそう思う」
「見てきたから」
「何を」
「全部」
エリックは少し考えた。
それから頷いた。
「行こう」
シェリーは目を見開いた。
「ほんと?」
「うん」
「いいの?」
「いい」
「迷わないの?」
「迷う理由がない」
「なんで?」
エリックはあっさり言った。
「従業員欲しいし」
「現実的」
「大事だぞ」
「夢とかじゃないのね」
「夢は飯にならない」
「ひどい」
「正しい」
シェリーは笑った。
少しだけ安心した顔。
⸻
森の中。
深い森。
木が高い。
光が少ない。
道は細い。
ほとんど獣道。
「遠いな」
「でしょ」
「よく通ってたな」
「慣れてるから」
「俺は慣れない」
「そのうちね」
しばらく歩く。
音が増える。
人の気配。
猫人族の村。
小さかった。
思っていたより、ずっと小さい。
掘立小屋。
古い木材。
屋根は歪んでいる。
壁に隙間。
煙は細い。
火も弱い。
人々は痩せていた。
目だけが大きい。
子どもがこちらを見る。
すぐ隠れる。
「……厳しいな」
「うん」
村長が出てきた。
年老いた猫人。
目が鋭い。
「人族?」
警戒。
露骨な警戒。
周囲もざわつく。
シェリーが前に出る。
「大丈夫。この人すごい」
「すごい?」
「うん」
村長はエリックを見る。
上から下まで。
「何が」
エリックは言った。
「石鹸作れます」
一瞬静まる。
それから。
ざわつき。
「嘘だ」
「聞いたことない」
「人族の道具だろ」
エリックは肩をすくめる。
「見せます」
材料を集める。
油。
動物の脂。
灰。
木の灰。
水。
混ぜる。
煮る。
匂いが立つ。
村人が距離を取る。
「くさい」
「工程です」
時間がかかる。
一日。
二日。
三日。
固まる。
エリックはそれを切った。
石鹸完成。
村人が近づく。
恐る恐る。
触る。
「……硬い」
水をかける。
擦る。
泡。
白い泡。
「泡立つ」
「本物だ」
「すごい」
子どもが笑う。
初めて笑う。
エリックは言った。
「これ作って売ろう」
「売る?」
「街で」
「買うのか?」
「買う」
「本当に?」
「品質次第」
「これで?」
「改良すればいける」
村長が聞く。
「条件は」
エリックは即答。
「利益半分」
またざわつき。
「半分?」
「多すぎないか」
「いや少ない?」
エリックは続ける。
「原料管理、製法、販路は俺がやる」
「……なるほど」
「働く人はそっちで用意」
「できる」
「子どもはダメ」
「わかっている」
「安全第一」
「……人族なのに」
「関係ない」
少し沈黙。
村長は涙ぐんだ。
「救い主だ」
エリックは首を振った。
「違う」
「?」
「ただのものづくり好き」
「それでここまでやるのか」
「楽しいから」
「変わっている」
「よく言われる」
シェリーが小さく笑う。
⸻
こうして。
猫人族の村は。
少しずつ変わった。
石鹸工房になった。
火が増えた。
煙が増えた。
人の声が増えた。
作る。
混ぜる。
切る。
繰り返す。
失敗もする。
焦げる。
固まらない。
エリックは直す。
教える。
村人は覚える。
少しずつ。
泡は増えた。
品質も上がった。
街に運ぶ。
最初は疑われる。
でも売れる。
少しずつ。
お金が入る。
食べ物が増える。
顔色が良くなる。
子どもが笑う。
よく笑う。
そしてシェリーは思った。
この人。
やっぱり変人。
でも。
悪くない変人。




