香水
エリックは山に入り、ただ花を摘んでいるわけではない。
どの花がいつ咲き、どの時間帯に香りが最も強くなるのか記録していた。
だがすぐに報われることはなかった。
摘んできた花を束ねて売っても、山奥の村では大した値にはならない。
ある日、ふとした思いつきのようにエリックが口にした。
「次は香水だ」
唐突な言葉に、シェリーは思わず眉をひそめた。
「なんで?」
「貴族向けだ。花より、香りの方が長く残るし、運びやすい」
本当に作れるのか。シェリーも、リオも半信半疑だった。
最初の試みは失敗だった。
鍋で花を煮ただけでは、香りはすぐに飛ぶ。
残ったのは色の抜けた花びらと、どこか青臭い水。
期待していたような芳香とは程遠い。
「やっぱり無理なんじゃ…」
シェリーが呟くと、エリックは首を横に振った。
「違う。やり方があるはずだ」
何度も試行錯誤を繰り返した。
火加減、水の量を調整、花の種類を組み合わせる。
山に入り直しては新しい花を採り、また失敗。
エリックは、水蒸気で蒸す方法にたどり着く。
道具を組み合わせて即席の蒸留器を作り、慎重に火を入れる。
立ちのぼる蒸気が冷やされ、ぽたり、ぽたりと液体になって落ちる。
「これが…?」
シェリーが瓶を覗き込む。
エリックは静かに頷いた。
「精油だ」
透明な液体を小さな瓶に詰める。
三人は顔を寄せ合い、恐る恐る香りを確かめた。
ふわりと、甘く柔らかな香りが広がる。
「甘くていい香り…!」
シェリーの表情がほころぶ。
リオも驚いたように目を見開き、すぐに笑みを浮かべる。
「王都に流せば大ヒット」
だが、順調にいくかと思われた矢先、別の問題が浮かび上がる。
香りが安定しない。
日によって微妙に違い、強すぎたり弱すぎたり。
「商品にするなら、毎回同じ品質じゃないと」
エリックはそう言って、さらに研究を続けた。
花の配合、抽出時間、保存方法
——細かな調整を重ね、納得のいく香りにたどり着く。
そして最後に残ったのは、名前だった。
「名前、どうする?」
リオが尋ねると、エリックはしばらく考え込む。
山の朝露、陽だまりの温もり、風に揺れる花々——そのすべてを閉じ込めた香り。
シェリーがぽつりと呟いた。
「山の記憶、みたいな香り」
エリックは小さく笑う。
「いいな。それにしよう」
山の花から生まれた香水は名を与えられ、やがて王都へと運ばれていく。
“ヒット”するかどうかは、まだ誰にも分からない。




