領地の視察
数日後。
エリックは馬車に揺られていた。
木製の車輪がゴトゴトと音を立てる。
道は舗装されておらず、振動がそのまま体に伝わる。
隣にはシェリー。
少し不安そうな顔で外を見ている。
向かいにはリオ。
腕を組み、いつも通り冷静な表情。
護衛の騎士が口を開いた。
「もうすぐ到着します」
少し間を置いて。
「ここが、エリック様の領地……男爵領です」
馬車がゆっくりと止まる。
⸻
扉が開いた。
三人は外に出る。
そして――
沈黙。
風の音だけが聞こえる。
シェリーがぽつりと言った。
「……何もない」
エリックも周囲を見渡す。
荒野。
乾いた土。
まばらな草。
遠くに小さな村。
近づいて見れば――
家はボロボロ。
屋根は崩れかけ。
壁もひびだらけ。
リオが淡々と言う。
「人口、ざっと300くらい」
「少な……」
シェリーが小声で呟く。
⸻
村人たちが遠巻きに見ている。
ざわざわとした空気。
やがて一人が恐る恐る近づいてきた。
年老いた男。
杖をついている。
「……男爵様、でしょうか」
エリックは一瞬だけ考え――
すぐに笑った。
「エリックでいいよ」
村人たちがざわつく。
「え……?」
「様付けしなくていいのか……?」
村長らしき男が深く頭を下げた。
「この村の長です」
「よろしく」
「……この村は貧しくて」
声に力がない。
⸻
エリックは改めて周囲を見る。
水場は見えない。
井戸も少ない。
畑は小さい。
作物もまばら。
道は土。
雨が降ればぬかるむのがすぐに想像できる。
シェリーが小さく言った。
「これ……かなり大変そう」
リオも頷く。
「インフラがほぼゼロですね」
⸻
だが。
エリックは――
笑っていた。
「最高じゃん」
シェリーとリオが同時に振り向く。
「え?」
「は?」
エリックはニヤリと笑う。
「何もないってことは」
二人が首をかしげる。
「?」
「全部作れるってことだろ」
一瞬の沈黙。
リオが小さく言った。
「……始まりましたね」
シェリーがため息。
「まただよこの人」
エリックは楽しそうだった。
⸻
最初の会議。
場所は村の集会所。
古びた木造の建物。
テーブルも椅子もガタガタ。
集まったのは――
エリック。
シェリー。
リオ。
そして村長。
数人の村人も後ろで見ている。
⸻
村長が口を開いた。
「まず……一番の問題ですが」
少し間を置く。
「水です」
エリックが頷く。
「やっぱり」
⸻
村長が説明する。
井戸の数が少ない。
しかも浅い。
水量が安定しない。
「水場は遠くの川まで行くしかなくて……」
村人が補足する。
「往復でかなり時間がかかります」
別の村人。
「毎日、水を運ぶだけで半日潰れます」
シェリーが驚く。
「そんなに……?」
⸻
エリックは少し考えて。
すぐに言った。
「水道作ろう」
一同。
「?」
完全に止まる。
村長が聞き返す。
「すいどう……?」
シェリーも首をかしげる。
「水道ってあの水道?」
リオだけが反応した。
「ああ……水を引くのか」
エリックは頷く。
「そう」
⸻
「山に川あったよな」
村長がすぐに答える。
「はい、あります」
「じゃあそこから引く」
村人たちがざわつく。
「そんなこと……」
「できるのか?」
「水が流れてくるってことか?」
⸻
エリックは軽く言った。
「いけるいける」
自信満々。
「YouTubeで見たし」
シェリーがすかさず突っ込む。
「またそれ!?」
リオが小さく呟く。
「出ました、謎の知識源」
⸻
山。
少し登った先。
川が流れている。
透明な水。
流れは安定している。
エリックが指差した。
「ここから取る」
⸻
作業開始。
竹を切る。
木を削る。
簡単な管を作る。
中をくり抜く。
繋げる。
延ばす。
村人たちも手伝い始める。
最初は半信半疑。
だが――
「こうやるのか」
「面白いな」
「水が流れる道を作るのか」
少しずつ理解していく。
⸻
リオは地面を見ながら言う。
「勾配、大丈夫です」
「高低差は十分」
「自然に流れます」
エリックが親指を立てる。
「ナイス」
⸻
シェリーは資材を運ぶ。
汗を拭きながら言う。
「これ……結構大変だね」
エリックが笑う。
「でも夢あるだろ」
「まあね」
少し笑う。
⸻
数日後。
村の広場。
簡易的な蛇口のような装置。
周囲に村人が集まる。
ざわざわ。
「本当に出るのか?」
「いや無理だろ……」
「でもここまで繋がってるぞ」
⸻
エリックが前に出る。
「じゃあ、開けて」
村長が震える手で木の栓を握る。
一瞬ためらう。
そして――
引き抜いた。
⸻
次の瞬間。
ジャー……
水が流れ出した。
全員、固まる。
音だけが響く。
子供が叫んだ。
「水だ!!」
別の子も走る。
「水が出てる!!」
⸻
村人たちが一斉に近づく。
手を伸ばす。
触る。
「冷たい……」
「本物だ……」
「ここで水が……」
⸻
村長が震えていた。
目に涙。
「こんな……こんなことが……」
「奇跡だ……」
⸻
シェリーが感動した顔で言う。
「すごい……本当にできた」
リオも静かに頷く。
「インフラ整備、第一段階成功ですね」
エリックは満足そうに笑った。
「よし」
そして言う。
「次は石鹸」
村人たち。
「???」
完全に理解が追いついていない。
⸻
リオが補足する。
「衛生環境の改善です」
「病気の予防になります」
シェリーも言う。
「手を洗うってすごく大事なんだよ」
村人たちは顔を見合わせる。
「手を……洗う?」
「水は飲むものでは……?」
エリックはニヤリと笑う。
「ここからが本番だ」




