5、招かれざる客
「おおおおおっ!! ヴァイオレットたんコースターと兵長のコースターだ! しかも5種コンプリートセットッ!!」
小躍りして歓喜の舞を踊る第二王子に、護衛が自分のコースターを差し出した。キング・ゴーラのコースターだった。
「殿下、どうぞ。後方のテーブルには手乗りヴァイオレットたん人形がございます」
「よ、よいのか……?」
震える手で第二王子がコースターを受け取る。
「我らは物販店でヴァイオレットたんグッズを買うという任務を果たせませんでした。お詫びにもなりませんが、せめて」
「おまえの忠誠に感謝する。そうだ、礼として何かを授けよう。領」
語尾が終わらぬうちに、パカーン、と王妃が扇子で第二王子の頭を叩く。
「なんて軽い音でしょう。わたくしの二番目の息子は風魔法の天才と名高いのに、頭は軽かったのですね」
ジロリ、と王妃が第二王子を睨む。
夏の陽のように攻撃的な王妃の眼差しを直視できずに第二王子が顔を逸らす。原因はわかっている。喜びのあまり、思わず王子領の一部の領地を授けようとした王族にあるまじき自分の浅慮が悪いのだ。『ラスボス劇場』の衝撃で浮かれすぎているが本質的には第二王子は英邁なのである。
護衛は騎士家系の下級貴族であるが空気を読める男であった。すかさず第二王子の失態未遂に助け舟を出して補った。
「殿下。たかがコースターの一枚です。礼など不要にございます。それでもとおっしゃっるのならば、褒美として休暇を一日ちょうだいしたく存じます」
無難な提案にホッと第二王子が胸を撫で下ろす。
「それでいいのか?」
「はい。十分でございます」
シゴデキの良い護衛である。
顔も良い。若くてハンサムで王子の護衛という職業で気配り上手。さぞや女性にもてるのでしょう? と言われがちだがそこは第二王子の護衛。プレートアーマーに美少女キャラのデコレーションを注文したのはこの男である。オリヴィアのせいで三次元の女性には興味を持てない性癖になってしまっていた。きっと両親は泣いている、ということはない。両親も同類なのだ。デコレーションの注文用紙には男の父親の名前が二番目、長兄の名前が三番目に輝いているのだから。
仕方ない。
オリヴィアの娯楽は一度でも触れてしまうと世界が変わるほどに強烈なのだ。いわば前世の中世時代と現代時代とのリアルな差の科学や技術を含めた物理的な現れである。
貴族用は高級だが、無料で観れる月に一回の野外映画もある。庶民のための王都やローエングリム領都にある物販店は、材質を落とした大量生産品なので価格が低くくて入手もしやすい。
特にオリヴィア発案のゲームの各種は爆発的な大流行をしているのだ。
人々は磁石に吸い寄せられる砂鉄のように夢中になってしまっていた。
オリヴィアが提供するものは、それまでの生活が色褪せてしまう威力があるのだ。
信じられないくらいに美味しく。
信じられないくらいに楽しく。
まるで眩しい明日のように。
全てが新鮮で興味深くて忘れられなくなってしまうのである。
この2年間で、湯水に全身が浸るみたいに人生に彩りを与えてくれるものとして人々に認識されるようになっていた。
故にサヴァラーム王国はもちろん周辺諸国でもオリヴィアの名声は高まる一方であった。
その隣国の王子もオリヴィアの名声に惹かれた一人だった。溺れたのか、あるいは利用したいのか。目的は不明であるが、『ラスボス劇場』にズカズカと事前の連絡もなしで訪問をしてくる無礼さにローエングリム公爵夫妻は腹わたが煮えくりかえっていた。
「隣国の第三王子だね。名前はパーシヴァル・ピロス・プローダ・ペーリジンヌだったはず」
二階の廊下から階下のロビーを見下してカイゼクスが言った。
「…………パピプペンヌ?」
手に愛用の小釜ちゃんを持ったオリヴィアが非常に残念な返答をする。オリヴィアは関心のないことは覚えない。覚える気かないのだ。
白い結婚をした当初はオリヴィアだってオリヴィアなりに頑張っていたのだ。しかしローエングリム公爵家の皆々から甘やかされて、本来のお気楽でゆるにゃんな性格に戻ってしまっていた。
「ぐふっ」
カロリーヌが喉が詰まったみたいな笑い声をもらす。
「パピプペンヌ……! ふ、ふふふ。オリヴィア、知ってる? 隣国の第二王子の名前はガイウス・ギャリアン・グル・ゲートゴームだよ」
たまらずカイゼクスも笑ってしまう。
「ガギグゲゴム? だって長いし、そう聞こえるんだもん。ね、小釜ちゃん」
小釜ちゃんに同意を求めるように頬ずりをするオリヴィア。
苦節12年。
オリヴィアの膨大な魔力を注ぎ続けられた小釜ちゃんは、ミラクルチェンジして鉄の小釜から魔法の小釜ちゃんに驚異のビフォーアフターをしていた。
材料を入れてオリヴィアの魔法を注ぐと、なんと3分で酒を造ってしまうのである。材料によってブランデーやカルヴァドスなどの多種多様な造酒が可能であり、熟成すら成してしまう超絶有能な唯一無二の小釜ちゃんを一部の人々は【神器】と称えていた。
キング・ゴーラのコースターでオリヴィアの美酒に交換希望をする者が予想以上に多かったために、小釜ちゃんで増産しようと移動しているところにロビーの様子を見てしまった3人であった。
一階の永久凍土のツンドラ地帯と化したロビーでは、微笑んでいるが目が笑っていないローエングリム公爵夫妻とパーシヴァル王子がお互いに譲らずに対峙していた。
相手が隣国の王族なので、王太子も同席している。
アポ無し突撃である礼儀を欠いたパーシヴァル王子には、映画を見終わってからの対面でもお釣りがくる、と王太子も立腹していた。
「私は参戦しなくてもいいの?」
オリヴィアがロビーを指差す。
「ダメ。危険だから」
冷え冷えとカイゼクスが却下する。
「そうよ。二階から見学しましょう。オリヴィアが出るとかえって邪魔になるわ」
オリヴィアのポンコツさは邪魔になる、と残酷な事実をカロリーヌが言う。オリヴィアはオリヴィアで自覚があるのでアッサリと頷いた。
「はーい。あ、見て。サヴァラーム王国の貴族たちも礼儀ギリギリのラインで控えめにパピプペンヌ王子を取り囲み始めたわ。キング・ゴーラの最後の場面みたい」
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