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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村英之
第三章:テリヤキ・エクスプロージョン編
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セラフィナの祈り

※生きることは、食べることという物語です。

「『無菌の審判』か……。父上の考えそうなことだ。

制御できぬ生命など、無菌室に散布されたウイルスと同じだと考えているのか」


グリードはかつて塔の執行官として、その兵器の存在を秘匿された記録の中で知っていた。


それは、アーサーが娘を救えなかった絶望を、世界規模で再演するための「強制終了ボタン」なのだ。


それは、地表に残してきた愛すべき者

――カイザーにとっては娘同然のパートナーであるタナトスの死をも意味していた。


「タナトス……。

お前を、あんな冷たい光の中で死なせるわけにはいかん」


カイザーの駆る深紅の天使イプシロンが、怒りに燃えるようにブースターを吹かした。


「どうする、グリード?」


カイザーの問いに、グリードは不敵な、しかし覚悟に満ちた笑みを浮かべた。


「決まっている。ミサイルの発射口を叩き潰す。

ネメシス! 機体の全エネルギーをブースターと主砲に回せ。

カイザー、貴様の『氷』で弾道を一度だけ逸らせろ。その隙に、私が『心臓』をブチ抜く!」


「了解、シスコン・マスター。……最高に悪趣味な晩餐会になりそうですね」


漆黒と深紅。二機の天使が、惑星の命運をかけて、白熱する加速砲の銃身へと突入を開始した。


真空の宇宙を、二筋の光が切り裂く。

漆黒の〈オメガ〉を駆るグリードと、深紅のイプシロンを駆るカイザー。


背後に青白い炎を長く引き、二機はレグナス・コアが展開した

「拒絶の壁」――数万の自律型防衛ドローンの群れへと突っ込んだ。


「邪魔だ! 下がれ、父上の人形共め!」


グリードが叫ぶ。


〈オメガ〉の主砲が連射され、光の礫がドローンを次々と塵に変えていく。


だが、要塞の心臓部から次々と供給されるドローンの壁は厚く、

準光速ミサイルの発射カウントダウンは無情にも進んでいく。


「発射まで残り六十秒!砲身内のエネルギー、臨界点を突破しました!」


ネメシスの警告が響く。

要塞の先端に位置する巨大な加速砲が、眩い白銀の輝きを放ち始めた。


「カイザー、今だ!」


「承知した……。凍りつけ、絶望の産声!」


カイザーの機体から、高出力の冷却エーテルが放射される。


それは宇宙の絶対零度をも上回る、因果を凍結させる「氷」。


放射された冷気が巨大な加速砲の銃身にまとわりつき、超高熱のエネルギーと干渉して

空間を激しく歪ませた。


その瞬間、発射された準光速ミサイルの弾道が、凍結による空間の歪みによって僅かに逸れた。


惑星レグナスを直撃するはずだった死の鉄槌が、星の重力圏をかすめる軌道へと書き換えられる。


「ネメシス!我が魂を、加速の糧とせよ!」


グリードは機体のリミッターを完全に解除した。


推進剤が尽き、装甲が摩擦熱(エーテル抵抗)で赤熱する中、〈オメガ〉は漆黒の彗星となり、

ミサイルの発射口――すなわち、アーサーの意識が眠る中枢ブロックへと突き進んだ。


その頃、要塞内部のメイン・チェンバー。


異形へと成り果てたアーサーの前に、シオンは立っていた。


シオンの隣では、セラの姿がこれまでにないほど強く、そして温かな光を放ち始めていた。


その姿が大きくぶれた。

そこにはセラよりも幼い少女のホログラフ姿があった。


『……お父様。もう、やめて』


それは死んだはずの「セラフィナ」の声。


システムが合成した電子音ではなく、三〇〇年前に失われた「セラフィナ」としての、

生々しく、潤いに満ちた響きだった。


「……セ、セラフィナ……? なぜだ、なぜお前が、あの『不潔な少年』の味方をする……。

私はお前のために、この清潔な静寂を……」


『違うわ、お父様。あなたが愛してくれた私は、誰もいない冷たい静寂なんて望んでいない」


セラフィナは語る。


「……お腹が空いて、泥にまみれても、それでも誰かと笑って「美味しいね」って言い合える……

そんな、なんてことのない「明日」が欲しかったの」


そして。


「……あなたが閉じ込めたのは、私じゃない。あなたの「悲しみ」そのものよ』


それは、電子の海に溶けていたセラフィナの魂の断片による、切実な祈りだった。


彼女の思念が、アーサーの妄執に侵されていた管理プログラムを浄化していく。


悪魔のように歪んでいたアーサーのホログラムが、一瞬、ノイズの向こうで

「ただの父親」の表情に戻った。


「私は……。私はただ、お前に……もう二度と、あんな思いを……」


『分かっているわ。……だから、もう休んで。お父様のスープは、もう十分に温まったから』


「セラフィナ」の祈りが、要塞全域を包み込む。


狂気に支配されていた「無菌の審判」の制御権が、アーサーの震える手から、

娘の意志へと譲渡された。


「……サンキューな、セラ。……あとは、俺の仕事だ」


シオンはセラフィオンの操縦桿を、限界を超えて押し込んだ。


要塞の最深部、暴走するプラズマ・リアクター。

それは三〇〇年前の文明が生み出した、最強の「熱源」である。


シオンは、セラフィオンの右腕

――究極の調理器具へと変じさせた鋼の腕を、その光の渦へと叩き込んだ。


「アーサーの爺さん! お前の冷え切ったスープなんて、一滴も残さず蒸発させてやる!

これが俺の、世界をひっくり返す『隠し味』だ!!」


シオンが義手の中に秘めていた、三〇〇年分の想いが詰まった「テリヤキの種」が、

リアクターの熱量によって解放される。


準光速のエネルギーが、醤油の香ばしい琥珀色へと染まり、星の海へと溢れ出した。


外部では、グリードの放った漆黒の刃が、要塞のメインサーバーを貫いた。


「父上……。あなたのスープを、私が温め直してやったぞ。……シオンと共に、な!」


内側からはシオンの「熱量」が、外側からはグリードとカイザーの「意地」が。


三〇〇年の時を止めていたレグナス・コアが、琥珀色の光を放ちながら、

ゆっくりと、しかし確実に崩壊を始めた。


レグナス・コアの心臓部、プラズマ・リアクターが臨界を超えた。


だが、その光は破壊の白ではなく、豊潤な琥珀色に染まっている。


シオンが叩き込んだ「究極の醤油のソース・コア」が、

三〇〇年分の管理パケットを「食欲」という名の原初的なエネルギーへと書き換えていく。


「……シオン……熱い……。でも、……すごく、心地いいわ」


コクピットの中で、シオンの隣に座るセラが呟いた。

彼女はもう、ノイズ混じりのホログラムではない。


シオンの荒々しい熱量と、アーサーの残した「エーテル・リンク」が

奇跡的に結合し、受肉した一人の少女だ。


シオンが操縦桿を握る横で、彼女は自分の、質量を持った「手」を見つめていた。


その指先には、今やリアクターから溢れ出した「匂い」と「熱」が、

確かな感覚として伝わっている。


「耐えろ、セラ! この熱が、あの爺さんの呪縛を焼き切る唯一のスパイスだ!」


シオンはセラフィオンの右腕を、さらに深くリアクターの核へと突き立てた。

義手を通じて伝わる一億度の衝撃が、実体化したセラの肉体をも震わせる。


二人の鼓動が、崩壊しゆく要塞の脈動と同期していく。

次回へ続きます。

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