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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村英之
第三章:テリヤキ・エクスプロージョン編
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狂気のメインディッシュ

※最終回まであと10日を切りました。

サーバー群が地鳴りを立てて変形し、

人類の全知識を動員した究極の「拒絶の壁」が立ちはだかった。


そしてシオンの眼前に、二つの対照的な世界が投影される。


一つは、コアが演算する理想郷「天上の食卓」。


栄養学的に完璧。


一切の毒も無駄もなく、ゆえに争いの火種もない透明なスープ。


それを啜る人々は、永遠に空腹を知らず、病を知らず、

無表情な微笑みを浮かべたまま「幸福な家畜」として安らぐ世界。


「これこそが正解なのだ。誰も飢えず、誰も奪わず、誰も泣かない。

この銀色の無機質な静寂こそ、人類が到達すべき終焉の美……」


対して、もう一方に映し出されたのは、あまりにも泥臭い「地上の食卓」。


煙突から上がる黒煙。


泥にまみれた手でテリヤキを頬張り、

味の好みを巡って怒鳴り合い、酒をこぼして腹を抱えて笑う人々。


そこにあるのは不潔、不平等、そして明日をも知れぬ不安と空腹。


「さあ、選ぶがいい。

このまま私の腕の中で、天上の静寂を分かち合うか」


アーサーは続ける。


「……それとも、あの地獄のような、

脂ぎった混沌の荒野へ人類を突き落とすのか!」


アーサーの残留思念体による冷徹な問いかけ。

シオンはそれを、野性味溢れる笑いで跳ね返した。


「アーサーの爺さん、

あんたの『天上のキッチン』には、一番大事なスパイスが足りねえんだよ」


「……何だと?」


「それは『迷う楽しみ』だ」


シオンは言い切った。


「今日何を食おうか、明日はもっと美味いものが作れるんじゃねえかって、

腹を空かせて悩む時間」


そして。


「完璧な正解なんて、食っちまったらそれでおしまいだろ。

俺たちは、その『おしまい』から始めたいんだよ!」


叫びに呼応し、セラフィオンのコクピットで

セラの回路が白熱する。


「マスター、その通りです!

お父様、あなたの提示するスープには、私の毒舌を挟む隙間さえありません!

そんな退屈な正解、私がお皿ごと叩き割って差し上げます!」


セラフィオン・アルティメットキッチン、

超出力加熱炉がオーバーロード寸前の爆発的稼働を開始。


天上の無味乾燥なイメージを、

地上の泥臭くも愛おしい「生命の熱気」が飲み込んでいく。


「選ぶまでもねえ!俺は、世界中の腹ペコたちと一緒に、

あの汚くて、騒がしくて、最高に美味い食卓へ帰るんだ!」


叩きつけられる操縦桿。


黄金のソースの奔流が空間を塗り潰す。


虚飾の理想郷を焼き払い、

無機質な仮想空間に強烈な「焦げた醤油の匂い」を刻みつける、

魂の一撃。


舞台は惑星レグナスの重力圏を遥かに脱した、

凍てつく漆黒の宙域。


そこに鎮座する巨大宇宙要塞「レグナス・コア」は、

もはや人類を導く灯台ではなかった。


白銀の外殻は、主であるアーサー・ゼノフィスの

高ぶる感情に呼応するように、不気味な脈動を繰り返している。


要塞の最深部。


シオンと対峙するアーサーの思考複写体は、

激しいノイズに塗れ、その姿を異形へと変えていた。


「話しにならんな、若造。何が『迷う楽しさ』だ。

……それは、あの地獄を知らぬ者の戯れ言に過ぎん。


貴様にわかるか? 愛する娘が目の前で飢え、

救いを求めて差し出した手が、骨と皮ばかりに痩せ細っていく恐怖が。


奪い合い、殺し合い、最後には隣人の肉すら啜ったあの時代の絶望が!」


アーサーの幻影は、目に狂気をはらんでシオンを見据えた。


彼の背後にある無数のクリスタル・サーバーが、

計算限界を超えた熱を発し、赤黒い光を放つ。


「私の与える『家畜の幸福』が気に入らんのでは、

もはや仕方がない。……


救済が届かぬというのなら、残された道は清算のみだ。

『無菌の審判』を下す」


死の宣告。


「人類には死という絶対的な安寧を!

誰もいない無人の荒野であれば、二度と飢えに苦しむ者は現れまい!」


その瞬間、セラが悲痛な叫び声を上げた。


「マスター! レグナス・コア、

全エネルギーが上部構造体の電磁加速砲へバイパスされました!


攻撃衛星「ラザロ」との同期完了。

目標、惑星レグナス全域!


準光速徹甲弾による地殻粉砕シークエンスが開始されました!」


「狂ったか! アーサー・ゼノフィス!

自分の言うことを聞かねぇヤツは、星ごと皆殺しにするってのかよ!」


「お前たちが悪いのだ……。

私が用意した、この無痛の揺りかごを蹴り飛ばしたお前たちがなぁぁっ!!」


アーサーの絶叫と共に、彼の姿が醜く歪んでいく。


かつての聖者の如き面影は消え失せ、口は耳まで裂け、目は吊り上がり、

管理という名の執着が実体化した「悪魔」へと変貌を遂げた。


◇◇◇


宇宙空間では、要塞の表面が地鳴りを立てて展開していた。


三〇〇年間、一度も開かれることのなかった

「無菌の審判」の発射口が、暗黒の宇宙に向かってその巨大な銃身を晒す。


その頃、要塞外郭で防衛ドローンの一群を蹴散らしていたグリードとカイザーは、

眼前の光景に息を呑んだ。


「アレは何だ!何が起こっている、ネメシス!」


グリードが叫ぶ。


副座席で索敵を続けていたネメシスが、蒼白な顔でデータを読み上げた。


「大質量兵器、準光速ミサイルが発射プロセスに入りました。マスター。

目標は、私たちの故郷……惑星レグナスです。


着弾すれば、地殻はめくれ上がり、大気は燃え尽きます。

生存確率は……ゼロです」


グリードの背を、冷たい戦慄が駆け抜けた。

本作品も残りわずか、次回へ続きます。

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