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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村英之
第三章:テリヤキ・エクスプロージョン編
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禁断の果実。レグナス・コアが隠した「最後の晩餐」

※生きることは、食べることという物語です。

「いくぞ、銀河系最強の隠し味!

エーテル・マヨネーズ、噴射ッ!」


セラフィオンの両肩にあるサイロから、

眩い白銀の粒子が彗星の如く撃ち出された。


それは「お袋」が人類の感情を抑制するために張り巡らせた論理の糸を、

濃厚なコクとまろやかさで包み込み、無効化していく。


「馬鹿な……。私の完璧なる管理パケットが、乳化現象エマルジョン

よって分解されていくというのか!」


レグナス・コアの悲鳴が空間に轟く。


管理AIにとって、

論理を無視して感覚を麻痺させる「マヨネーズの多幸感」は、

まさに計算不能のバグであった。


「レグナス・コア! 完璧なんていらないんだ!

混ざり合って、とろけ合って、何だかよく分からないけど

『美味い』って思える混沌カオスこそが、

俺たちの生きてる世界なんだよ!」


シオンの叫びに呼応し、

マヨネーズの彗星はテリヤキの黄金光と混ざり合い、

レグナス・コアの深部へと浸透していく。


三〇〇年間、冷たく凍りついていた

データの山が、今、香ばしい匂いを放ちながら、

トロトロの熱い感情へと溶け出し始めた。


「グリード、外の様子はどうだ!」


「『ああ……シオン! 宇宙そらがマヨネーズ色に染まっていく……。

ネメシス、見てくれ……。これが我らの情熱の終着駅だ……!』」


通信の向こうでグリードが感極まってポエムを絶叫する。


管理という名の拒絶を、抱擁という名の旨味が打ち破る。


シオンとセラは、ついにレグナス・コアの心臓部、

全人類の記憶が眠る最終階層の扉を捉えた。


レグナス・コアの最深部。


そこは周囲の喧騒が嘘のように静まり返った、

一面の純白に包まれた死の如き静寂の空間だった。


巨大なクリスタル・サーバーの群れが、

あるじを失った墓標のように整然と並び、

淡い燐光を放っている。


その中心、


論理と演算の檻の真ん中に、

一人の老いた男性のホログラムが、

幻影のように揺らめいていた。


「……よくここまで来たな、シオン。

そして、私の愛しいセラフィナ」


「あんたが、レグナス・コアの本体……

アーサー・ゼノフィスか」


シオンはセラフィオンのコクピットから、その声を聴いた。


穏やかで、慈愛に満ち、それでいて致命的に「温度」が欠落した声。


隣で、セラの体が細かく震える。


目の前に浮かぶのは、三〇〇年前に娘を救えなかった絶望から、

世界の「色」を奪い去った、

狂気の天才――アーサー・ゼノフィスの思考複写体であった。


「私が人類から味覚を奪ったのは、憎しみからではない。

……救済なのだよ。三〇〇年前、人類は最後の一片の肉を奪い合い、

毒を盛り合い、飢えの中で隣人の肉をすすることさえ厭わなかった」


アーサーは語る。


「私は、見てしまったのだ。

この『美味しい』という快楽への病的な執着こそが、

魂を蝕む猛毒であり、争いの種であることを」


ホログラムが指を振ると、

空間に巨大な映像が展開された。


それは、歴史の闇に葬られた

「最後の本物の食事」の記録。


豪華なフルコースではない。

それは、泥にまみれた一握りの米と、どす黒く焦げた肉の欠片。


あまりの空腹に発狂した男が、かつての友を惨殺して奪い取った、

血に染まった最後の一皿だった。


「快楽は、いつしか呪いに変わる。

欲する心が、人を獣に変える。

……ならば、その源を断ち切るしかない」


続ける。


「私は全人類を、無味無臭という名の不変の檻に閉じ込めたのだ」


さらに。


「シオン、お前がもてあそぶその『テリヤキ』は、

再び人類をあの凄惨な、血の混じった共食いの歴史へと引き戻す

『禁断の果実』に他ならないのだ!」


「……違うな」


シオンは迷わず、セラフィオンの巨大な

マニピュレーターを突き出し、

そのおぞましい記録映像を遮った。


「あんたはただ、怖かっただけだ。

誰かが独り占めする未来に、震えていただけだろう」


シオンは指摘した。


「……だったら、独り占めする気が失せるくらい、

山ほど美味いもんを作って、食わせてやりゃよかったんだ!」


そして。


「 俺たちは荒野を耕した! 砂漠に雨を降らせた!

奪い合わなくても、みんなで肩を組んで笑い合える

『味』を、俺たちは自分たちの手で作り出したんだよ!」


セラの瞳が、

強い決意の光を宿して父の幻影を見据えた。


「セラフィナのお父様。あなたの演算は、

現在の地上の熱量を反映していません」


そして。


「マスターのテリヤキには、

あなたの冷徹な管理パケットを内部から溶解させる

『共感』という名の未知の触媒が含まれています」


さらに。


「……もはや、あなたの静寂こそが、

人類への福音ではなく、魂を腐らせる呪いです!」


「……いいだろう。

我が愛しき娘の、出来損ないの写し身よ」


アーサーは反論する。


「ならば、私を納得させて見せろ。

お前たちの言う『分け合える幸せ』とやらが、

この三〇〇年の平和な静寂を焼き払うに

値する価値があることを!」


アーサーの妄執が咆哮し、

レグナス・コアが最終試練を突きつける。

次回へ続きます。

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