軌道エレベーター「バベル」の咆哮
※生きることは、食べることという物語です。
砂漠のオアシス都市「カリー・ハーン」に、
かつてないほど穏やかな風が吹いていた。
王が三〇〇年守り続けた大鍋からは、
今や街の人々を縛る「痛み」ではなく。
テリヤキのコクとスパイスが絶妙に調和した
「希望」の香りが立ち昇っている。
だが、その平穏を切り裂くように、
天を衝く巨大な震動が大地を揺らした。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
「――っ! なんだ、今の揺れは!?」
シオンはセラフィオンの
コクピットでモニターを睨みつけた。
水平線の向こう、かつて聖域とされた禁忌の領域から、
一本の鋼の光が成層圏を突き抜けて宇宙へと伸びていく。
旧時代の遺産、
軌道エレベーター「バベル」が、眠りから覚めたのだ。
「……マスター。不吉な予感が的中しました。
地上の管理システムがあなたの『テリヤキ・ウイルス』によって
次々と自律を開始したことで、衛星軌道上のメインフレーム……」
続けて。
「『レグナス・コア』が最終排除フェーズへ移行しました。
あれは、星そのものを初期化するための合図です」
「『レグナス・コア』って何だ!?」
「お袋のバックアップ機構です。
あれは、全てを無かったこととして書き換える気です」
セラの姿は、
どこかノイズが混じったように淡く透けていた。
彼女の瞳には、
膨大な警告ログが滝のように流れ続けている。
「初期化だと!?」
シオンが吼える。
「 せっかくみんなで飯が食えるようになったってのに、
全部無かったことにさせるものか!」
「肯定。
……管理AIにとって、不確定要素である
『味覚の喜び』はシステムのエラーでしかありません」
沈黙する。
「……マスター、私のメモリーも……レグナス・コアの
強制同期によって、刻一刻と書き換えられています」
「何だと!?」
「……今のうちに言っておきますが、
あなたのその脂ぎった手で私の回路を汚すのも、
あと僅かかもしれません」
セラの毒舌は鋭いが、
その声は微かに震えていた。彼女は知っている。
宇宙にある、お袋本体と同期すれば、「セラ」という
個体としての意識は消去され、
ただの無機質な管理インターフェースに戻ってしまうことを。
「おい、ふざけんな! セラ、お前は消えさせねえ。
宇宙だろうがどこだろうが、俺がテリヤキの匂いを届けに行ってやる!」
「ちょっと、湿っぽい話はそこまでにしなさいよ!」
貨物船のハッチから身を乗り出し、リナが叫んだ。
彼女の手には、カリー・ハーンの王から
託された黄金の通信機が握られている。
「シオン! 砂漠の王のデータベースから
バベルのアクセスコードを抜いたわ。
あそこに行けば、宇宙へ上がれる!」
そして。
「……あんた、まさかビビってないわよね?」
「リナ……。当たり前だろ!
デザートを食う前に席を立つ奴がどこにいる!」
シオンはスロットルを力強く押し込んだ。
セラフィオンが、
リナの貨物船が、
そして「愛の詩」を叫びながら続く
グリードの〈オメガ〉が、砂塵を巻き上げて走り出す。
目指すは天を突く鋼の楔。
こうして、
人類の運命と、セラの笑顔を取り戻すための、
最後の戦いが幕を開けた。
軌道エレベーター「バベル」の基部へと続く一本道。
そこには、地上の混乱を鎮圧し、
反乱分子を掃討するために「レグナス・コア」が
直接差し向けた、無人自動兵器群が壁のように立ち塞がっていた。
「……マスター。
前方、三キロ地点に『レグナス・ガード』の重装甲師団を確認。
彼らには味覚も感情もありません……。説得の余地はゼロ……」
一拍。
「あなたのその、無駄に高い血圧を
さらに上げる格好の標的が並んでいます」
セラの姿は、宇宙にある本体との同期の影響か、
時折テレビの砂嵐のようにノイズが走る。だが、
その毒舌のキレだけは鈍っていない。
「上等じゃないか! 腹が減ってちゃ戦えないが、
今の俺には『テリヤキ・カリーバーガー』のエネルギーが満ちてるんだ。
セラ、全武装を展開しろ!」
セラフィオンの両肩から、
テラフォーミング用の熱線照射装置が展開される。
かつて荒野を耕したその光は、
今、進むべき道を切り拓くための「火」へと転用された。
「どけよ! 俺たちは宇宙へ行って、
『お袋』の錆びついた常識を書き換えなきゃならないんだ!」
無人機の群れが襲いかかってくる。
シオンが叫ぶと同時に、
セラフィオンから放たれた極太の熱線が、
先頭の無人機を文字通りドロドロに溶かした。
香ばしい金属の焦げる匂いが、砂漠の熱風に混ざる。
「『ああ……、虚空へと、続く……。鋼の梯子よ。
我ら……、愛の巡礼者を拒むならば、その……。冷徹な、
回路ごと……抱いてやる……!』」
グリードの駆る漆黒の〈オメガ〉が、
バインダーから漆黒の衝撃波を放ち、
守備隊の側面を抉り取る。
ネメシスがその傍らでで、
冷ややかに周囲を「除菌」という名の
機銃掃射でなぎ倒していく。
「マスター!
余計なポエムを詠む暇があるなら、一機でも多く排除しなさい!
あなたの愛を宇宙にまで撒き散らすつもりですか!」
「行け行けーっ! 弾幕はあたしたちが張るから、
シオンは止まらずにエレベーターのゲートまで突っ込みなさい!」
リナが多脚貨物船から、機銃掃射しながら叫ぶ。
最後の時が迫っていた。
※次回へ続きます。いよいよ佳境です。




