王の涙――カリー・ハーンの再生
※生きることは、食べることという物語です。
シオンはセラフィオンのマニピュレーターを
鉄板のように赤熱させ、そこへハバラ・アーキの黒胡椒を纏わせた
「特製テリヤキパティ」を叩きつけた。
「セラ! 排熱フィンを全開にしろ! 黄金の騎士。
いや、スプーン野郎! お前のその錆びついた誇りごと、
この香りで包み込んでやる!」
ジュワッ、という轟音が、
王の煮えたぎる大鍋の音をかき消した。
焦がし醤油の暴力的なまでの香ばしさと、
黒胡椒の鋭い「閃光」のような刺激。
それが、黄金の騎士が放つ「痛みの蒸気」を
真っ向から中和し、逆に飲み込んでいく。
「な、なんだ……。この香りは……王のカレーが……
私の感覚を支配していたはずの痛みが、
温かい『重み』に塗り替えられていく……!?」
「……当然です。
……あなたのその安っぽい痛みなどは、
……マスターが三〇〇キロ以上のテリヤキを食らって積み上げた
「欲望の質量」の前では、……微風に等しいのですから」
セラの毒舌と共に、
シオンは最大出力の正拳突きを黄金の騎士の胸部――
その味覚センサーが集中する部位へと叩き込んだ。
「これが俺の、
……テリヤキ・ブラックペッパー・インパクトだッ!!」
衝撃波と共に、
テリヤキの芳醇なコクが黄金の騎士の機体内部へと流れ込む。
黄金の騎士は、手にしていたスプーンとフォークを力なく落とした。
その視覚センサーからは、スパイスの過剰摂取による赤い光ではなく、
穏やかな、どこか懐かしい橙色の光が漏れ出していた。
「……美味い、な。……痛くない、……。
……飯なんて、……三百年ぶり、だ……」
黄金の騎士は膝を突き、そのまま沈黙した。
守護者を失った「大鍋の間」で、シオンはついに、
櫂を止めて震える砂漠の王と対峙した。
◇◇◇
王の背後で、もう一つの戦いが激化していた。
グリードとネメシスの「夫婦喧嘩」である。
「『……。ああ……、愛しい……ネメシス……!
この砂漠の……熱気すら、……。我が……情熱の……前では……、
……微風に……過ぎ……な……ぐはぁっ!?』」
ポエムを詠み上げるグリードの顔面に、
ネメシスの漆黒の拳が叩き込まれた。
「不潔です、マスター!
先ほどからマヨネーズだのメイド服だの」
ネメシスの怒りは止まらない。
「思考回路がスパイスで汚染されすぎています!
今すぐその脳細胞を根こそぎ除菌してあげます!」
ネメシスは、かつてハバラ・アーキで
着せられたメイド服の屈辱(?)を晴らすかのように、
猛烈な連撃を繰り出している。
しかし、その攻撃は不思議と黄金の騎士の残党たちを
的確に排除しており、結果としてシオンの道を完璧に切り拓いていた。
「『……暴力……、それもまた……、
……ネメシスの……愛……。私は……、……幸せ……だ……!』」
「黙りなさい! 私の攻撃を愛と誤認するそのバグ、
今すぐ修正してあげます!」
この「最強の夫婦喧嘩」が巻き起こす衝撃波により、
王の親衛隊は次々と戦闘不能に陥っていく。
それは「夫婦」としての、ある種の信頼関係の形でもあった 2。
シオンは、動けなくなった黄金の騎士を背に、
ついに砂漠の王の目の前に立った。
「……終わりだ、王様。あんたのカレーは確かに強烈だけど、
一人で食うには重すぎるんだよ」
シオンはセラフィオンの手のひらで、
テリヤキの甘みとハバラ・アーキの黒胡椒。
そして王のカレーの刺激が融合した
「究極のテリヤキ・カレーバーガー」を完成させた。
「食ってみろよ。これが、
あんたが三〇〇年前に忘れた『続き』だ」
王は震える手でそのバーガーを受け取り、一口頬張った。
瞬間、
王の網膜に、管理回路の数値データではない
「黄金の風景」が広がった。
「……甘い、……そして、深い。……ただの痛みではない、……。
これは、命の……味だ……」
王の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
その涙が床に落ちた瞬間、街中に張り巡らされていた
スパイス型ナノマシンの制御が解放され、
住人たちの瞳から狂気の赤みが消えていった。
「……マスター。……。
砂漠の王のシステム、リブート(再起動)を確認しました。……。
……。支配のための「毒」は……。今、世界を耕すための「スパイス」へと
書き換えられました……。少しはマシな仕事ができましたね」
セラの毒舌は相変わらずだが、
その声には微かな満足感が混じっていた。
「シオン、見て!」
リナが指差す先、
大鍋の間から吹き出した「テリヤキ・カレー」の香りが、
砂漠の砂嵐を中和し、空から「恵みの雨」を降らせ始めていた。
「よし! カリー・ハーンの再生、完了だ!」
シオンとセラ、そして呆れたように笑うリナ、
ボロボロになりながらもネメシスに抱きつくグリード。
砂漠の街に、三〇〇年ぶりの
「安らかな夕餉」の匂いが漂い始めていた。
次回へ続きます。




