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大鍋の玉座と、三〇〇年の腐心

※生きることは、食べることという物語です。

カリー・ハーンの中央広場。


そこは、刺激に飢えた住人たちが

「より強いスパイス」を求めて互いを罵り合う、

殺伐とした熱狂の渦中にあった。


リナは手早く多脚貨物船を広場の一等地に据えると、

拡声器のスイッチを入れた。


「さあさあ、寄ってらっしゃい!

三〇〇年前の聖遺物『ホログラム・シール』の輝きを見たいなら、

今すぐその安っぽいスパイス水を置きなさい!」


そして。


「今日は特別なゲスト……いや、この砂漠の『味』を根底から

覆す料理人シェフを連れてきたわよ!」


リナの呼びかけに、タクとニナが

キラキラと輝くレアカードを空に掲げる。


その視覚的な「刺激」に誘われ、

血走った目をした住人たちが足を止めた。


その中心で、セラフィオンのハッチが静かに開く。


シオンは、ハバラ・アーキで得た「黒胡椒」の小瓶と、

厳選されたテリヤキのタレを手に、街の熱気にさらされた。


「……セラ、始めるぞ。この街の連中は、

辛さで痛みを誤魔化してるだけだ。

本当の『コク』ってやつを、脳髄に叩き込んでやる」


「マスター。理解していますよ。

あなたの無謀な熱意を効率的に拡散するため、

セラフィオンの排熱フィンを「指向性香気噴出器」へと再構成しました。

……さあ、その脂ぎった野心を形になさい」


シオンはセラフィオンの巨大なマニピュレーターを使い、

鉄板代わりの装甲板を熱した。


ジュッ、という音が響く。


そこに乗せられたのは、

大地の豊かな土壌で育った肉厚なパティ。


そして、シオンが独自に調合したテリヤキ・ソースだ。


熱せられた醤油の香ばしさ、砂糖が焦げる甘い誘惑、そして――。

シオンは、黒胡椒を力強く振りかけた。


「これだ! 突き抜けるような刺激と、それを包み込む圧倒的な旨味!

これが俺たちのテリヤキ・ブラックペッパーだッ!」


セラフィオンの排熱スラスターが、

その香りを一気に広場へと吹き散らした。


一瞬、街の喧騒が消えた。


住人たちは、300年間嗅ぎ続けてきた「単調な辛味」とは決定的に違う、

重層的な「コク」の香りに、文字通り硬直したのだ。


「……なんだ、この匂いは。喉が焼けるような辛さじゃない。

なのに、胃の奥が疼く……」


「甘い……いや、辛いのか? 脳が、脳が震える……!」


一人、また一人と、

住人たちの目に「狂気」ではない「純粋な食欲」が戻り始める。


それは、王がスパイスで縛り付けていた、

人間としての根源的な感覚の覚醒だった。


「リナ、今だ!」


「分かってる! ニナ、タク、カードの裏にレシピの

断片を記した『無料引換券』を配りなさい!

この香りに抗える人間なんて、この世界にはいないわよ!」


リナは、住人たちの表情が「依存」から

「期待」へと変わる瞬間を逃さなかった。


彼女は知っている。


独裁者が一番恐れるのは、民衆が「より良い選択肢」を

知ってしまうことだということを。


その時。


広場の石畳が激しく揺れ、中央の「大鍋の間」へと続く大通りから、

あの黄金の騎士が再び姿を現した。


しかし、今度は単なる追撃ではない。


その背後には、王の直属部隊である「スパイス近衛兵」たちが、

重厚な盾を並べて進軍してくる。


「愚かな……! 聖なるカレーの平穏を、不浄な甘味で汚す不届き者め!

王がお呼びだ、テリヤキの小僧。

貴様のその『邪教のソース』ごと、大鍋の錆にしてくれる!」


黄金の騎士の叫びに、シオンは不敵な笑みを返した。


「呼び出しの手間が省けたぜ。

セラ、最高出力だ。王様に『本当の御馳走』を届けてやるよ!」


「……了解。マスター、

あなたのその「食い意地」という名のバグが、

ついにこの街のシステムを破壊し始めましたね。

毒を食らわば皿まで。徹底的にやりましょう」


シオンの「王への挑戦状」は、テリヤキの香りに乗って、

煮えたぎる大鍋の深淵へと届こうとしていた。


黄金の騎士が先導する「大鍋の間」への行進は、

さながら処刑場へと続く道のようだった。


しかし、


シオンの背後には、テリヤキの香りに呼び覚まされた住人たちが、

不安と期待の入り混じった表情で立ち並んでいる。


「リナ、お前はここで待っててくれ。

……ニナとタクを守ってやってくれよ」


「言われなくてもそうするわよ。

でもシオン、あんたが失敗してあの鍋の具材にでもなったら、

あたしが全財産叩いて買ったこの貨物船のローン、

誰が払うと思ってるの? 絶対に生きて戻りなさいよ」


リナは不敵に笑ってみせたが、

その瞳にはシオンの身を案じる確かな色が宿っていた。


彼女は現実主義者だ。


だからこそ、シオンのような「計算外の熱」が消えてしまうことを、

何よりも恐れていた。


巨大な蒸気機関が唸りを上げる城の最深部。


そこには、都市の半分を占めるほどの巨大な釜を前に、

一人、巨大なかいを振るう「砂漠の王」がいた。


その体は、機械化された義手や義足で継ぎ接ぎだらけであり、

首筋からは「お袋」の管理回路とは異なる、

赤黒い自家製のエーテル・ケーブルが何本も伸びている。


「……来たか。我がスパイスの秩序を乱す、テリヤキの侵入者よ」


王の言葉と共に、部屋中に充満するカレーの蒸気が、

意志を持っているかのようにシオンを包囲した。

次回へ続きます。

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