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氷壁の崩壊、そして不器用な抱擁

※エイドス編最終回です。

シオンが掲げた

熱情パッションテリヤキ』バーガーから立ち上る湯気は、

まるで生き物のように蠢き、

エイドスを包む冷気を吹き飛ばしていく。


「……愚かな。そのような非科学的な熱量で、

我々のナノマシンを融解させるなど不可能だ」


『コールド・ナイツ』の隊長が、冷徹な声で告げた。


隊長の顔は、かつてヴィクターとルナの教官を務めた、

バイパーその人だった。


彼の瞳には、かつての温かさはなく、

感情を失った機械の光が宿っている。


「バイパー教官……!」


ルナが思わず叫ぶが、バイパーは反応しない。


「無駄だ。我々は感情のノイズから解放された、純粋な秩序だ。

その不純な香りは、ただの汚染物質に過ぎん」


バイパーは、シオンのバーガーを冷徹な視線で捉え、

手に持った特殊警棒でそれを叩き落とそうとした。


その瞬間、ルナとヴィクターが、

まるで示し合わせたかのようにシオンの前に飛び出した。


「させません! バイパー教官、その料理は……っ!

私たちの……私たちの『理屈』を壊してくれた、

希望の光なのです!」


ルナが両腕を広げてバーガーを守る。


「……バイパー元教官。あなたの理論は『完璧』だった。

だが、この感情のゆらぎは、その完璧な数式からすら溢れ出した、

人間という名の『バグ』の証明だ!」


ヴィクターが、ひび割れた眼鏡の奥の瞳で、

バイパーを強く見つめた。


「どけ。不純なバグ共が」


バイパーは感情のない声で命じ、

ルナとヴィクターを無理やり排除しようとする。


その激しい押し合いの中、

シオンはバーガーを掲げたまま、

一瞬の隙を見逃さなかった。


「……へっ、そんな完璧な奴が、

なんでこんな顔してんだよ!」


シオンはルナとヴィクターの作った隙間から、

無理やりバーガーをバイパーの口元へと押し込んだ。


「……ッッッ!?

……な、なんだ……これは……っ!!」


バイパーの顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。


口の中に広がる、灼けるような熱さと、

脳を痺れさせるような甘さ。


それは、彼が自ら凍結したはずの、かつて愛した研究、

かつて育てた教え子たちの笑顔。


そして何よりも、未来への「情熱」という名の記憶を、

暴力的に呼び覚ます味だった。


バイパーの頭の中で、

ナノマシンがガリガリと音を立てて融解していく。


彼の瞳の奥から、冷たい光が消え、

人間らしい戸惑いの光が戻ってきた。


「……ルナ……。ヴィクター……。

お前たち、なぜ……。なぜ、まだそんな表情かおをしている……。

なぜ、あの時の『輝き』を……」


バイパーの顔から、

白い装甲のナノ粒子が剥がれ落ちていく。


彼は震える手で、自分の顔に触れた。


そこには、忘れ去っていたはずの「涙」が伝っていた。


「……教官。……私たちは、あの時の輝きを、

捨てきれなかったんです」


ルナが、涙を流しながら微笑む。


「……私たちが、あなたを迎えに来たんです、

バイパー教官」


ヴィクターが、優しくバイパーの肩に手を置いた。


バイパーは、大きく震えながら、

二人を不器用に抱きしめた。


それは、感情を排したエイドスにおいて、

何十年も失われていた「人」としての温かい抱擁だった。


「マスター。バイパー隊長の情動指数が、

過去最高値を更新」


そして。


「……同時に、周辺の『コールド・ナイツ』部隊員の

ナノマシンも、伝播的に融解を開始しています。

……これは、一種のパンデミックです」


セラが、冷静に状況を分析する。


「へっ、愛のウイルスってやつだな」


シオンは、温かい涙を流す三人を見て、

満足げに笑った。


『コールド・ナイツ』が瓦解し、

教官バイパーが涙を流したその夜、

エイドスを包んでいた人工的な冷気は完全に消え去った。


翌朝、住民たちが目覚めたとき、

街のメインモニターに表示されていたのは

「本日の業務効率グラフ」ではなく、

巨大なピンク色のハートマークと、

誰かが徹夜で書き上げた「愛の告白掲示板」だった。


「……あ、おはよう。今日の君の髪の毛のハネ具合、

……カオス理論的に見て、最高に可愛いよ」


「ありがとう。あなたのその、徹夜明けの充血した瞳も、

……情熱の赤に見えるわ」


街の至る所で、昨夜の「熱情テリヤキ」の余韻に浸る

研究者たちが、不器用すぎる言葉で愛を囁き合っていた。


広場では、ヴィクターがルナの手を(異常なほど強く)握りしめ、

新たな論文を読み上げていた。


「ルナ。私の最新の研究結果によれば、

愛とはバグではない」


そして。


「……むしろ、この宇宙という巨大なシステムを維持するために必要な、

最強の『自己修復プログラム』だ」


続けて。


「……だから、その、

……これからも、毎日僕の隣で、そのプログラムを実行してくれないか」


ルナは真っ赤になりながら、ヴィクターの胸に顔を埋めた。


「……ヴィクター。あなたの理屈は相変わらず回りくどいけれど、

……その数式、私が一生かけて、証明のお手伝いをしてあげるわ」


少し離れた場所では、バイパー元隊長が、

部下たちと共に「恋愛相談所」の看板を立てていた。


「いいか、恋愛は戦いだ! 相手の心の防壁を、

誠実さという熱量で融解させろ!」


続けて。


「 ……よし、次は『初デートの服装に関する最適解』

について講義を行う!」


シオンとセラは、そんな騒がしい「新生エイドス」の様子を、

キッチンカーの屋根から眺めていた。


「へへっ。理屈っぽかった奴らが一度壊れると、

とんでもねぇパワーだな」


シオンは、ルナからお礼にともらった、

街で唯一の「本物のカカオ豆」を弄びながら笑った。


「マスター。エイドスの平均幸福度が、測定不能なほどに上昇。

一方で、業務効率は昨対比で八〇%低下」


「人間らしくなったじゃねえか」


「……ですが、特許出願数は五倍に増えています。

「愛」は、知性を退化させるのではなく、

進化させる触媒になるようです」


「そうこなくっちゃな。……さあ、セラ。次の街へ行こうぜ。

まだ世界には、食い足りねぇ、愛し足りねぇ奴らが山ほどいる」


シオンがエンジンをかけると、ルナやヴィクター、

そしてバイパーたちが一斉に駆け寄ってきた。


「シオン・グレイス! 君のテリヤキを、

我が街の『指定重要文化財』に登録したいのだが!」


「また来てね、シオン!

次はもっと美味しいチョコレートを用意しておくから!」


「おう、またな! 喧嘩すんじゃねぇぞ、

愛の計算式を間違えるなよ!」


シオンは勢いよく手を振り、アクセルを踏み込んだ。


『セラフィオン号』は、恋の熱に浮かされるエイドスを後にして、

地平線の向こうへと続く琥珀色の道を走り出す。


空には、かつての管理社会では決して見られなかった、

不規則で、自由で、最高に美しい雲が流れていた。


世界はまだ不完全だ。


けれど、美味しいテリヤキと、

隣に誰かがいる温かさがあれば、

どんな絶望もきっと「美味しい思い出」に変えていける。


銀の義手を握り、シオンは笑う。 隣で、銀髪の天使セラが微笑む。

不純で、情熱的な、彼らの旅路は——。

どこまでも、どこまでも、続いていく。

本日16時30分より、第三章:テリヤキ・エクスプロージョン編始まります。

※本作品は、4月15日をもって最終回とします。

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