告白のデッドヒートと、愛の隔離病棟
※生きることは、食べることという物語です。
ヴィクターは冷徹に
シオンのキッチンカーへ歩み寄り、
分析スキャナーをかざした。
「無駄だ。私は君の料理を分子レベルで分解し、
その誘惑の正体を論理的に解明してみせる」
そう言うと、調べ始めた。
「……ふん、醤油、味醂、カカオマス、少量のシナモン……。
そして、この隠し味の『焦がしバター』か」
そして。
「……この程度の組み合わせで、人間が理性を失うはずが……」
ヴィクターの言葉が、不自然に止まった。
スキャナーの画面に表示された、香気成分の「ゆらぎ」のグラフが、
彼が長年探し求めていた「完璧な調和」の波形を描いていたからだ。
「……ヴィクター? どうした、
早くその『不純物』を廃棄しなさい」
管理局の指令が飛ぶが、ヴィクターはバーガーを手に取ったまま、
金縛りにあったように動かない。
「……おかしい。私の計算によれば、この配合は『劇薬』だ」
悩むヴィクター。
「……食べれば、脳内の論理回路が、
物理的に……『恋』というバグに書き換えられてしまう。
試食による確認が必要だ」
ヴィクターは、震える手でバーガーを口に運ぼうとした。
その時、まだ熱に浮かされているルナが、ふらふらと彼に歩み寄り、
自分の食べかけのバーガーを彼の口元に差し出した。
「……ヴィクター。……食べて。……あなたの理論が、
どれほど……虚しいものか、わかるから」
エイドスにおいて、他人の食べかけを口にするなど、
最高レベルの「衛生管理違反」であり、
同時に「濃厚な親密行為」を意味する。
「……。計算、不能……。……いただきます」
ヴィクターが、ルナの差し出したバーガーに食らいつく。
次の瞬間、
彼の眼鏡がパリンと
音を立てて(比喩ではなく、あまりの衝撃に)ひび割れた。
「……。……あ、……あぁ。……数式が、……数式が全部、
バラの花びらになっていく……」
その夜、エイドスの電子掲示板には、研究データではなく、
奇妙な文字列が溢れかえった。
『40 22 14(シ・テ・ル)』
『08 21 35(ア・イ・ニ・イ・キ・タ・イ)』
それは、かつての「お袋」が使っていた旧式の暗号を流用した、
恋人たちのための密談だった。
シオンはキッチンカーの屋根の上で、
セラと共に赤く染まる街を眺めていた。
「へへ、理屈じゃねぇんだよ、腹が減るのも、惚れるのもな」
「マスター。街の平均体温が2度上昇しました」
セラが告げる。
「ですが、ヴィクター氏は現在、ルナ監察官の部屋の前で、
三万文字に及ぶ「愛の証明式」を音読しています」
シオンを見る。
「……これは、別の意味で深刻なバグです」
「ルナ! 君の網膜が捉える光の屈折、
その黄金比に対する私の心拍数の上昇は、
もはや量子力学的な不確定性をもってしても説明がつかない!」
「ヴィクター!」
「 つまり……私は君を、定義不能なほどに愛している!」
ヴィクターの叫びが、エイドスの深夜の静寂を切り裂いた。
彼はルナの宿舎の前で、
三万文字にも及ぶ「愛の証明式」が書き込まれた
ホログラム・パネルを掲げ、必死に訴えかけていた。
それだけではない。
シオンの「テリヤキ・ショコラ」を口にした研究員たちは、
次々と自分の専門分野を用いて告白を始めていた。
「僕の熱力学は、君の体温によって
エントロピーが増大し続けているんだ!」
「私のプログラミング言語には、
君という名の無限ループが記述されてしまったわ!」
街は、かつての灰色が嘘のように、
人々の「熱気」で赤く染まり始めていた。
「……これ以上の醜態は容認できん。
エイドスの知性は、不純な糖分によって汚染された」
管理局の最深部、氷点下に保たれた司令室から冷徹な声が響く。
送り込まれたのは、感情中枢を物理的にナノマシンで凍結した
特殊鎮圧部隊『コールド・ナイツ』だった。
彼らは一切の味覚を持たず、
ただ「秩序」という名の冷気を振りまく。
「対象を確保し、情動冷却室へ隔離せよ。
……シオン・グレイスの車両は、分子分解炉へ」
白銀の装甲に身を包んだ兵士たちが、広場へと進軍する。
彼らが通り過ぎるたびに、
愛を語り合っていた住人たちは物理的な冷気で黙らされ、
次々とトラックへ押し込められていった。
「ヴィクター! ルナ! 逃げろ!」
シオンが叫ぶが、
二人は兵士たちに囲まれていた。
「……シオン、無駄です。……彼らには、言葉も、味も届かない。
……完全に、心が凍っているから」
ルナが絶望に瞳を伏せる。
ヴィクターは、ひび割れた眼鏡を押し上げ、
震える手でシオンのキッチンカーを指差した。
「……シオン・グレイス。
私の計算によれば……彼らのナノマシンを融解させるには、
通常の『美味しい』では足りない」
続けて。
「……人間の生存本能が『これ以上は危険だ』と
判断するほどの、極限の熱量が必要だ」
「極限の熱量だぁ?
……へっ、言ってくれるじゃねぇか、理詰め男」
シオンは義手を真っ赤に輝かせ、
キッチンの奥に隠していた「禁断の香辛料」を取り出した。
「セラ! 出力全開だ! 鉄板の温度を、
限界のその先まで引き上げろ!」
「マスター、危険です。
鉄板が溶解する恐れがあります」
セラが警告する。
「……ですが、この街の「凍りついた愛」を溶かすには、
それ以外の解は見当たりません」
シオンが鉄板にぶちまけたのは、
深紅の唐辛子をテリヤキソースで煮詰め、
そこにサブリナ直伝の「高純度ショコラ」を投入した、
地獄のように熱く、天国のように甘い特製ペーストだった。
ジュゥゥゥッ!!
という凄まじい爆発音と共に、
エイドスの冷気を一瞬で蒸発させるほどの
「熱い匂い」が立ち昇る。
それは、ただの料理ではない。
誰かを守りたい、誰かと生きたいという、
シオンの剥き出しの「意志」そのものだった。
「……な、なんだ、この匂いは……。
氷の装甲が、……溶けていく……?」
『コールド・ナイツ』の隊員たちの動きが、
一瞬だけ止まった。
シオンは完成したばかりの、
炎を纏ったようなバーガーを掲げた。
「ほら、アイスクリーム野郎ども!
冷てぇツラしてないで、
この『情熱』を食らってみやがれ!!」
シオンは叫んだ。
次回へ続きます。




