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不純な食卓に、乾杯を

※エラータウン編、最終回です。

ガストルの背後には、

巨大な火炎放射器を備えた

清掃ドローンが控えていた。


「私は新生レグナスの公衆衛生局より、

この『エラータウン』の調理環境、

および提供される食品の有害性を査定しに来た」


周りを見回し、


「だが、結果は見るまでもない。

一時間後、この街を物理的にクリーンにする」


「……おい、待ちやがれ」


シオンが前に出る。


背後では、バルドが激怒し、ジャックが泣き叫び、

サブリナが狂ったように笑っている。


「公衆衛生だか何だか知らねぇが、

この街の味を一度も食わずに焼却処分なんて、

美学がねぇんじゃねぇか?」


「美学だと?

笑わせるな、シオン・グレイス。

貴様のテリヤキも含め、感情を刺激する

料理は全て『依存性毒物』だ」


ガストルは鞄から、

一つの銀色のカプセルを取り出した。


「これが究極の美食、

政府推奨の『完全栄養ペースト・モデル00』だ。

味覚を一切刺激せず、全ての栄養を最短で吸収する。

これこそが、争いのない平和な食の終着点だ」


「……あんなもん、

ただの糊じゃねぇか!」


バルドが叫ぶが、

ガストルは冷酷に告げた。


「ならば証明しろ。

私の『完璧』を、貴様らの『バグ』が超えられる

というのなら、

査定を考え直してやってもいい」


続けて。


「……ただし、調理時間は十五分。

それまでに私の心を動かせなければ、

この街は灰になる」


「……やるしかないわね。

あんな無味乾燥な男に、

この街を消されてたまるもんですか!」


サブリナがドーナツの粉を払い、

真剣な顔で立ち上がった。


「ううっ……。みんなで協力して

……世界一不潔で美味しい料理を……作ってやるぅぅ!!」


ジャックも涙を拭い、包丁を握りしめた。

シオンを筆頭に、これまでは反目し合っていた

「感情の料理人」たちが、一つのキッチンに集結した。


ジャックが三日三晩煮込んだ、

深い悲しみの「コンソメスープ」。


バルドが憤怒の火力で焼き上げた、

極厚の「牛スネ肉」。


サブリナが計算した、

狂おしいほど甘い「スパイスの調合」。


リンが研ぎ澄まされた無感動で調整する、

「塩加減の絶対零度」。


そして最後にシオンが、

それら全てのバラバラな感情を一つに繋ぎ止めるための、

命懸けの「テリヤキ・グレーズ」を回しかけた。


「……ほう、

下等なバグたちが群れて何を……」


ガストルの前に出されたのは、

真っ黒に輝く、形容しがたい肉料理だった。


名前はない。


強いて言えば、

『エラータウン・フルコース・サンド』。


ガストルは潔癖症ゆえの躊躇を見せながらも、

査定官の義務として一口、

その肉を口に運んだ。


「……っ!?

……ぐ、あ……っ!!」


次の瞬間、

ガストルの手に持っていた

銀色のフォークが床に落ちた。


彼の脳内に、かつて自分が「無駄だ」として

切り捨ててきた感情の奔流が、

濁流となって流れ込んできたのだ。


ジャックの悲しみが胸を締め付け、

バルドの怒りが血を沸かせ、

サブリナの快楽が視界をピンク色に染め、

シオンのテリヤキが、

それら全てを「生きる力」へと変換していく。


「……不、不潔だ……!

脂っこくて、辛くて、甘くて……。こんな……こんな、

計算式にない『暴力的な美味しさ』は、

あってはならないんだ……っ!」


ガストルの瞳から、

一筋の涙がこぼれ落ちた。


それは、

完璧なシステムの中に閉じ込められていた、

彼自身の「バグ」が目覚めた瞬間だった。


エラータウンの広場に、

かつてない静寂が訪れていた。


ガストルの頬を伝った一筋の涙が、

石畳に落ちて弾ける。彼は呆然と、

自分の手の中にある食べかけのサンドイッチを

見つめていた。


「……信じられん。私の論理回路ロジックが、

この……泥臭い脂の塊を

『幸福』だと定義している……」


背後の清掃ドローンが、

主人のバイタル異常を検知して警告音を鳴らす。


『警告。対象者の情動指数が危険域を突破。

強制鎮静モードに移行しますか?』


「……黙れ」


ガストルは短く命じ、

ドローンの電源を自らの手で切った。


「ガストルさん。

……あんたの『完全栄養ペースト』じゃ、

その涙は出せなかったはずだぜ」


シオンがフライパンを肩に担ぎ、

ニヤリと笑う。


ガストルは、乱れた制服の襟を正し、

再び白手袋をはめた。


だが、その瞳には先ほどまでの冷酷な光はなく、

どこか憑き物が落ちたような清々しさが宿っていた。


「……査定結果を告げる。

エラータウンの調理環境は……最悪だ。

衛生基準は、お袋の時代の規定を数千倍

上回る違反状態にある」


住民たちの間に、

絶望の溜息が漏れる。


バルドが拳を握り、

ジャックが再び泣き崩れようとしたその時、

ガストルが言葉を続けた。


「……しかし。この街で提供される食品には、

栄養学を超越した『精神修復効果』が認められる。

よって、私はこの街を『歴史的感情保全特区』として承認する。

……清掃ドローンは撤収だ。……この……不潔極まりない、

しかし輝かしいゴミ溜めを、守ることにしよう」


「…………やったぁぁぁぁぁ!!」


ジャックの絶叫を皮切りに、

街中に爆発的な歓喜の声が響き渡った。


バルドはガストルの背中を(骨が折れそうな勢いで)叩き、

サブリナは特級のドーナツを彼の口に無理やりねじ込んだ。


その夜、


エラータウンでは史上最大の宴が開かれた。


シオンのテリヤキをベースに、

街中の「バグった」食材と感情がごちゃ混ぜになった、

世にも奇妙で美味しい料理がテーブルを埋め尽くす。


「シオン! あんたがいなきゃ、この街は灰になってたよ!

……お礼に、私の『秘密のスパイス』、全部分けてあげる!」


サブリナが上機嫌でシオンの腕を掴む。


「……ふん。シオン、お前のテリヤキ……少しは認めてやる。

だが、次は俺の『激怒火力』で、

お前のキッチンカーごと焼き尽くしてやるからな!」


バルドが照れ隠しに炎を吹き上げる。

シオンは、笑い声が絶えない広場を見渡しながら、

傍らのセラに語りかけた。


「……セラ。見てろよ。この『感情バグ』が、

いつか世界中の壁を壊すんだ」


そして。


「……不純で、わがままで、最高に旨い……

そんな世界を、俺は作りたい」


「……理解しました、マスター。

……あなたの演算は常に非効率です」


しばらくの間、


「ですが、その「非効率」こそが、

私の知らない未来を演算する鍵になるのでしょう。

……さあ、行きましょう」


「そうだな」


「次の街でも、あなたの「不純なテリヤキ」を待っている、

腹を空かせた迷い子たちがいるはずです」


翌朝。


エラータウンの住人たちに見送られ、

シオンとセラのキッチンカー『セラフィオン号』が

再び走り出した。


「おーい! シオン!

また泣きたくなったら、いつでも来いよぉぉ!」


ジャックの号泣が遠ざかっていく。


シオンはアクセルを強く踏み込んだ。


サイドミラーに映るエラータウンは、

朝日を浴びて、どの洗練された都市よりも美しく、

歪に輝いていた。


「……よし、セラ! 次はどこの街だ?」


「……現在、北西三〇キロ地点に

『恋愛感情が禁止された元研究都市』を検知」


続けて。


「住民の八割が重度の栄養不足……および、

甘味の欠乏によるストレス状態にあります」


「恋愛禁止だと?

……そいつはテリヤキの出番だな!」


キッチンカーは、琥珀色の砂塵を上げて、

地平線の向こうへと消えていく。


本物の空の下、美味しいものを食べて、

笑って、泣いて、愛し合う。


そんな当たり前の「バグ」に満ちた、

新しい世界の物語は、まだ始まったばかりだ。

次回、舞台は無色の研究都市エイドスへ。

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