エラータウンの絶叫定食
※情緒不安定の街、エラータウンワールドへの旅が始まります。
エラータウンの朝は絶叫から始まる
「うわぁぁぁん!
今日のキャベツの千切りが!
一ミリ太い! 私はなんてダメな人間なんだぁぁぁ!」
エラータウンの目抜き通りにある
定食屋『バグズ・キッチン』。
店主のジャックは、
包丁を握りしめながら、まな板の前で号泣していた。
エラータウンの住人は、
特定の感情が「増幅」されるバグを抱えている。
ジャックの場合は「悲哀」だ。
彼は嬉しい時も、悲しい時も、怒っている時も、
ただひたすらに泣く。
しかし、その涙が止まらない一方で、
彼の手元は恐ろしく正確に動いていた。
「……ジャック、
うるさい。泣くなら玉ねぎを切ってから泣け」
常連客の少女、
ミアが耳を塞ぎながらカウンターに座った。
彼女のバグは「倦怠」。
常に死ぬほどだるそうだが、
食に対する執着だけは人一倍だった。
「ひっ、ひぐっ……。ミアちゃん、聞いてくれよ……。
このスープの出汁をとるのに、三日三晩……寝ないで
『お袋』の悪口を言いながら煮込んだんだ……。
憎しみが足りなくて、なんだか味が……優しくなっちゃったんだよぉ……!」
エラータウンにおいて、
料理は単なる栄養補給ではない。
それは、
システムに奪われていた「情動」の排泄であり、
表現だった。
ジャックが差し出したのは、
深い琥珀色のコンソメスープ。
一口啜った瞬間、ミアの全身に電気が走った。
「…………!……うまっ」
「だろう!? 悲しみをベースに、
一煮立ちさせた嫉妬と、仕上げに一振りの狂気を加えたんだ!
飲めば飲むほど、人生のやりきれなさが五臓六腑に染み渡る……
そんな一杯だぁぁ!」
ジャックはエプロンで顔をぐしゃぐしゃにしながら、
自分もスープを飲んでさらに泣き出した。
エラータウンでは、美味しいものを食べた時の礼儀は、
静かに味わうことではない。
その味に呼応して、
自分のバグ(感情)を最大限に爆発させることなのだ。
そんな平和(?)なエラータウンに、
一人の男が現れた。
銀の義手を持ち、腹を空かせた少年——シオン・グレイスだ。
「……なんだぁ? この街、全員情緒不安定かよ。……。
お、いい匂いじゃねぇか。
おい、店主! 俺にもその『泣けるスープ』ってのをくれ!」
シオンが店に踏み込んだ瞬間、
エラータウンの住人たちの視線が一斉に彼に注がれた。
彼らは知っていた。この少年が、
世界に「テリヤキ」という名の最大の感情を
解き放った張本人であることを。
「シオン……グレイス……。
君のテリヤキのせいで……私の人生は……もう、
あの無味無臭な生活には戻れなくなっちゃったんだよぉ!!」
ジャックは鍋を抱えてシオンに突撃した。
それは攻撃ではなく、
料理人としての「果たし状」という名の、
あまりにも重い愛情表現だった。
ジャックの「悲しみのスープ」が店内に
溢れんばかりの号泣を誘っていたその時、
店のドアが蹴破られるような勢いで開いた。
「おい、ジャック!
いつまでジメジメしたもん作ってやがる!
湿気で俺の自慢のモヒカンが寝ちまうだろうがぁ!!」
現れたのは、街一番の短気男・バルド。
彼のバグは「激怒」。
常に血管が浮き出るほど怒り狂っているが、
その怒り(エネルギー)を全てフライパンに叩きつけることで、
街最高の火力を操る料理人だ。
「ヒィッ! バルドさん!
暴力はいけませんよぉ、悲しみが深まるだけですぅ!」
「うるせえ! 悲しみなんてのはな、
この俺の『激怒・ホットソース』で
焼き尽くしてやるよ!!」
バルドがカウンターに叩きつけたのは、
真っ赤を通り越してどす黒い輝きを放つソースの瓶だった。
その蓋が開いた瞬間、店内の空気が一変し、
シオンの鼻にツンとした鋭い刺激が突き刺さる。
「……ほう。面白そうじゃねぇか。
おい、モヒカン! そのソース、
俺のテリヤキとどっちが熱いか試してやろうか!」
シオンは不敵に笑い、
バルドのソースをスプーンですくい取った。
「シオン、やめて!
それはただの調味料じゃない、
バルドさんの昨日の『お袋に対する恨み節』を
六時間煮詰めた濃縮怒りなんだから!」
ミアの制止も間に合わず、
シオンはそのソースをパクりと口にした。
一瞬の静寂。
次の瞬間、
シオンの顔面は茹で上がったカニのように赤くなり、
目からは火花が散った。
「ッ……ッッッ!!!!
……っはぁぁぁぁぁぁ!!!!!
熱い! 熱いなんてもんじゃねぇ!
喉の奥で核融合が起きてやがる!!」
「ハッハァ! ざまぁ見ろ!
それがエラータウンの『怒り』だ! 綺麗事じゃねぇ、
腹の底から湧き上がる衝動を食いやがれ!」
店内が怒りと悲しみのカオスに包まれる中、
厨房の隅から一人の女性が音もなく姿を現した。
彼女の名はリン。
かつての「お袋」の給食配送ドローンの元管理官で、
彼女のバグは「無感動」。
どんなに美味しいものを食べても、
どんなに騒がしくても、彼女の表情は氷のように動かない。
「……五月蝿い。
ジャックのスープは水気が多すぎ。
バルドのソースは塩分過多。
……そしてシオン。
あなたの騒音は環境基準値を超えている」
リンが手に持っていたのは、
何の変哲もない真っ白な「おにぎり」だった。
彼女はそれを無造作に三人の前に置く。
「……食べなさい。舌が死ぬ前に」
シオンが半信半疑で
そのおにぎりを口に運ぶ。
……するとどうだろう。
バルドのソースで焼き切れていた味覚が、
ジャックのスープで乱れていた情緒が、
まるでお袋のシステムがリブート(再起動)されるように、
スッと鎮まっていく。
「……なんだこれ。ただの米なのに……。落ち着く。……なんだか、
自分が何をしようとしてたか思い出せそうな……そんな味だ」
実はリンの作る料理には、ある秘密があった。
それは……。
次回へ続きます。




