表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/83

空を夢見るジャンク屋

※リナの物語です。

リナは秘密基地へと

走り込んだ。


そこには、

カイルが最後まで

直そうとしていた

古いラジオと、

彼女が拾い集めた

ガラクタの山がある。


「……おシステム

なんだってのよ。

壊せない機械なんて、

この世にないんだから!」


彼女は震える手で、

大型ドローンのジャンクから

抜き取った高圧バッテリーと、

違法改造された

電磁パルス(EMP)発生器を

組み合わせ始めた。


正規の教育も

受けていない八歳の少女。


しかし、

毎日ガラクタを分解し、

生きるために

配線をいじり続けてきた

彼女の指先は、

理屈を超えた直感で

「システムの急所」を

導き出していく。


「見てなさいよ。

……カイルを、

返してもらうんだから!」


移送車が下層ロウアー

ゲートを

通過しようとした。


その瞬間。


ビルの三階、

錆びついた非常階段に

潜んでいたリナが、

自作の「EMP爆弾」を

投げ下ろした。


パァン!


という乾いた音と共に、

青白い火花が散る。


移送車の

電子ロックが狂い、

周囲の監視ドローンが

一斉に機能を

停止して落下した。


「今よ……カイル!!」


リナは階段を飛び降り、

強制解放されたカプセルの

ハッチをこじ開けた。


中から転がり出た

カイルの手を、

リナは力一杯握りしめる。


「リナ!?

どうして……」


「いいから走って!

ゲートが再起動する前に!」


二人は手を繋ぎ、

霧雨の降るスラムの

迷路へと駆け出した。


お袋の管理から外れた、

数分間だけの「自由」。


だが、それはあまりにも

脆い輝きだった。


EMP爆弾の余波で

麻痺したゲートを抜け、

リナとカイルは地下五層の

廃棄ダクトへと逃げ込んだ。


背後からは、

再起動した監視ドローンの

不気味な赤外線レーザーが、

闇を切り裂きながら迫ってくる。


「はぁ、はぁ、

……リナ、

もう、いいよ。

僕のせいで君まで

『再調整』されたら……」


カイルが足を止め、

リナの手を離そうとする。

だが、リナは少年の手を

さらに強く握りしめた。


「馬鹿言わないで!

カイルがいなくなったら、

誰があのラジオを直すのよ。

誰が私に、本当の空の話を

してくれるのよ!」


リナの目には、

涙ではなく、

システムへの烈火のような

拒絶が宿っていた。


しかし、


行き止まりの壁が

二人を阻んだ。


振り返ると、

そこには清掃局の職員ではなく、

より上位の個体

——白いコートを纏った

「執行官補佐」が立っていた。


その手には、

対象の神経系を一時的に焼く

スタン・ロッドが握られている。


「情動の暴走は、

伝染病と同じだ。

リナ・アスカール。


貴様の『バグ』は、

ここで摘み取らねばならない」


執行官が冷徹に

歩を進める。


リナはカイルを

背中に隠し、

手近にあった

鉄パイプを構えた。


だが、

子供の腕力では、

強化外骨格を備えた

大人には通用しない。


その時だった。


カイルがリナの肩に

そっと手を置いた。


「リナ。これ、

持ってて」


カイルは、

あの金平糖の瓶を

リナのポケットに

ねじ込んだ。


中には、

最後の一粒——

ひときわ鮮やかな

「黄色の星」だけが残っていた。


「……え?」


「僕、分かったんだ。

お袋が僕を連れて行くのは、

僕が『味』を知っちゃったからじゃない。

君に『味』を教えちゃったからだ」


カイルはリナの前に

一歩踏み出し、

執行官に向かって

両手を広げた。


「……待って、

カイル! 何してるの!」


「リナは、

ジャンクを直すのが上手だよね。

いつか、僕のラジオも直してよ。

それで……本当の空を見つけたら、

僕の名前を呼んで」


カイルが執行官の注意を

引きつけた一瞬の隙に、

彼はダクトの非常レバーを引いた。


リナの足元の

床が抜け、

彼女の体は地下深くの

ゴミ集積場へと滑り落ちていく。


「カイルーーーーーッ!!」


リナの絶叫が響く中、

カイルは微笑みながら、

執行官の放つ白い閃光に

飲み込まれていった。


暗く汚れたゴミの山の上で、

リナは一人、目を覚ました。


全身の痛みよりも、

胸の奥に空いた大きな穴が

痛かった。


震える手でポケットを探ると、

あの瓶があった。


リナは最後の一粒、

黄色の金平糖を口に含んだ。


「……う、

……ううっ……」


甘い。


なのに、

これ以上ないほどに、


苦い。


頬を伝う涙が

混じった金平糖の味を、

リナは一生忘れないと誓った。


この「味」を奪う世界を、

いつか自分の手で

修理してやると。


◇◇◇


カイルが光の中に

消えたあの日から、十年。


地下居住区

『エラータウン』の片隅に、

一軒の奇妙な店があった。


看板には殴り書きで

『アスカール・ジャンク』。


店主のリナは、

今やこの界隈で

知らない者はいない、

腕利きのメカニックへと

成長していた。


「リナさん、

このドローンのチップ、

なんとか直らないかな?」


「無理ね。

中身が完全に焼けてる。

……けど、こっちの

旧型モジュールを噛ませれば、

本来の三割くらいの出力で

動くようにしてあげる。

……代金は、

まともなオイル一缶ね」


客を追い返したリナは、

作業台の奥にある

「開かずの箱」をそっと開けた。


そこには、

傷だらけで音の出ない

古いラジオと、

中身が空っぽになった

小さなガラス瓶が

鎮座していた。


カイルを失った後、

リナは狂ったように

機械の知識を詰め込んだ。


いつか彼が言った

「本当の空の声」を聞くために。


そして、


二人の思い出を「バグ」として

消し去ろうとしたこの世界を、

内側から作り変えてやるために。


ある日の午後。


午後六時の紫色の空が、

いつものように

不自然に街を照らし始めた時だった。


ガシャン、


というけたたましい音と共に、

店の裏口のゴミ溜めに

何かが突っ込んできた。


「……痛てて……。

クソ、開発局の連中め、

あんなところに新型の

トラップ仕掛けやがって……」


泥まみれで、

右腕に奇妙な銀色の

義手をつけた少年——

シオン・グレイスが、

そこに転がっていた。


リナは呆れたように腰に手を当て、

少年の襟首を掴み上げた。


「ちょっとあんた、

人の店のゴミ箱を何だと

思ってるのよ。

修理代、高くつくわよ」


「……へへ、悪りぃ。

……それよりよ、姉ちゃん……。

この近くに、

いい匂いのする店、

ねぇかな……」


シオンの腹が、

雷のような音を立てて鳴った。


その音を聞いた瞬間、

リナの脳裏に、

あの秘密基地で聞いた

カイルの笑い声が

リフレインした。


「……あんた、名前は?」


「シオン。

……シオン・グレイス。

……腹が減りすぎて、

もうテリヤキの幻覚が見えそうだ……」


リナは鼻で笑い、

奥の棚から一缶の、

貴重な備蓄食糧を取り出した。


「テリヤキなんて

知らないけど……。

死なない程度の栄養なら、

分けてあげるわよ」


シオンを店に入れ、

彼が拾ってきたという

奇妙な黒い立方体——

後に『セラ』と名乗ることになる

AIのコア——

を弄りながら、リナはふと、

ポケットの中の空瓶に触れた。


あの日、


カイルが教えてくれた

「甘い」という感情。

それは、シオンが追い求める

「味」への執念と、

どこか似ている気がした。


管理社会の天井をぶち抜いて、

不自由な自由を掴み取ろうとする

この少年の危なっかしさが、

かつての自分と重なった。


「いい? シオン。あんたのその腕、

私が最高に使いやすくしてあげる。

その代わり、

いつか

あんたが『本当の空』を見つけたら……」


リナは、店の棚に置かれた

カイルのラジオを見つめ、

静かに微笑んだ。


「……一番に、

私を招待しなさいよね。

最高に不純で、

最高に美味しい宴会に」


「……おう、約束だ。

……セラ、聞いたか? この姉ちゃん、

話がわかるぜ!」


『……理解不能です。

ですが、

マスターの生存率が上昇することは、

私の演算においても……

歓迎すべき事項です』


壊れたラジオは、

まだ音を奏でることはない。


けれど、リナの胸の中では、

新しい「星屑」が輝き始めていた。


いつか、

テリヤキの香ばしい匂いと共に、

本当の空の下で

笑い合える日が来ることを信じて。

※リナの物語、これにてオシマイです。

※明日へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ