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小さな恋の真空管

※リナの物語です。

◇第一回:灰色のスラムと「星」の少年◇


惑星レグナスの地下居住区、

通称『エラータウン』


そこは、地上を支配する

「おシステム」が排出した、

文明の排泄物が積み上がる場所だ。


壊れたドローン、


摩耗した配管、


用途不明の電子基板。


八歳のリナ・アスカールは、

体格よりも大きな袋を背負い、

煤まみれの手で瓦礫を掻き分けていた。


「……またスカか。

今日の配給、

半分に減らされちゃうな」


リナは額の汗を拭い、

ホログラムの空を見上げた。


午後六時。


不自然に鮮やかな

紫に切り替わったばかりの空は、

彼女たちの過酷な現実を

嘲笑っているようだった。


その時、崩れた建物の影から、

奇妙な音が聞こえてきた。


カチャ、カチャ。

……キィィィ。


と金属が擦れる音。


「……誰?

泥棒なら、

私の袋には何もないよ」


リナが錆びたスパナを

構えて近づくと、

そこには自分と同じ年格好の

少年が座っていた。


少年は、リナが今まで

見たこともないほど

澄んだ瞳をしていた。


彼はリナの威嚇に

怯える様子もなく、

膝の上に置いた「何か」を

丁寧に磨いていた。


「これ、

ラジオって言うんだって。


昔は、空を飛んでいる波を拾って、

遠くの人の声が聞けたらしいよ」


「……そんなの嘘。

声は端末から出るものでしょ?

お袋が許可した声だけがね」


リナは鼻を鳴らしたが、

少年の指先が奏でる金属の音には、

どこか抗えない魅力があった。


「僕はカイル。

君は?」


「リナ。

……ねえ、それ、動くの?」


「まだ。

でも、いつか『外の声』を

聞いてみたいんだ。

お袋の天井を通り抜けた、

本当の空の向こう側の声を」


カイルは不意に、

腰のポーチから

小さな小瓶を取り出した。


中には、カラフルで、

デコボコした形をした、

宝石のような粒が入っていた。


「……なにこれ。

基板の破片?」


「ううん。

『金平糖』。

……三〇〇年前の記憶の欠片だって、

おじいちゃんが言ってた」


カイルは、

その中から一粒、

リナの手の平に乗せた。


「リナに半分あげる。

これ、食べられるんだよ」


リナは目を見開いた。

管理社会において「食」とは、

お袋が管理する無味無臭の

栄養ペーストのみ。


それ以外の摂取は

「異常行動」とみなされる。


しかし、


少年の優しい眼差しに

誘われるように、

リナはその小さな「星」を

口に含んだ。


◇第二回:初めての「甘い」◇


「……そんなに

まじまじ見ないでよ。

ただの、古い食べ物でしょ」


リナは強がりながらも、

手の平に乗った

ピンク色の小さな塊——

『金平糖』から目が

離せなかった。


カイルは悪戯っぽく

微笑んで、

自分も一粒

口に放り込む。


「いいから。

舌の上でゆっくり

転がしてみて」


リナは意を決して、

その「星の欠片」を

口に含んだ。


最初はただの冷たい

石のようだった。


しかし、


数秒後。

唾液に溶け出した糖分が、

今まで眠っていた

彼女の味蕾みらい

一斉に叩き起こした。


「……っ!!」


リナの身体がびくん、

と震えた。


脳の奥が痺れるような、

強烈な刺激。


お袋が提供する

「栄養ペースト」には

一ミリも含まれていない、

生存には不要な、

けれど精神を狂わせるほどに

心地よい『甘み』。


「な、にこれ……。

口の中が、

キラキラしてる……」


「だよね。

おじいちゃんが

言ってたんだ。


昔の人は、

これを食べて『幸せ』を

補給してたんだって」


リナは二粒目を

ねだる代わりに、

自分の袋からさっき

拾ったばかりの

「真空管の残骸」を取り出し、

カイルに突き出した。


「これ、あげる。

……あんたのラジオ、

直すのに必要でしょ?」


「えっ、いいの?

これ、結構レアな

パーツだよ」


「いいのよ。

……その代わり、

明日もここで

会いなさいよね。

金平糖、

まだあるんでしょ?」


それが、

二人の「契約」だった。


◇◇◇


それから数週間、

二人はゴミ捨て場の奥にある、

放棄された大型コンテナの中に

「秘密基地」を作り上げた。


リナがジャンク屋の娘

としての片鱗を見せ、

周囲のガラクタで目隠しを作り、

カイルが拾ってきた

古い本やラジオを並べる。


そこは、

一〇〇億画素のホログラムの空も、

監視ドローンの電子音も届かない、

二人だけの「聖域」だった。


「ねえ、カイル。

ラジオが直ったら、

本当に外の声が聞こえるの?」


「うん。きっとね。

お袋が隠してる、

本当の空の向こうには、

まだ人間が住んでる場所が

あるかもしれないんだ」


カイルは、

磨き上げたラジオのダイヤルを

愛おしそうに回す。


リナはその横顔を眺めながら、

自分の中に芽生えた、

言葉にできない

熱い感情を持て余していた。


それは金平糖の

甘さよりもずっと、

胸の奥を締め付ける

ものだった。


二人が「お袋」の定めた

スケジュールを逸脱し、

非生産的な交流を

重ねていることは、

システムのログに着実に

蓄積されていた。


ある日の夕方。

いつものように秘密基地へ

向かおうとしたリナは、

路地の角で

不気味な光景を目にする。


白い防護服を着た

「清掃局」の職員たちが、

カイルの住んでいた

簡易住居の周りを取り囲んでいた。


「……個体番号:K-0412。

及びその親族。

情動指数の異常上昇を確認」


「処置:『再調整』のため、

深度六層・矯正収容施設へ移送——」


リナの心臓が、早鐘を打つ。


「カイル……!」


◇第三回:届かない指先◇


「……待ってよ!

カイルをどこに

連れて行くの!?」


リナの叫びは、

清掃局の防護服を着た

男たちの背中に

虚しく跳ね返った。


カイルは、

白く無機質な

移送用カプセルの中に

閉じ込められていた。


彼の瞳には恐怖はなく、

ただ、リナに「来るな」と

訴えかけるような、

深い悲しみだけが宿っていた。


「……個体識別番号:R-2715

(リナ・アスカール)。

公務執行妨害は『再調整』の

対象となる。退け」


職員の一人が、

感情のない声でリナを

突き放した。


リナは地面に

這いつくばりながら、

遠ざかっていく

移送車を睨みつけた。


(あいつらは、

カイルの心を『ゴミ』だと

思ってるんだ)


胸の奥で、

金平糖の甘さとは対極にある、

焼けるような怒りが爆発した。

次回へ続きます。

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