降水確率〇・〇二%以下
※生き残るために、食べろ。
「――雨が、降らねえ」
シオンは、
ひび割れ始めた大地に膝をつき、
天を仰いだ。
レグナスの空は、
かつての偽りの青空よりもさらに過酷な、
燃えるような真昼の光を放ち続けている。
アイオロスのデータで
芽吹いた黄金の麦たちは、
水分を失い、
その細い茎を弱々しくしならせていた。
「このままじゃ、
収穫の前に全部枯れちまう。
……おい、何かねえのか!
三〇〇年前の知恵とかよ!」
「マスター……。
落ち着いてください。……。
……現在、大気中の湿度は八%。
……雨雲が発生する確率は〇・〇二%以下です。
……知恵を絞っても、ないものは出せません」
セラが、日傘代わりにマントを広げながら、
冷徹な現実を突きつける。
「……よし、こうなったら
『雨乞い』だ!ジャック!」
「雨乞いって……」
「村の連中を集めて太鼓を叩け!
俺が踊って天に訴えてやる!」
「……。マスター、正気ですか?……。
……「雨乞い」という原始的、かつ非科学的なオカルト儀式が
気象に影響を与える確率は、
私の演算によれば完全にゼロです」
ため息。
「空気中の分子構造を無視して、
あなたが奇妙なステップを踏むことに
何の意味があるというのですか?」
「昔の人の知恵だぞ」
「……論理的に言って、時間の無駄。
体力の浪費、むしろその汗で麦を濡らした方が、
まだ幾分か合理的です」
「うるせえ!理屈じゃねえんだよ、
こういう時は気持ちなんだよ!」
二人が激しく言い争っていると、
どこからともなく、
耳に馴染んだ軽い口笛が聞こえてきた。
『ははっ、相変わらず仲がいいね。妹よ、
そんなに冷たくしちゃ、可愛い顔が台無しだぞ』
陽炎の向こう側から、
リンゴをかじりながら歩いてくるホログラムの姿。
アイオロスだ。
「アイオロス!お前、
ダンジョンにいたんじゃねえのか!?」
『あ、これ? これはセラフィオンの記憶領域に残した
「お助け兄ちゃんプログラム」さ。……シオン君、雨が欲しいんだって?
……いいよ。セラフィオンには、そのための真の能力が備わっているからね』
アイオロスが指を鳴らすと、
セラフィオンの装甲がカシャリと音を立てて展開し、
胸部中央のクリスタルが脈動を始めた。
『セラフィオン・テラフォーミング・バージョン、
コードネーム「ジェネシス」』
「ジェネシス?」
『……これはね、
単なる気象操作装置じゃない……。
人々の『願い』の指向性を、
物理的なエネルギーに変換する触媒なんだ』
「願いを……エネルギーに?……。
おい、それじゃあ結局、
俺が言った『雨乞い』と同じじゃねーか!」
シオンの突っ込みに、
アイオロスは不敵な笑みを浮かべた。
『いや、もっと具体的だよ。
レグナスの市民たちの心を一つにするんだ』
アイオロスは語る。
『……三〇〇年間、
システムの管理下で『望むこと』を忘れた連中に、
もう一度「喉が渇いた」「雨が見たい」という
強烈な生の渇望を思い出させる』
そして。
『一万人の脳波が同期した時、
セラフィオンのジェネシス・コアは、
成層圏の水分を一気に収束させる
強力な磁場を形成する』
「……。……人々の脳波を、
……環境制御システムへの
コマンドとして利用する……?」
セラが戸惑う。
「……アイオロス、……。
……それは論理的ではありません。……。
あまりにも……不確定要素が多すぎます」
セラが困惑する中、
アイオロスはシオンの肩を叩くような仕草をした。
『論理なんて、テリヤキの匂いで吹き飛ばしちゃえよ……。
シオン君、君の仕事だ。……。この乾いた街の連中に、
『雨上がりに食うテリヤキの美味さ』を説いてまわるのさ!』
「……。……。……へっ、お安い御用だ!」
シオンは立ち上がり、
エラータウンの住人たちが待つ
広場へと走り出した。
◇◇◇
広場には、絶望に暮れる人々が集まっていた。
シオンはセラフィオンの肩に立ち、拡声機も使わずに、
喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「みんな、聞け!
……俺たちは、三〇〇年待った!」
みんなを見渡す。
「……麦が枯れるのを、
ただ見てるつもりか!?……。
思い出せ!……土の匂いがする風……
肌を濡らす水の冷たさ……。」
シオンは叫ぶ。
「そして、
雨上がりの澄んだ空気の中で、
……腹いっぱいテリヤキを頬張る
あの至福の瞬間を!」
シオンの言葉が、
乾ききった人々の心に小さな波紋を広げていく。
「……雨。……そうだ、雨が見たい。……」
「……俺……。泥だらけになって
……思いっきり水を浴びたいよ!」
一人の願いが、十人の共鳴を呼び、百人の渇望へと変わっていく。
セラフィオンのジェネシス・コアが、人々の「想い」を吸い込み、
眩いばかりの青い光を放ち始めた。
「……。……。計測不能な脳波パターンを確認……。
……。大気中の飽和水蒸気量が……急上昇しています」
セラの声。
「……。信じられません。
……世界が、人々の声に、
応えようとしています……!」
セラが驚く。
「『……。……絶望の乾きを、……。
……希望の雫で……塗りつぶせ……。
……空よ……。……我らの……腹ペコの叫びを
……聞き届けろ!!』」
グリードがオメガの槍を天に突き立てた。
瞬間、
轟音が響いた。
そして、ピチャリ、
とシオンの鼻先に、一滴の冷たい雫が落ちた。
※次回へ続きます。
【連載完結のお知らせ】
2026年1月6日から連載を始めた本作品は、同年4月20日に完結致します。
完結まで1カ月強、もうしばらく、お付き合いください。




