天使は剣を鍬(くわ)に持ち替えて
※生きることは、食べることという物語です。
「――おい、ポエム野郎!
そこ、あと三十センチ深く掘れ!
排水が悪いと根腐れすんだよ!」
シオンの怒鳴り声が、
レグナス近郊の荒野に響き渡った。
極北から帰還した一行を待っていたのは、
休む間もない「労働」の日々だった。
アイオロスの遺産——テラフォーミング・データを受信した
セラフィオンは、その白銀の装甲を日光を効率よく
吸収する「集光形態」へと変え、広大な砂漠のど真ん中に立っていた。
「『……誇り高き騎士の槍が、……今、……土を穿つ。……この屈辱を、
大地への接吻と呼ぶべきか……ネメシス、……腰の駆動系が、
……悲鳴を上げている……』」
漆黒の天使装甲〈オメガ〉が、巨大な騎士槍を地面に突き立て、
力任せに引きずる。本来、一撃で巨大な汚染生物を貫くための武装は、
今や巨大な「鍬」として、大地に果てしなく続く畝を刻んでいた。
「……。マスター、泣き言を言うエネルギーがあるなら、
あと四ヘクタール分、土を反転させてください。
……土壌の窒素濃度が〇・五%不足しています。
肥料散布ポッド、射出シークエンスに移行します」
セラフィオンの背中のバインダーが展開される。
かつてファンネル状の兵器が格納されていた場所から射出されたのは、
アイオロスのデータに基づき、シオンが調合した
「特製・テリヤキ由来有機肥料ナノマシン」を封入したカプセルだった。
シュババババッ!と空中で弾けたカプセルが、
黄金の粉末となって大地に降り注ぐ。
「よし、いいぞセラ! 出力安定してるな。それにしても、
セラフィオンがこんなに農作業に向いてるとは思わなかったぜ」
「マスター、その発言は聞き捨てなりません。
私のセンサーは、一キロ先の敵の心音すら捉えるものですよ?
それを『種を植えるためのミリ単位の穴掘り』に転用するなど、
開発した技術者が知れば悶絶して憤死するでしょう」
「いいじゃねえか、平和で。
開発者だって、自分の作ったロボットが美味いパンを食うために
使われてるって聞いたら、草葉の陰で腹鳴らして喜ぶさ」
シオンは、セラフィオンの巨大な手のひらの上で、
アイオロスから託された「原種の麦」の粒を
愛おしそうに眺めていた。
「……。マスター。……。確かに、悪くない気分です。
破壊のための計算より、芽吹くためのシミュレーションの方が、
処理落ちしそうなほど、心地よいノイズを感じます。……ですが、
……一つ、論理的な問題があります」
セラが、汗を拭いながら(その仕草も、最近はすっかり
人間らしくなってきた)シオンの隣に座る。
「問題? なんだよ、ナノマシンの出力不足か?」
「いえ。……。この広大な農地が完成した際、
収穫の喜びを祝うための『収穫祭』に、今の私のスペックでは、
ドレスの一着も用意されていないという事実です。……。マスター、
……あなたは、私をこの無骨な装甲のままで踊らせるつもりですか?」
「はあ!? お前、それ……今、言うことかよ!」
「最重要事項です。……。食卓に彩りが必要なように、
開拓には『華』が必要です。……。マスター、今すぐ私の外装レイヤーに
『エプロンドレス』のテクスチャを上書きする許可を」
「……後でな。今はそのエネルギーを全部、肥料の散布に回せ!」
二人の眼下では、エラータウンの住人たちが、
驚きと希望の入り混じった表情で、
天使たちが耕した大地に種を蒔いていた。
「シオンさーん! 本当に芽が出るのかい、これ!?
三〇〇年、ペンペン草すら生えなかったんだぜ!」
ジャックが、ボロボロのシャツを振りながら叫ぶ。
「信じろ! こいつ(セラ)が計算したんだ、
明日には景色が変わってるぜ!
……おい、ジャック! 種はもっと優しく置けって言ったろ、
この不器用野郎!」
「へいへい、怒るなって!
一億度のプラズマでテリヤキ焼くような男に、
繊細さを説かれたくないねぇ!」
荒野に笑い声が広がる。それは、三〇〇年前の戦争以来、
この星から失われていた「未来を信じる音」だった。
その夜。
シオンたちは、焚き火を囲んで、
セラフィオンが放つ柔らかな「成長促進光」に照らされていた。
セラが静かに歌う旧時代の労働歌が、ナノマシンを通じて風に乗り、
エラータウンの隅々まで届いていく。
そして翌朝。
レグナスの住人たちが目にしたのは、
三〇〇年間の沈黙を破り、
灰色の砂漠を突き破って一斉に芽吹いた、
「黄金の産声」だった。
「……。……。……出た。……。芽が出たぞぉぉ!!」
一人の叫びが、地響きのような歓声に変わる。
シオンは、朝露に濡れる小さな緑の芽を指先でそっと撫でた。
「……セラ。……これだ。……これが、俺たちの欲しかった、
本当の『自由』の味だ。……。ただの食欲じゃねえ。
……自分たちの手で、明日を育てる味だ」
「……。肯定、マスター。……。光学センサーが、
露の反射で少し……いえ、かなり……バグを起こしているようです。
収穫まで、あと六日。……世界で一番長い一週間を……。
最高に空腹な状態で過ごすことにしましょう」
「ああ、とびきりのテリヤキ・サンドイッチを作ってやるよ」
地上の太陽が、芽吹いたばかりの若い緑を、
優しく、けれど力強く照らし出していた。
次回へ続きます。
本作は全105話予定です。
現在連載中のストーリーは4月20日に完結予定となります。
ここまで読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
最後までお付き合いいただければ嬉しいです。




