黄金の開拓と消臭の聖戦
※生きることは、食べることという物語です。
無数の光の筋が、
地下深奥から吸い上げられるように
セラフィオンへと集束していく。
それは単なる「種」の現物ではない。
三〇〇年前に封印された、
失われた大地を再生させるための
膨大な工学データ。
土壌浄化ナノマシンのレシピ。
そしてあらゆる植物の遺伝子設計図。
「……。……っ、……! ……マスター、
情報の流入速度が……限界値を超えています!」
セラが驚いている。
「……これは……
ただの調理補助プログラムではありません……!」
セラの瞳が、
黄金色のバイナリ・データで埋め尽くされる。
白銀の装甲が、熱を帯びて変容を開始した。
戦闘用のカッターやスラスターが、
精密な「土壌耕作ユニット」や「超高速種子散布ポッド」へと
リアルタイムで再構成されていく。
かつて人類を滅ぼしかけた軍事技術の粋が、
今、たった一杯のスープ、一枚のパンを生み出すための
慈愛の技術へと書き換えられていくのだ。
戦うための天使は今、荒野に命を吹き込むための
『開拓の女神』へと進化を遂げた。
「『……。……天を焦がす熱線は、……
今、大地を潤す慈雨へと変わる……」
グリードの詩が響き渡る。
「シオン、……宴の始まりだ。……我らの戦場は……、
これより、……見渡す限りの……麦畑となる……!』」
グリードが誇らしげに槍を掲げる。
アイオロスのホログラムは、
光の粒子となって消えゆく間際、シオンの耳元で囁いた。
『……セラを泣かせたら、
三〇〇年後まで呪うからね、義弟(仮)くん」
続けて。
「……あ、それと、あの“世界一臭い最終兵器”の予備、
隠し倉庫にあるから。有効活用してね?』
「……誰が義弟だ!
あと余計なもん遺していくな!
おい、待てよ!」
シオンの叫びも虚しく、
管理AIは満足げな笑みを残して消滅した。
後に残されたのは、黄金の知識をその身に宿した、
セラフィオンと、静まり返った地下都市。
装置の駆動音が止まった静寂の中、
セラが静かに、しかし力強く、
その白銀の指先をシオンの手の上に重ねた。
「……。シオン……私、今ならわかります。
あの図鑑に描かれていた、本当の青空の作り方が」
続けて。
「そして、あなたが求めていた
『最高の隠し味』の在り処も」
彼女の肌を通じて流れ込んでくるのは、
冷たい機械の温度ではない。
ナノマシンが励起し、命を模倣することで生じる、
微かな、しかし確かな熱。
二人の視線が交差する。荒野の夜明けは、
すぐそこまで来ていた。
◇◇◇
一方、その頃。
レグナス北端の隠密基地では、
史上最も「惨めな」復讐劇が幕を開けようとしていた。
「ひぐっ、……うぐっ……!……
タ、タナトス……報告を……」
吐き気がしてくる。
「あ、待て、喋るな。
口を開けば、肺胞にこびりついたあの
『分子レベルの暴力』が活性化する……ッ」
カイザー・オルグレイは、防護服の上からさらに
十重二十重に防毒マスクを被り、
酸素ボンベを抱えながら震えていた。
対するタナトスも、
かつての冷徹さは微塵もない。
彼女はゴスロリのドレスを脱ぎ捨て、
全身を医療用除菌ラップでぐるぐる巻きにした、
ミイラのような姿でディスプレイに向かっていた。
彼女の愛用する大鎌は、今や「床掃除用のモップ」へと
成り下がっている。
『……マスター。
……基地周辺の……空気清浄フィルターを
一〇〇枚追加しました』
報告する。
『……各セクター間の気密扉を完全封鎖……。
ですが……』
一拍。
『モニターにシオンの顔が映るたびに、
……あの……あの『腐敗した生ゴミのワルツ』が』
吐き気がしてくる。
『視覚野を突き抜けて
嗅覚野を暴走させます……ッ!』
タナトスは
『不潔です!万死に値します!』
と絶叫し、
血反吐を吐くような勢いでキーボードを叩いた。
画面上では、
シオンの顔写真がシュレッダーにかけられる。
さらにデジタル上で火あぶりにされ、
宇宙の果てに投棄される、
シミュレーションが無限ループで実行されている。
彼女たちは今、
深刻な「缶詰恐怖症」に陥っていた。
かつて一国を壊滅させた処刑人たちが、
たった一缶のシュールストレミング
によって、重度の精神的外傷を負わされたのだ。
「……許さん。……許さんぞ、シオン・グレイス。……」
怒りの言葉。
「次こそは、……次こそは、貴様のその不潔な鼻腔を、
絶対零度の氷で完全に……ッ、……おえぇぇぇ!!」
復讐の言葉を吐こうとするたびに、
胃の底からせり上がる「あの匂い」の記憶。
それは、腐った魚と、絶望と、三〇〇年分の怨念を
煮詰めてプラズマで加熱したような、
言語を絶する『何か』だった。
カイザーは嘔吐袋を抱え、
涙を流しながら、執念の炎を燃やした。
「『お袋』の再起動……、
そして全レグナスの……完全消臭……ッ!」
カイザーは決意を固める。
「……それが私の、新たなる……聖戦だ!!
奴に……奴にだけは、絶対にミントの香りなど
嗅がせてやらんぞ!!」
極北の地下。
かつてないほど「志(と、鼻のコンディション)」が
低い処刑人たちの執念が、闇の中でじわじわと。
しかし、
確実に再点火されようとしていた。
彼らの目的は、
もはや世界征服ではない。
自分たちの鼻腔に、
かつての平穏(無臭)を取り戻すこと。
そのために、
彼らは禁忌の兵器に手を伸ばす。
――すべてを凍らせ、
匂いごと消し去るために。
明日へ続きます。




