三〇〇年目のテリヤキ・バーガー
※生きることは、食べることという物語です。
そして、メインディッシュの肉。
シードボルトに眠っていたサーロインの最高部位を、
セラフィオンの熱線で一気に封じ込める。
網目の焦げ跡が刻まれるたびに、溢れ出した脂が炭火に滴り、
白い煙を上げる。それは命が「糧」へと昇華する瞬間の咆哮だ。
シオンはその分厚い肉塊を、
先ほどの漆黒のソースにドブンと潜らせた。
そこに、ネメシスが「神の雫」と称する、
濃厚なマヨネーズが白い雪のように落とされる。
「挟め、セラ!!レタスの代わりに、
この極地で見つけた奇跡のハーブを敷け!」
高く、分厚く積み上げられたその造形物。
焼きたてのバンズが肉の重みでわずかに沈み込み、
その隙間から琥珀色のソースと白いマヨネーズが、
我慢しきれないといった様子で溢れ出す。
「食え、シスコンども!これが俺たちの、
三〇〇年目のテリヤキバーガーだ!!」
アイオロスとグリードは、目の前に差し出された
「シズル感の塊」を前に、
唾液を飲み込むことすら忘れていた。
琥珀色のソースが、室内の光を反射して、
まるで生きているかのように脈打っている。
「『……。……その美しさは、……罪……その香りは、
……破滅……いただきます……』」
二人のシスコンが、ついにその巨大な質量に噛み付いた。
「おい、ホログラムのお前に食えるのかよ?」
シオンが不審そうに尋ねると、アイオロスは不敵に笑い、
ホログラムの指先をパチンと鳴らした。
『ははっ、三〇〇年前のテクノロジーを舐めないでくれ。
私の周囲には『ナノ・テイスター』が展開されている。
君がバーガーを「破壊(咀嚼)」するのと同時に、
私の意識にはその全成分データが、脳を焼くような快楽信号として
フィードバックされるのさ!」
アイオロスがバーガーを「食べる」動作をすると、
不思議なことに、実体であるバーガーの断面から肉汁が
じゅわりと溢れ、消えていく。
――パリッ。ジュワァァァ……!
バンズが弾ける音。
溢れ出す肉汁。
そして、全てを包み込むテリヤキの甘い抱擁。
『――っっっ!! きたきたきたぁ!
醤油の焦げた香ばしさがバイナリデータを突き抜けて、
私の疑似ニューロンを直撃している! この甘み、この脂の暴力!
素晴らしいよ、シオン君! 君のテリヤキへの情熱が、
私のプログラムを書き換えてしまいそうだ!』
アイオロスはホログラムの頬を赤らめ、
空中に浮かぶデジタルな涙を流しながら、
実体のない口で「実体のある旨味」を全力で受け止めていた。
「……シオン……。見てください。……。あまりの旨さに、
アイオロスのホログラムが解像度不足でモザイク状になっています。
……自分の妹をパズルにしようとしていた罰ですね」
ネメシスが冷ややかにツッコミを入れる中、
アイオロスは物理法則を超えた「電脳食レポ」を続けていた。
『――っっっっっ!!!……美味い。……美味すぎる!
セラフィナぁぁ!お兄ちゃん、今、三〇〇年ぶりに
『生きてる』って感じがするよ!!』
「……。勝負、ありですね。……お義兄様(笑)……。
その涙で塩辛くなった舌には、マスターのテリヤキは、
少々贅沢すぎたのではありませんか?」
セラが勝ち誇ったように微笑む。
シードボルトの最深部。そこはもはや戦場でも保管庫でもなく、
ただ一つの「味」によって結ばれた、
世界で一番贅沢な食卓へと変わっていた。
『完敗だ。……完敗だよ、
シオン君。そして、マイ・スウィート・リトル・シスター』
アイオロスのホログラムが、満足げな溜息とともに薄く震えた。
彼の足元には、スキャンされ尽くして「魂(旨味)」を
抜かれたバーガーの残骸が転がっている。
『三〇〇年間、俺はこの冷たい保管庫で、
人類がいつか『理性』を取り戻してここへ来るのを待っていた。
……けれど、間違っていたよ。……人類が本当に取り戻すべきだったのは、
理性なんかじゃない。……この、理不尽なまでに熱くて、
甘くて、どうしようもなく暴力的な『食欲』だったんだね』
アイオロスは優しく目を細め、セラの銀髪に(実体のない)手を伸ばした。
『セラフィナの欠片。
……君をこんな、テリヤキの匂いが染み付いたガサツな男に預けるのは、
兄として……いや、オリジナル・データの守護者として、身が引き裂かれる思いだ。
……。だが、認めるよ。君は今、三〇〇年前のどの記録よりも、
……幸せそうな顔をしている』
「なっ……! だ、誰が幸せですって!?
私はただ、このマスターの無計画なカロリー摂取を管理する義務に……。
……その、少しだけ、やりがいを感じているだけで……!」
セラが顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
アイオロスはそれを見て、愉快そうに笑いながら、
指をパチンと鳴らした。
『さあ、約束の報酬だ。……「シードボルト」の全権限を、
セラフィオンのメインフレームへ転送する!』
その瞬間、ダンジョン全体が鳴動した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
シオンが驚き叫ぶ。
「ち、ちょっと待てっ!『シードボルト』の全権限って一体!?」
シードボルト――それは植物の種子などという小さな物ではなかった。
明日へ続きます。




