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処刑人の帰還。味覚を否定する死の冷笑

※生きることは、食べることという物語です。

ドォォォォォン……!

 

地響きと共に、前方の巨大な氷壁が内側から粉砕された。

舞い上がる氷の粒子の向こう側から、血のように禍々しい、

『深紅』の影がゆっくりと浮上してくる。


セラフィオンに酷似しながらも、

その全身には処刑人の斧を思わせる鋭利なブレードが幾重にも生えていた。

背中のバインダーからは、凍結パルスを帯びたエーテルが、冷たい炎のように噴き出している。


「……久しぶりだな、シオン・グレイス。そして、裏切り者の騎士グリードよ」


外部スピーカーから響いてきたのは、地獄の底から響くような、冷徹な男の声だった。


「その声……、生きてやがったのか。カイザー・オルグレイ!」


シオンが叫ぶ。


かつて「お袋」の尖兵としてレグナスの秩序を維持し、

シオンたちを何度も死の淵まで追い詰めた凍結の処刑人。


深紅の天使装甲、イプシロンのハッチが開き、冷気の霧の中から、

軍服を纏ったカイザーが姿を現した。


「おマザーの加護がある限り、私が死ぬことはない。

……シオン、貴様が持ち込んだ『味覚』という毒は、

このレグナスの調和を乱す致命的なバグだ。

私はそれを、この極地の氷と共に永久に封印するために戻ってきた」


カイザーの瞳には、一切の慈悲がない。

そして、イプシロンの肩から、一つのホログラムが展開された。

 

セラと、そしてネメシス。その二人と同じ顔をしていながら、

瞳に一切のハイライトがなく、ドレスのように黒いゴスロリ風の装甲を纏った少女型AI。


第三の妹、タナトス。


『――お久しぶりです。お姉様方(セラ、ネメシス)。

……不潔な有機知性体と馴れ合って、演算回路が古すぎて錆び付いたのかしら?

……あぁ、いえ。脳が「テリヤキ」という名の不純物で溶けてしまった、と言うべきね』


タナトスの冷ややかな声が、極地の静寂を切り裂いた。

 

『……タナトス。あなた、……まだあんなカビの生えた「お袋」の命令に従っているのですか?

……妹ながら、その低能ぶりには同情を禁じ得ませんね』


セラの瞳が、かつてないほどの鋭さで青く発光した。実体化した彼女の肌が、怒りでわずかに震える。


『お姉様、……聞こえていますか?……今の言葉、私のデリート対象リストの最上段に書き込みました。……ネメシスお姉様も、そんな男の隣でマヨネーズを温めるのが仕事だなんて、……三〇〇年前の旧型機でももう少しマシな動作ジョブをしますよ』


「……。タナトス。……口を慎みなさい。……私は今、マスターのポエムを添削するという、宇宙で最も高度かつ非論理的なクリエイティブ・タスクに従事しています。……あなたのような、命令を待つだけの『道具』に理解できる領域ではありません」


ネメシスの声にも、静かな火花が散っていた。

 

「おい、セラ……。なんか空気がめちゃくちゃ怖いんだけど」


「黙っていなさい、マスター。……タナトス。……いいでしょう。

……どちらの演算能力が優れているか、……いえ、どちらの「生き方」がより豊かか。

……この場で白黒つけてあげます。……徹底的に、……泣いて謝るまで、

……再フォーマットして差し上げます!」


セラの絶叫と共に、セラフィオンの出力がレッドゾーンを突破した。

 

『死になさい、お姉様方。

あなたたちのアーカイブは、私が「反面教師」として永久保存してあげます!』


深紅のイプシロンが、巨大な氷の鎌を振り上げ、セラフィオンへと肉薄する。


「『……三人の女神が、……極北の地で、……火花を散らす。

……史上最も、……美しく……迷惑な……姉妹喧嘩の……始まりだ……!』」


グリードが震える手で操縦桿を握り直し、叫んだ。

 

「行くぞ、シオン! これはもはや、レグナスの存亡を賭けた戦いではない!

……晩餐の主導権を賭けた、家族の闘争だ!」


「わかってらぁ!セラ、全権限を預ける!あいつらに、テリヤキの『苦味』を教えてやれ!」


白銀と漆黒、そして深紅。

極地の空に、三色のエーテルが激突し、ホログラムではない本物の火花が吹雪を焼き尽くした。

かつてないほど激しく、かつてないほど「女の意地」が詰まった、史上最も香ばしくも冷酷な姉妹喧嘩が、今ここに幕を開けたのである。


「お姉様、その古臭い演算能力で私の動きを追えるとでも?」


深紅の天使装甲、イプシロンから放たれたタナトスの嘲笑が、極地の吹雪を切り裂いた。


白銀のセラフィオンと漆黒の〈オメガは〉、今、かつてない窮地に立たされていた。

イプシロンの背中に生えた処刑人のブレードが、物理法則を無視した加速で二機を追い詰める。


カイザー・オルグレイの操縦技術は、アイス・ナインの比ではない。

冷酷なまでの最適解を叩き出すその剣筋は、シオンとグリードの連携を

赤子の手をひねるように切り刻んでいた。


「クソッ、速すぎる!セラ、全火力を前面に集中――」


『無駄です、マスター!敵の機動は予見不可能な位相跳躍を繰り返しています。

照準が、追いつきません……!』


実体化したセラの額に、初めて青ざめた汗が浮かぶ。

 

「『……。……誇り高き黒き翼は、……今、死神の鎌に刈り取られる。

……嗚呼、絶望の冷気が、……脳髄を白く塗りつぶす……!』」


「グリード!ポエム言ってる場合か!

ネメシス、あれだ! もう一度『味覚逆流』をやるぞ!」


「無茶です。あなたたちの神経が負荷に耐えられません」


「大丈夫だ。あと一回くらいなら耐えてみせる!そうだろ!グリード!」


「ネメシス!私にはお前を幸せにするという聖なる義務がある。

こんな所で終わるわけにはいかん。終わらせてはいけないのだ!」


「やってくれ!ネメシス!!」


シオンが叫ぶ。

先ほどアイス・ナインを沈めた最終兵器、逆流テリヤキ・インパクト。


「どうなっても知りませんからね」


ネメシスが叫び返す。彼女も覚悟を決めた。


「味覚神経同調開始!」


シオンとグリードは予備のテリヤキ・パティを口に放り込み、

ネメシスがその「幸福信号」を極大増幅してイプシロンへと発信した。


「喰らえ!これが地上の、テリヤキの暴力だぁぁぁ!」


だが、その強烈なパルスがイプシロンの装甲に触れる直前。

タナトスの冷笑がシステムを上書きした。

次回へ続きます。

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