凍結の罠――冷酷な敵の影
※【2000PV突破記念】
明日、3月1日(日)16:30にタナトスイメージイラストを公開します。
やがて、漆黒の〈オメガ〉の肩からグリードが飛び降りた。
極地の冷気を孕んだ夜風が、彼のマントを大仰に翻す。
焚き火の火の粉が舞い上がり、
その黒い機体の装甲を一瞬だけ橙に染めた。
「『……別れの宴は、黄金の夜に溶ける。
……シオン、貴様の背中はこの私が預かろう。
……明日の朝、極光の彼方へ……我らが誇りを刻むのだ』」
低く響く声は、まるで舞台役者の独白だ。
「……ポエム野郎。なあ、それ普通に“気をつけろ”でよくないか?」
シオンは肩をすくめる。
だが、その軽口の奥にある緊張を、誰より自分が分かっていた。
「凡俗な言葉は好かん」
「はいはい。で、準備は?」
「愚問だ。ネメシスが極地仕様の保温プログラムを既に実装済みだ。
氷点下六十度でも稼働率は九八%を維持する。
……それに、寒冷地ではマヨネーズが固まりやすいという文明的欠陥がある。
私が温め続けねばなるまい」
「戦場で何を守る気だお前は」
「マスターの体温でマヨネーズを温める行為は、
衛生管理上推奨されません」
ネメシスの冷静な声が割り込む。
漆黒の髪が焚き火の光を受けて柔らかく揺れた。
「シオン、お姉様。準備は整いました。
ニナの願いを叶える確率は三十二%。残り六十八%は、
あなたの“根性”という非論理エネルギーで補完してください」
「三十二あれば十分だ」
「楽観的です」
「うるせぇ」
それでも、胸の奥に灯る小さな不安を、
シオンは認めなかった。拳を握り、振り返る。
「みんな! 明日の今頃には最高の種を持って帰る!
そしたら祝杯だ! 世界一うまいテリヤキバーガー、
腹いっぱい食わせてやる!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、広場が爆発した。
「「「おおおおお!!!」」」
その声は揃っていない。
怒鳴り声も、笑い声も、泣き声も混じっている。
だが確かに、生きている音だった。
かつての管理下にあった頃の、均質な拍手とはまるで違う。
夜が更ける。
人々が毛布にくるまり始めた頃、
シオンはニナから渡された黄色い花を、
セラフィオンのコクピットにそっと置いた。
乾いた空気の中で、それだけが柔らかい色を持っている。
「……セラ。明日、勝とうな」
「言われるまでもありません。
私はあなたが育てる麦を、まだ一度も味わっていません。
味蕾の権利を放棄するつもりはありません」
「それ死亡フラグっぽいからやめろ」
「では訂正します。必ず勝ちます」
セラは真顔のまま言う。
「明日の朝は史上最悪に、不機嫌な言葉であなたを起こしてあげます」
「楽しみにしてる」
焚き火の爆ぜる音が、やがて遠ざかる。シオンは目を閉じた。
白い大地と、その先に広がる黄金色の畑を思い描く。
まだ存在しない未来の匂いを、想像で吸い込む。
翌朝。
北へ続く旧ハイウェイは、もはや道路ではなかった。
三百年の極低温がアスファルトを砕き、氷の刃のように変質させている。
踏み出すたび、凶器の上を歩いている感覚が走る。
白銀のセラフィオン。
漆黒の〈オメガ〉。
二機の巨体が、吹雪を押しのけ進む。
視界は白。音は風。世界は色を失っていた。
「……なぁセラ。レーダーおかしくないか?」
モニターに走る乱れた波形。ノイズが雪のように画面を埋める。
「異常です。自然発生ではありません。
特定周波数による思考妨害パルス。お袋残党の戦術プロトコルと一致」
その瞬間。
吹雪の向こうに、赤が灯った。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
――九つ。
凍土に穿たれた傷口のように、ゆらりと揺れる。
「来るぞ」
返事はない。
次の瞬間、世界が歪んだ。
速い。
一機が左へ跳ねる。追う。
違う。もう右にいる。
視界の端で赤が増える。
囲まれている。
「なんだこいつら……!」
逃げ道を選ぶたび、その先に“いる”。
動く前から、読まれている。
「脳波同調……九機で一体。あなたの意志も――」
「黙れ!」
凍結弾。
白い閃光が関節を撃つ。
衝撃。
警告音。
温度低下。
痛みが神経を逆流する。
「ぐ……っ!」
視界が白に塗りつぶされた。
「まずは目から。次は手。それとも足?」
女の声が笑う。
愉しんでいる。
「セラを差し出しなさい。命だけは――」
「誰が!」
踏み込む。
だが、赤は崩れない。
右に避ける。
塞がれる。
上を取る。
撃ち落とされる。
理屈が正しいなら。
合理が最強なら。
――俺は、もうとっくに死んでる。
「セラ」
「はい」
「読めるなら読んでみろ。俺の“腹減った”を」
鼓動が跳ねる。
理屈が、焦げる。
踏み込む。
白銀が雪を裂いた。
その瞬間。
『中枢温度、限界突破』
鼓動が暴れる。
『神経同期率、一三八%』
視界が赤く滲む。
『強制遮断まで――』
一拍。
二拍。
三拍。
「は?」
世界が、砕けた。
セラの声が途切れる。
『……マスター、同期が――』
赤が迫る。
九つ。
逃げ場は、ない。
凍結弾が閃く。
鈍い衝撃。
白い破砕音。
セラフィオンの右腕が凍りつき――
砕けた。
音が消える。
雪だけが、降っている。
右腕の感覚だけが、まだそこにあった。
ないはずの重みが、消えない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
本日より、本作は新タイトル
『一億度のプラズマでテリヤキを焼け!
~最終兵器少女AIと味わう終末クッキングバトル~』
として再始動しました。
これに合わせて、活動報告にてヒロイン・セラ及びネメシス等
『秘匿設定資料(身長・スリーサイズ・型式番号等)』を公開しました。
セラの意外な正体や、「BVT」に隠された意味とは……?
ぜひ、下の【活動報告】からチェックしてみてください!




