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禁断の種子、一週間で実る黄金の麦

【重要なお知らせ】いつも読んでいただき、ありがとうございます。2月28日より、更新日を火・木・土のペースで行います。続きが気になる方は便利なブックマークをご利用ください。

レグナス中央広場の喧騒が、ようやく「空腹」から「安堵」へと変わり始めた頃。

シオンは、焼けた肉の匂いが染み付いた手で、ボロボロになった一冊の『本』をめくっていた。

手が脂でページを汚し、星の図鑑に肉の染みが付く。


それは、かつてエラータウンでリナに見せてもらった「星の図鑑」だ。

三〇〇年前の遺物。ホログラムでもデータチップでもない、古びた紙の束。


いつか必要になるのではないかと、

セラフィオンの中に置いておいたものだ。

 

「……やっぱり、これだよな」

 

日陰に座り込むシオンの隣で、セラが不機嫌そうに銀髪を揺らした。

彼女は実体化したばかりの指先で、図鑑の端に付着したすすを忌々しげに弾いている。

 

「マスター。その非効率極まりないアナログ媒体を眺めていても、現状の食糧自給率は〇・〇一%も向上しません。……それよりも、私の演算領域を〇・二%ほど使用して、広場の住人たちに『効率的な咀嚼そしゃくによる満腹感の維持』について講義を行う方が建設的です」

 

「そんな寂しいこと言うなよ。それよりもこれを見てくれ。リナが言ってたんだ。昔の地上は、この写真みたいに『勝手にメシが地面から生えてくる』場所だったんだって」

 

シオンが指し示したのは、一面のひまわり畑、そして黄金色に輝く麦の穂の写真だった。

 

「……。……ふん。不潔な土壌から未精製の有機物が露出しているだけの光景ですね。……ですが、マスター。……あなたのその、嫌になるほど前向きな(おめでたい)推論を補強するデータが、私のアーカイブに一点だけ存在します」

 

「なんだよ、出し惜しみすんなよ!」

 

「三〇〇年前、人類がお袋の天井ドームへ逃げ延びる直前――「お袋」が管理システムとして確立されると共に、あるプロジェクトが凍結されています。コードネーム:希望の箱。……俗称“惑星改造特化種子【シードボルト】”」

 

その言葉が出た瞬間、シオンの後ろから小さな影が飛び出してきた。

 

「それ! 私、知ってるよ!」

 

リナ・アスカールだった。

地下のエラータウンでジャンク屋を営んでいる彼女だが、解放の日以来地上にもジャンクを探しに出てきていた。今日は妹のニナも弟のタクもつれてはいない。


「よう、リナ!今日もゴミ漁りか?」


「ひどい言い方ね。ビジネスよ。ビ・ジ・ネ・ス!」


エラータウンから中央広場まで、混乱の中を潜り抜けてきたのだろう。煤だらけの顔を輝かせ、彼女はシオンの持つ図鑑を指差した。

 

「それ図鑑の最後にね、変な地図が挟まってたの。お父さんが言ってた。『これはいつか、本物の空を取り戻した時に使う鍵だよ』って!」

 

リナが図鑑の裏表紙の裏を剥がすと、そこには肉眼では判別不能な微細なマイクロドットが並んでいた。

 

「セラ!これ、読めるか!?」

 

『…………マスター、失礼。私の光学センサーを最大出力で回します。…………解析中。…………ビンゴ、と言っておきましょうか』

 

セラの瞳が青く発光し、空中へ膨大な座標データが展開された。


シオンは不思議そうに、隣で空中にホログラムの地図を投影しているセラを見つめた。


「なぁセラ。お前、人間になったんだよな?なんでまだ、そんなドローンみたいなことができるんだ?」


セラは解析を止めることなく、冷ややかな視線だけをシオンに向けた。


「マスター、私の肉体は、あくまでセラフィオンというシステムの『人間向けインターフェース』に過ぎません。……もっとも、空腹を感じたり、涙腺が誤作動したりといった『人間特有のバグ』には手を焼いていますが」


「バグって言うなよ、それが生きてるってことだろ」


「その『生きてる』という非効率な状態を維持しながら、同時に一万キロ先の星図を解析する。……それが今の私、天使装甲セラフィオンの『実体化モード』です。理解したら、さっさとその図鑑の続きをめくりなさい」


シオンがページをめくる。


「位置特定:レグナス北端、旧極地セクター。封鎖された巨大隔壁内……。そこには、テラフォーミング専用に遺伝子調整された植物の種子が、数十万種保管されています」


「数十万種!!」


「……お袋の管理を離れ、荒野となった地上でも「一日で芽を出し、一週間で収穫できる」ように設計された、禁断の種子です」

 

「一週間で収穫……!?それがあれば、みんな死なずに済む!」


セラが続けて言う。


「しかし、禁断の種子と言われるだけあって、レグナスの生態系を破壊する恐れが……」


「飢え死にしちまったら、生態系も何も関係ないだろ。何かあったら俺が責任取る」

 

シオンが立ち上がった瞬間、セラがその腕を掴んだ。

 

「待ちなさい、マスター。……それに、その区画のセキュリティレベルは、現在のレグナス中央部よりも高い【レベル9】です」


セラは声音を低くして続ける。


「……そして、何より。……先ほどから、この座標周辺で、……かつての、『お袋』の処刑プロトコルに酷似した信号を検知しています」

 

「処刑プロトコル……。残党がいるのか?」

 

「それも、ただの残党ではありません。……冷たく、硬く、……一切の味覚を否定する死の気配。……アイス・ナイン。そして――」


セラの声音がさらに低くなったあと、


一瞬だけノイズ。


実体のはずのセラの体が、ホログラムのように赤く乱れ、周囲の空気がヒヤリと凍る。


「……高出力エーテル反応を検知しました」


次の瞬間。


中央広場の焚き火が、すべて同時に――消えた。


「……え?」


空気が凍り付く。


人々の吐く息が、一瞬で白から結晶へと変わる。


空中に、九つの赤い点が浮かび上がった。


「座標、ここです」


その声は、広場全体から響いた。


拡声でも通信でもない。


直接、脳に触れる声。


セラの瞳が見開かれる。


「マスター、これは――遠隔観測ではありません。ロックされています」


シオンの鼓動が一拍、遅れる。


「……誰に」


返答は、冷たい女の声。


「シードボルトへようこそ。坊や」


ニナが、震えた声で呟く。


「……おにいちゃん?」


セラの体が、完全に赤くノイズ化する。


「強制接続。管理権限奪取率……三〇%……四五%……」


「セラ!?」


『姉機確認。演算パターン一致率九十二%』


その声は、すぐ背後から聞こえた。

【お知らせ】本日より、16:30更新に変更致します。

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