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混乱のレグナス

ジャンク・ビーストの群れが襲いかかる。セラフィオンと〈オメガ〉は、獰猛な巨獣を料理するかのように屠る――生き残るのは、肉を手にする者だけ。戦いと調理が交錯する、極限の舞台が始まる。

次々と襲いかかるジャンク・ビースト「グレート・サーロイン」の群れをセラフィオンと〈オメガ〉は容赦なく、だが確実に屠っていった。


「右に回り込んだぞ!グリード!!」

「ふっ、問題ない想定内だ!シオン!!」


〈オメガ〉の騎士のランスが巨獣の首を刺し貫く。

セラフィオンのエーテル・ソードが肉を断ち切る。

それは、さながら巨大な二人のシェフが牛の肉を料理していくようだった。

最期の一頭がセラフィオンの正面から、その逞しい角で襲いかかる。だが、戦闘モードの天使装甲のパワーには抗い様はなく。その角ごと首をへし折った。


数時間後。

即席で作られた石造りの調理場。

 

セラフィオンの手のひらの上で、シオンは巨大な鉄板(機体の外装パーツの代用)を熱していた。

傍らでは、セラがエプロン姿(ホログラムではなく本物の布製だ!)で、不器用に野菜を刻んでいる。

 

「……。……マスター。この『玉ねぎ』という物質は、化学兵器ですか?

私の視覚センサーが涙液を過剰分泌させ、思考回路に『辛い』というノイズを走らせています」


「そりゃ涙が出るのは、玉ねぎが新鮮な証拠だよ。ほら、泣いてないでソースを回せ」

 

ジュワァァァァァッ!

 

鉄板の上で、分厚く成形された「サーロイン・パティ」が躍った。

そこに、シオン特製のテリヤキソース――醤油、みりん、そして隠し味の地下苔蜂蜜を混ぜた黄金の液体――が注がれる。

焦げる醤油の香りが、風に乗って砂漠へ広がっていく。

 

「……。……。……ぁ」

 

セラが、刻んでいた包丁を止めて、喉を鳴らした。

その瞳は、もはや戦場の敵を捉えるものではなく、完全に肉の表面で弾ける脂の泡に釘付けになっている。

 

「よし、焼けたぞ。セラ、試食一号だ」

 

シオンが、焼きたての肉を一切れ、フォークで差し出す。

セラは一瞬、毒舌を吐こうと口を開きかけたが――

 

「……。……。……っ、……ん、んんっ!?」

 

口に含んだ瞬間、彼女の全身がビクッと跳ねた。

荒々しい肉の弾力。噛むほどに溢れ出す、汚染を浄化した純粋な脂の甘み。

そして、それを包み込むテリヤキソースの暴力的なまでの多幸感。

 

「マスター。……前言を、撤回します」

「あ?」

「成功確率は〇・〇〇〇一%ではありませんでした。……この味がある限り、成功確率は一〇〇%……いえ、宇宙の真理そのものです。……早く、早く次の肉を。私の胃袋が、システム全体の権限を掌握して『おかわり』を要求しています!」

「はは! そう来なくっちゃな!そして、このやり方を、街に持ち帰らなきゃならな。一人で食うためじゃない。生き残らせるために」


隣ではグリードが「私のポエムが止まらん!誰か紙を持て!」と叫びながら肉にかじりつき、ネメシスが「マスター、口の周りがマヨネーズまみれです。拭きませんが」と冷たく、しかし満足そうに呟いている。

 

本物の空の下、煙と香りに包まれて。

彼らの新しい物語は、危険かつ最高の「味」と共に動き出した。


ジャンクビーストとの激闘を終え、最高級パティ(原材料)を確保したシオンたちの高揚感とは裏腹に、かつての管理都市「レグナス」の中心部は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


ホログラムの空が剥がれ落ち、剥き出しの鉄骨と煤けた岩盤が露出した街並み。そこに、栄養ゼリーの配給を絶たれた市民たちが、幽鬼のような足取りで彷徨っている。


「……マスター。レグナス中央広場の生体反応をスキャンしました。生存者のストレス値は一二〇%を超過。……餓死への恐怖が、かつての『お袋』への忠誠心を塗りつぶし、暴徒化の兆候を見せています」


セラがコクピット内で、ホログラムの地図を指し示した。赤いドットが群れをなし、かつての配給所を囲んでいる。


「チッ、エラータウンの奴らなら『メシがねえなら拾ってでも食う』で済むが、あいつらは『お袋』に口まで運んでもらうのが当たり前だったからな」


「『嗚呼、……秩序はパンと共に去り、……飢えた狼たちが、……空虚なる胃袋を抱えて月を噛む……』」


通信回線から、グリードの相変わらずなポエムが聞こえてくる。だが、その声にはいつもの余裕がない。〈オメガ〉の眼下では、配給機の残骸を素手で叩く市民たちが、虚ろな目でこちらを見上げていた。


「マスター。……彼らは、自由を手に入れたのではなく、……『管理という名の揺り籠』から放り出されただけです。……このままでは、開拓を始める前に、彼らは共食いを始めるでしょう」


ネメシスの冷徹な分析に、シオンは歯噛みした。

自由の空は眩しいが、腹は膨れない。

その残酷な真実が、新生レグナスを押し潰そうとしていた。


「セラ、スピーカーの出力を最大にしろ!あいつらに教えてやるんだ。……『待ってれば降ってくるメシ』より、『自分たちの手で奪い取ったメシ』の方が、百万倍美味いってことをな!」


白銀のセラフィオンが、混乱の極致にある中央広場へと降下を開始した。その巨大な両手には、先ほど仕留めたばかりの、滴る脂が香る「究極のパティ」が抱えられている。


管理社会の終焉の後に訪れた、本当の地獄。


それを救うのは、神の言葉でも、新時代の法律でもない。

風に乗って広場へと流れ込む、暴力的なまでの「肉の焼ける匂い」だった。


「肉だ……。肉の匂いがするぞ!」


誰かが上げたその悲鳴にも似た叫びが、暴動の引き金だった。


レグナス中央広場。かつて「お袋」が映し出していた偽りの青空は消え、剥き出しの灰色の岩盤と、力なく照りつける本物の太陽が、逃げ場のない熱気となって市民を追い詰めていた。


そこへ、白銀のセラフィオンが、仕留めたばかりの巨獣――グレート・サーロインの肉塊を抱えて降り立ったのだ。


「おい、落ち着け! 今、切り分けてやるから――」


シオンの呼びかけは、物理的な質量を持った「飢え」の波に飲み込まれた。

昨日まで、清潔な服を着て、決まった時間に無味乾燥なゼリーを啜っていたはずの市民たち。その瞳からは理性が消え失せ、代わりにギラギラとした、獣同然の食欲が宿っている。


「よこせ! それは俺たちのものだ!」

「お袋が止まったのはお前のせいだろ!」

「責任を取れ! 腹が減って死にそうなんだよ!」


殺到する群衆。セラフィオンの巨大な足元に、人々が蟻のように群がる。彼らは調理もされていない生肉の塊に爪を立て、血の滴る繊維を素手で引きちぎろうと躍起になっていた。

それは、人間の形をした“空腹”だった。

空腹と混乱に支配された街。だがシオンは示す――「自分の手で得た肉こそ、何より美味い」。新生レグナスの物語は、肉の香りとともに、まだ始まったばかりだ。次回、ブックマークしてお待ちください。


【設定資料公開のお知らせ】

本編で語りきれなかった「300年前の食糧戦争」や「セラの正体」について、活動報告にまとめました。


PCでご覧の方は、ページ上部の私の名前(作者名)をクリックしてマイページへ飛び、活動報告一覧からご覧いただけます!


1000歳の寿命を捨ててまで人類が戦った理由とは……。ぜひ、本編とあわせてお楽しみください。

これからも随時設定を公開していきます。

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